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第13話 バレバレだよ


 レアと仲直りした翌日の朝。

 他パーティーとの生活リズムがぁとか色々気にするのが面倒になった僕は、いつもの通りレアを起こして飯場に向かった。目の前には不機嫌な顔をしたレアが僕を半目で睨んでいる。相変わらず朝に弱い。

 

 レアはパンを追加注文したシチューにつけて口に放り込んだ。


「……お前、大貴族のパトロンがいるのに朝飯はいつも通りなのかよ」

「美味しいよ?」

「そうじゃなくてだな。パトロンから何か支援とかないのか?」

「いっぱいあるよ。昨日は遊興階層の酒場でご飯食べさせてくれた」

「……その程度かよ、安上がりなやつ」


 呆れを滲ませて嘆息するレア。けれどその口元が絶妙に笑っている。


「はは、まぁ大貴族と言ってもただの奴隷にできるのはその程度か。お前つかまされたな、よくあるぜそういう手口。少しの恩を売って今のうちから唾付けとこうってな。確か青田買いっつったか」

「そうなの? でも僕には得しかないよ?」

「だからだよ。少しの投資でも、それこそオレ達みたいなダンジョン奴隷は飯さえ食わせりゃ有難がる。そいつが成長した時に、『昔世話してやっただろう?』って恩を回収するんだ。返せと言われりゃ断れねぇ。下手すりゃ一生頭が上がらなくなる」

「へー、レアは詳しいね」

「……まぁな」


 ……何か身に覚えでもあるのかな?


 レアは気持ちを切り替えると、コホンと咳をひとつ。


「まぁ害があるわけじゃねーが、お前もあの貴……アストリッド様に入れ込み過ぎないようにしろよ。お前にとっては恩人だろうし向こうもパトロンつってるが、アサヒみたいなダンジョン奴隷は数ある支援対象の一つなんだからな」

「そうなんだ。じゃあアストリッド様は本当にお金持ちなんだね。僕みたいな支援対象のたった一つに、骸士になる為の10万Gを出してくれるって言ってたし」

「————なんだとぉおおおお!?」


 大声で叫ぶレア。ついでにテーブルを「ドン!」と叩きつけて立ち上がる。うるさい。


 レアはこれまで見たこともないほどに顔を驚愕に染めていた。


「お、おま、お前ぇ! そ、それがどういう意味か分かってんのか!?」

「骸士になる為の10万Gを出してくれるんでしょ?」

「そうだけどそうじゃねぇ! オレ達奴隷に支援する時はとんでもなく課税されんだよ! 10万Gなんて代わりに払ったらいくらになるか想像も付かねぇ、下手すりゃ普通にオレ達奴隷を買える額だぞ!?」

「そうなんだ。じゃあそれくらいお金持ちなんだね」

「……い、いや、あり得ねぇ。それくらい金持ちなのは間違いねぇが、たった一人のダンジョン奴隷にそれは……まさか、本気……?」


 へなへなと椅子に崩れ落ちるレア。滅多に見れない彼女の姿を見ながら僕は硬いパンを食べ終えた。


 ……青田買いでも本気でもどっちでもいい。

 

 ご飯を食べさせてもらったことも、それこそ骸士になる為の10万Gを本当に出してくれたとしても、僕はそれほど恩には感じないだろう。勿論嬉しいけれど、僕にとっての一番はそこじゃないからこれ以上感謝のしようがない。


 ……大事なのは、僕がアストリッド様から未来をもらったこと。


 それが一番大切で、他は割とどうでも良かった。


「僕もう行くね。レアも探索頑張って」

「……あり得ねぇ、ただの奴隷に……そんな……」


 うわ言を呟いて放心するレアを置いて、僕は飯場を後にした。

 

 ……まぁ、そのうち元に戻るでしょ。



 ◇



「ギィアッ!」


 赤ゴブリンの手斧による連撃。袈裟斬り、横斬り、逆袈裟を繰り返すそれは途切れ知らずで、僕はあっという間に壁まで追い込まれる。しかし横に抜け出すことは叶わない。


「グギャギャッ」


 ゴブリンアーチャーが角ゴブリンの背後から僕を常に狙っているからだ。勝ちを確信したような笑い声が耳障り。


 ……まぁ関係ないけどね。


 半歩横に体を逸らした。少しだけゴブリンアーチャーからの射線を通してあげると、そいつは面白いように矢を放ってくる。直撃すれば僕の顔面を打ち抜くだろう。

 だから僕は、角ゴブリンの横っ腹を軽く蹴りで押してやった。


「ギャアッ!?」


 赤ゴブリンの背中をアーチャーからの矢が射抜く。同士討ち。

 勿論今にも矢を放ちそうだったゴブリンアーチャーの弛緩した指と、角ゴブリンが僕に斧を振り下ろそうとした頂点——つまり一瞬だけ無防備になるタイミングが重なったからできたこと。毎回狙えと言われてもきっとできない。


 でも今回はできたから、僕の勝ち。


「ほいさ!」

「ギッ!?」


 角ゴブリンの目玉を突いて脳を抜き——直進した。


「肉盾だぁ!」

「——グギャア!?」


 勝利。


 勢いそのままにゴブリンアーチャーの心臓を貫くと、そいつはしばらく暴れた後に沈黙した。ゴブリンの姿串が完成する。見ていて楽しいものじゃないから剣を引き抜いた。


「少し休もうかな……」


 今ので丁度10戦目。朝から潜り続けてどれだけ経ったのか分からない。ちなみに今日は戦利品を漁ってないから攻略ペースがかなり早かったりする。骸士になるまでそういうのは夜の遊びにやればいい。


 ……そろそろ3層への階段が見付かってもいいと思うんだけどなぁ。


 迷宮は基本的に深い階層ほど広くなる。ゴブリン迷宮2層は1層のほぼ倍くらい広いかもしれない。この分だと3、4、5層はどれほどだろう。ちょっと楽しみ。


「グギャア!」

「——お?」


 通路の先からダッシュしてくる角ゴブリン。彼は僕を見つけると剣を突き出して向かってきた。普通に避ける。


「君はもう慣れたよ」

「ギィ!?」


 首を突いて捻じる。錆びた剣だと刎ね飛ばせなかったりするからこっちの方が確実だ。楽だし。

 僕は相変わらず無職だと思うけれど、モンスターを倒し始めたことで少しは成長してるのかもしれない。もう角ゴブリン程度は一対一なら問題なくなってきた。


 ……そういえば無職って何が成長するの?


 深い問いな気がする。ウォーリアの力やレンジャーの機動力なら分かるけど、それらも上がってる気がするし……無職とは一体。


「グギャギャア!」

「またぁ?」


 手斧角ゴブリン。斧を弾き飛ばしてから蹴り倒し、馬乗りになって目玉経由で頭を突いた。


「ギャ!」

「ええ?」


 ゴブリンアーチャー。矢を剣で弾いてから心臓一突き。


「ギャギャ」

「疲れたって」


 ゴブリンクロスボウ。惨殺。


 それから絶え間なく何度か連戦した後に、僕はようやく違和感に気づいた。


 ……こんな話がある。ある一人の無能の話だ。


 彼は戦うことができない無職だった。でも避けたり逃げたりするのが滅法得意。逃げた先にモンスターがいてもお構い無し。また逃げればいいとそれを繰り返した。


 けれどモンスターはしつこいもので、逃げても逃げても追ってくる。しかも雪だるま式に増えてくものだから始末におえない。これではお宝回収ができないと悩んだ彼は、一つの策を思いついた。


 そうだ——他の探索者に押し付けちゃえ。


 ……その結果が、目の前のこれ。



「「「「ギャ!」」」」


「モンスタートレインかぁ」



 他の探索者の姿はない。きっと殺されたか撒いたのだろう。迷惑な話だなぁ。 


 ……ちなみにその無能は僕。レアに怒られてからもう止めたけど。


「逃げよ」


 袋小路でもないのに発案者(多分)が逃げられないはずがないと、僕は方向転換して全力ダッシュ。


「ギャ!」「グギャ!」「グギゲゴ!」

「——げ」


 一匹ゴブリンシャーマンが混じっていたらしい。毒沼によって足止めされる。

 魔法によって起きた現象は時間経過か術者が死ぬことによって消えていく。だから僕はさっき殺したばかりのゴブリンアーチャーの弓を拾い——一射。


「グゲッ!?」


 命中。狙い通りゴブリンシャーマンの目玉を貫通した。


 ……やっぱり筋肉の動きが見れると全然違うね。


 レアにボコボコにされた後、全裸で弓を射ってくれたログに感謝しながら、僕は全力で駆け出した。


 大分慣れたし、そろそろ弓の一つでも持とうかな。




「……はぁ……流石に疲れたよ」


 モンスタートレインを撒くのは骨が折れる。本当にしつこい。

 けれど今の僕には逃げる以外の選択肢もあったから、誰かに押し付けなくても何とかできた。ヒットアンドアウェイだ。

 

 逃げた先のゴブリンを殺し、追いついてきたゴブリンを殺し、また逃げての繰り返し。それを何回か重ねると段々数も減ってきて、ようやく一心地付くことができた。水が欲しい。


 やっぱり無理に荒らさないで地道に探索した方が楽だなぁ。モンスタートレインは他の探索者からも嫌われるし、レアに怒られて止めたのは正しい。


 ……でも、全部が悪い方向に繋がったわけじゃないけどね。


 階段——。


 逃げるのに必死で夢中になっていた僕は、頭の中の地図をほっぽり出して走り回った。そうして運よく見付けた3層への階段が目の前にある。


 ただ、と、僕は軽く頬をかいた。


 探し回った目的地。普段なら喜び勇んで進む所だけど、僕は立ち止まったまま動かない。なぜなら“向こうも動かない”から。


 ……ダンジョンは不意打ち上等だけど、最近多いなぁ。


 仕方ないか。それがダンジョンだし。


 スキル——『潜伏』。


 自分も含めた一定範囲内の人物を周囲の風景に溶け込ませるスキル——ローグの代名詞とも呼べる程に名高いそのスキルを、誰かが使っている。


 ……残念だけど、僕には見えるんだよね。


 隠れるには完璧と言ってもいいそのスキルだけど、使用者の腕によって僅かに空間が揺らぐことがある。普通なら気付くどころか違和感すら覚えない程度だけど、僕にはもう丸わかりだった。


「気づいてるから出てきていいよ。場所も分かってる」


 ハッタリじゃないと顔を向ける。これで出てこなければ斬りかかるつもりだったけれど、その必要は無くなった。


 何の変哲もないただの壁。そこから3人の大人パーティーが姿を現わした。


「へっ、ガキが生意気に」

「お貴族様に見初められるだけはあるってかぁ?」


 口々に憎まれ口を叩いてくる。多分一人はスキルを見破られたローグ。


 というか身に覚えのある顔だと思った。同じ奴隷のリーパー集団……アストリッドに絡んできた有名なグループだ。逆恨みかな?


 ニタニタ、または憎しみの籠もった目で見てくる彼らの全身を、僕は逆に見返した。


 そして思わず、一言漏れてしまう。



「……たいしたの持ってなさそうだなぁ」

 


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