第15話 死んで治すから怪我の治療とかいらないのに
「1421Gだな」
指定買取所のいつもの無愛想なおじさんは、戦利品を査定し終えると僕に向かってそう告げた。
……聞き間違いかな?
「おじさん発音良く喋ってよ。もう呂律が回らない年になっちゃったの?」
「聞き取れなかったことをさらっと人のせいにしてんじゃねぇよ邪悪なガキだな。それに俺はまだ43だ、ピチピチだぜ」
「43はピチピチじゃないよ」
とりあえずそれは否定しておく。そっちこそさらっと嘘を混ぜないでほしい。
けれど聞き間違いじゃないとなると、今日の僕の稼ぎは1421Gになる。宝箱とか一切開けてないのに……え? ほんと?
「——わ、すごい。一気に稼げたね」
「……ふん、まぁソロで潜ったにしちゃ中々じゃねぇのか? だが地上の探索者は一日で3万Gを稼ぐのが普通、奴隷に換算したら3千Gだ。俺からしたらお前はまだまだ甘ちゃんだな」
「あのリーパーの人たちそんなに装備良かったんだね。良かった、どうせ二束三文でしょとか言って放置しなくて。ちゃんと全裸になるまで剥いて良かったぁ」
「悪い前言撤回する。お前は甘ちゃんじゃねぇ、悪魔だ」
ドン引きのおじさん。死体から装備を剥ぎ取るのは常識じゃないのかな。放置したらその内消えちゃうんだから再利用しないと。
……でも、一旦戻ることにして本当に良かったぁ。
3層への階段は目の前。次潜る時はまた1層から。
正直かなり悩んだけれど、これだけの戦果を聞けば正解だったと確信できる。1421Gなんてポーションと大体同じくらいの金額だ。つまり滅多にお目に掛かれる額ではない。
まぁ、手の怪我が結構ヤバそうだってのもあったんだけどね。
応急処置で縛った布が真っ赤に染まっている。かなり痛い。
「ねぇ内訳はどうなの? 僕の剣はいくら? 1000Gくらい?」
「お前の剣じゃねぇだろ戦利品だ。だがすげぇな、ドンピシャだぜ」
「え、ほんと? じゃあそれ買いま、」
「1421Gの内、あの剣は1000Gだった。地上でも通用するくらい良い品だったぜ」
「あ、そっち」
……高すぎだよ。やっぱり碌なの持ってなかったじゃん。
1000Gで買ったということは、売値は1万G。逆立ちしても僕が買える値段ではない。
……仕方ないね、無理なものは諦めよう。
僕は両手をカウンターの上に差し出した。手の平に巻かれた布から少しだけ血がしたたり落ちる。
「じぁあ全部売るよ。お金ちょーだい」
「……良いのか。剣が欲しいって顔に書いてあるぜ」
「買えないものは買えないよ。それとも1400Gで売ってくれるの?」
「いや、まぁ……」
おじさんはガシガシと頭を掻くと、僕の手をチラリと見た。
そしてさっき売ったばかりの剣を持ち出すと、グリップの辺りを注視する。
「おいおい、よく見たら汚ぇ血が染み付いてやがる。こりゃ拭いても落ちんな、売り物にならねぇ」
「洗えばいいじゃん。そしたら血くらい落ちるよ」
「うるせぇな、こいつは不良品だ。おいガキ、責任取れ」
そう言って、おじさんはカウンターの上に硬貨を置いた。
硬貨は千の桁からは銀貨になる。1421Gなら1枚は銀貨が混じっていないとおかしいのに入っていない。その代わり銅貨や鉄貨が多いというわけでもなかった。
……これは、まさか。
「難癖付けて安く買い取るなんてひどいよ。奴隷イジメに遭いましたって今度衛兵に伝えておくから」
「公平さを求められるこの仕事はそれだけで致命傷になるから止めろ!? というかそうじゃねぇ、たく、一から十まで言わなきゃ分からねぇのか」
そうボヤいて、おじさんはカウンターの上に剣を置いた。
「不良品のこいつは9割引き……1000Gだ。代金は差っ引いといたから、さっさと持ってけ」
「……おじさん」
それ以上はもう話す気は無いのか、おじさんは椅子をくるりと回転させるとそっぽを向いた。
……耳が赤いの隠せてないね。
「おじさんあれだね、前にログに教えてもらったけどアレでしょ、ツンデレってやつだ!」
「失せろ!」
またコップを投げられたけど、僕は笑顔で受け止めた。照れ隠しだと分かる暴力ならレアで慣れてるから痛くも痒くもない。
それよりも、嬉しいが勝る。
「おじさん、ありがとうね」
「……おう」
おじさんは軽く舌打ちして、軽く溜め息を吐いた。
「今回だけだ。次はねぇぞ」
「それって今回はわざとだって認めたってこと?」
「おい滅多なこと言うなよバレたら俺クビなんだからなっ」
……自分から言ったのに。
「大丈夫大丈夫。誰かに言い触らしたりしないよ、多分」
「多分てなんだ、そこはお前の気持ち次第で絶対にできるだろっ。そんなこと言うなら返せガキ!?」
「嘘だよ、ありがとう!」
でもどうしようかな。誰かに言いたい気持ちもあったりする。
だって、本当に嬉しかったから。
◇
一旦お金と剣を保管するために寝床まで戻る。そう買取所を出た所で僕は呼び止められた。
「アサヒ!」
「アストリッド様?」
なぜか慌てた様子のアストリッドに僕は首を傾げた。何を急いでいるのか分からないけどとりあえず一言。
「アストリッド様、今日も会えて嬉しいけど暇なの?」
「……失礼な子ね。忙しいなりに急いできたのが分からないかしら」
アストリッドはまた僕のおでこをピンと弾いた。
そして僕が抱える剣を一瞥すると、ホッと胸を撫で下ろす。
「良かった……無事に買い取れたようね。その剣、結構高かったと思うけれどお金はどうしたのかしら」
「普通に買ったよ?」
「言い直すわ。私の目利きだと1万Gはしたと思うけれど、そのお金はどこから拾ってきたのかしら」
「普通に買ったよ?」
「……そう」
これ以上の詮索は無意味だと思ったのか、アストリッドは追及するのを止めた。そしてまた僕のおでこを指で弾く。
「まぁいいわ、過ぎたことを聞いても仕方ないし。大事なのはその剣が今手元にあるかどうかだもの。急いだのに結局間に合わないし、貴方が私以外の誰かに義理立てしてるのも腹が立つけれどね」
「いいのなら連続でデコピンするの止めて?」
「私が買い与えても良かったけれど、そうするとかなり高く付くからどうしようか悩んでいたの。それを自力で手に入れるなんて偉いわ。私が売る直前なら安く済むからと急がなくても良かったわね」
「デコピン」
「その剣の総称は『ルーンソード』。効果は……いえ、それは後ね」
アストリッドは指を止めて、僕の顔を嬉しそうに見た。
「途切れ途切れだけど見ていたわ、貴方のリーパー戦。やっぱりその目は対人でこそ活きるわね、私の思った通りで嬉しいわ」
「対人に強いと嬉しいの?」
「当然よ、リーパーとダンジョンは切っても切れない関係だもの。今日の貴方がいい例よ。血眼になってダンジョンに潜らなくても、他の探索者を殺すだけで相手の装備やアイテムを全て奪えるでしょう。ダンジョンの財宝よりも身近な一攫千金の手段ね」
「そうなんだ」
……自分からリーパー行為はする気が起きないけどね。
勿論襲われたらやり返すから、あくまでこっちから積極的に殺しにいくことはしないというだけだけど。それもダンジョンの楽しみの一つだし。
そう思っていたら、アストリッドはまた僕のおでこをピンと弾いた。
「けれど優先順位を間違えたのは減点よ。あそこは真っ先にヘクサーを殺しにいく場面だったわ」
「ローグの方が厄介だったよ?」
「厄介なのはそうかもしれないけれど、貴方はウォーリアとローグを2人相手にしても優位に立てていたでしょう。それなら不確定要素を早めに叩くべき。分かるかしら」
「……はい」
「素直なのは良いことよ。分かったなら行きましょう」
そう言って、アストリッドは僕の手をチラリと見る。
「早く治さないと壊死するわ。治療代くらいは出してあげる」
「え? いいよ、死んで治すから」
「……貴方正気?」
信じられないとアストリッドは目を丸くした。
「怪我を治す為に死ぬ馬鹿がどこにいるの。ポーションで治せない欠損ならまだしもその程度なら一瞬で治るわ。貴方ダンジョンでの死を軽く見てない? 死んだら装備も含めた全てを失うのよ」
「それくらい知ってるよ? だからお金や剣は一旦寝床に保管するんだ。服とかは支給されるから僕が失うものは何もないよ」
「いやそうだとしても痛いでしょう。死ぬのよ? 死の苦しみよ? それが嫌で探索者は必死に強くなるのよ? 本末転倒でしょう」
「それがどうしたの?」
「……そうね、貴方は何千回と死んできたのだもの、感覚が麻痺していても仕方ないわね」
「タフだとは思っていたけどここまでとは」と、アストリッドは頭が痛そうにおでこを押さえた。そんなこと言われても僕にはよく分からない。
……怪我を治すには一番手っ取り早い手段なのに。
「重症ね……いいから行きましょう。これはもう決定よ」
「ええ? だからいいって、」
「黙りなさい」
そう言って、アストリッドは僕をじろりと睨めつけた。
「死は慣れてはいけないの。必ず蘇ると言っても人の心は摩耗する。貴方を廃棄奴隷にするわけにはいかないわ」
「……もう慣れてるのに」
「減らず口を叩くのはこの口かしら。どうせ治すのなら今は縫い留めてしまっても構わないわよね」
僕は速攻で口を閉じた。ダンジョンの外で負った傷は死んでも治らないのだから止めてほしい。
アストリッドは深くため息を吐いて、僕が逃げないようにか手を繋いだ。
「死に治しは弱者の知恵よ。貴方にはもう必要ないわ」
そうアストリッドは吐き捨てると、僕の手を引いて先導する。
たどり着いた先は——教会。
見たのは昨日振りだけど、入るのはとても懐かしい。
……もっと勉強していたかったな。
子供奴隷は10歳になるまで教育を受けさせてもらえる。思えばあの頃が僕の中で一番楽しい時期だった。スキルを覚えた今はもっと楽しいけれど。
昔と変わらない光景。その中には変わらない姿で花壇に水を遣るシスターの姿があった。
彼女は僕と目を合わせると、昔のように笑顔を浮かべてくれる。
「久しぶりですね、アサヒくん。あまり成長していないようで何よりです」




