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第17話 魔法剣士


 アストリッドと一緒にダンジョンに潜る。ゴブリン迷宮一層。

 思えば彼女がダンジョンに潜っている所を見たのは初めて会った時だけだった。僕が知らないだけで普通に潜っている可能性もあるけれど、僕は知らないからそれはどうでもいい。


 なんだか分からないけど気が引き締まる。ちょっと楽しい。


「手本を見せるわ」


 そう言ってアストリッドは僕からルーンソードを取り上げると、何の変哲もない岩に剣先を向けた。


 そして——一言。


「《アイスニードル》」


 剣先に氷の礫が生成される。

 それは形を変えて針のように先細り、射出。その工程は僕の目で見ても一瞬だった。

 弓矢よりも少し遅い速度で放たれたそれは、頑丈な岩を少し削って砕け散った。後には氷の残骸だけが残されている。


「どう? 分かった?」

「魔法がすごいことは分かったよ」

「年相応の感想をどうもありがとう。やってみなさい」

「……ん?」


 アストリッドからルーンソードを返されて、僕は立ち尽くした。

 その間に彼女は手近な岩に腰掛けて優雅に脚を組んでいる。何なら退屈そうに頬杖まで付いていた。

 

 ……?


「どうしたの。早く真似てみなさい」

「攻略は?」

「貴方何を聞いていたの。私はルーンソードの使い方を教えてあげると言ったのよ。ゴブリン迷宮を2人で攻略するなんて一言も言ってないわ」

「ええ……」


 確かに言ってないけどそれはどうなの。ここはダンジョンだよ。攻略しながら教えてくれるのかと思っちゃったじゃん。


 ……せっかく良いとこ見せられると思ったのに。


 僕の恩人に僕が戦える所を見せたかった。

 あ、でもよく考えたらマナ板で見てるから別にいいのかな。でもそうじゃない気がする。複雑。


「もたもたしない。時間が勿体ないわ」

「はーい」


「子供ね」とアストリッドが苦笑する。催促されたからにはやらないと。


 僕はさっき見たアストリッドの動きを頭に浮かべ——動いた。

 その瞬間、あの温かな感覚が体中を凄まじい速度で駆け巡る。そのあまりの衝撃に僕はたたらを踏み、慌てて言った。


「《アイスニードル》!」


 何も起こらない。体の熱も霧散する。


「なに、今の」

「なるほど、面白いわ。天職由来だとそうなるのね」


 望んだ結果だったのかアストリッドは満足そうに頷いている。僕には何が何やら分からない。


 ……今の、スキルが撃てそうだった。


 正直いきなり魔法を真似しろと言われても無理としか思わなかったけど、今の感覚はまさにスキルを放つ寸前のそれだった。けれど何かが足りないとも同時に思う。


 まるでこの前、ログの《スピアショット》を放とうとした時みたいに。


「いいわ、最高ではないけれど悪くない。むしろただ真似されるより余程いいかもしれないわね。改良の余地がある」


 アストリッドは一人でにそう呟き、僕に笑みを向けた。


「アサヒ、天職がどうしてスキルを発動できるか知っているかしら」

「それが天職だからでしょ?」

「オウム返しされた気分だけどその通りよ。天職とはスキルという結果を最短で得られる一つの道、それに間違いはないわ。けれどスキルを発動するまでの道は一つじゃないのよ。それが何かわかる?」


 ……スキルを放つ為に必要なもう一つの道。


 その答えを僕は知っている。それはこの体を駆け巡る温かな感覚。これが無ければ僕はきっと何もできない。

 名前は多分、


「マナ?」

「正解。よくできました。後で飴をあげるわ」


 褒められた。嬉しい。

 アストリッドは笑みを深め、指を2本立てた。


「スキルを発動するには大まかに二つの道があるわ。一つ目はマナを天職補正で自動的に動かす方法。二つ目は“マナを自力で動かしてそっくりそのまま発動する方法”よ。前者は自動、後者は手動と考えたら分かりやすいかしら」

「僕は後者?」

「その通り。無職は天職補正を受けられない特殊な存在。その代わりマナを自力で動かすことによって、理論上全ての天職となり得る稀有な資質よ。貴方は何者にもなれるの」

「へー、すごい」


 無職すごい。それだけ聞くととても恵まれてるように聞こえる。聞こえるだけだけれど。


「信じられないって顔ね。まぁそれで長年苦労してきた貴方だもの、そう思うのも無理はないわ。実際これにはとてつもない落とし穴がある……いえ、落とし穴というより最早欠陥ね」


 アストリッドは苦笑し、はっきり言った。


「無職にはマナがない。だから成長もしないしスキルも覚えられないわ」

「……」

「あら普通。もっとガッカリしないの?」

「だって僕はもうスキル使えてるし。アストリッド様のおかげで」

「そうね、私が最初に種火を熾したわ。分かっているようで何より」


 得意気になるアストリッド。ちょっと面白い。


「でもそれだと天職持ちの人も他の天職のスキルを手動で使えることにならない? だって最初からマナを持ってるんだから」

「貴方鋭いわね。でもそれはできないわ。そういう風に出来ているのよ、普通の天職はね」

「普通の?」

「ええ。ウォーリアはウォーリアのスキル用にマナの通り道が専門化されるわ。それはとても大きな大通りで、だからこそ天職補正が莫大なのだけれど……詳しく聞きたい?」

「いいです」

「敬語になっちゃうくらい分からなかったのね……」

 

「ともかくそういうことよ」と、アストリッドは苦笑した。


「それに例えマナの通り道が専門化されていなかったとしても、天職持ちが他の天職のスキルを覚えられることはきっとないわ。それこそ貴方みたいな目でも持って生まれない限り」


 そこで、アストリッドは目を細めた。

 通りの陰から一匹のゴブリンが歩いてくる。それはこちらに気付くと「ギャ!」と声を上げて突進してきた。


「よく見なさい。今度は血眼になってでも」


 アストリッドは座ったまま、ゴブリンに指先を向けた。


「《アイスニードル》」


 射出。貫通。即死。


 ルーンソードは魔法の触媒。魔法使いは基本的にそれが無ければ魔法を放てない。

 なのにアストリッドが放った今の魔法は、さっきよりもはるかに鋭く研ぎ澄まされていた。


 ……熱い。


 息遣い。指先の動き。瞳孔の開き。そして僅かな体の震え。

 見た限りを軽く真似しただけで、僕の体をマナが駆け巡って止まらない。


 ……今なら、できるかもしれない。


「ふふ……良い子ね。ほら、丁度次がきたわ。やってみなさい」


 僕はその言葉に従って通路の陰を注視する。早く使ってみたくてうずうずしながら待っていると、現れたのはゴブリンではなく3人組の探索者だった。


 …………まぁいいか。


「《アイスニードル》!」


 僕の体を暴れ回っていたマナが目的を持って動き出す。それは体の芯を通って腕を走り、そして指先を通して剣先に集まった。


 生成——変形——


 射出!



 ——ヒュン、と音が鳴り、氷の針は一人の探索者を撃ち抜いた。



「——なんだ!? なにがおこ、」

「やったやった! できたできた!」


 僕はアストリッドに駆け寄って、彼女の手を強く握った。


「アストリッド様! できたよアストリッド様!」

「ええ、見たわ。手動での動きをみせたのが良かったのかしら。私もとても嬉しいけれど……どうやら今はそれどころじゃないようね」


 苦笑してみせるアストリッド。それどころじゃない?


 そういえばと僕はアストリッドの視線を辿る。そこには探索者が頭から血を流して倒れていた。当たりどころが悪かったから仕方ない。


 残り2人。それも倒せばいいかなと思ったけれど……無理かも。


 とても高そうな装備に身を包んだ大男が、額に青筋を浮かべて僕を睨んでいたから。


「……アストリッド様。お知り合いで?」

「私の大事な子よ。そっちは初心者の引率役? 大変ね」

「ええまぁ。さっきまで順調だったんですが今大変になりまして」

「そう。まぁ私には関係ないことね」

「……関係ないでよろしいので?」

「関係ないでよろしいけれど、武器は壊さないようにしてちょうだい。あとアイテムを漁ったりするのも駄目よ。いいわね?」


 ……とても自然に僕の処遇を話されてる。


 合意がなされたのか、大男は拳を鳴らして僕に言った。


「つーことだ坊主。落とし前付けようか」

「うん、わかった!」


 強そうな人と戦う機会は滅多にないから、僕は即決で即答した。


 ……瞬殺された。


 相手が硬すぎてそもそも攻撃が効かなかったから、どうしようもない。



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