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第12話 金的の男


 夜。

 ダンジョン都市『エリュシオン』の地上市街、その一角にある賑わう酒場。人間族(ヒューマン)剛人族(ドワーフ)猫獣人(フェリウス)らが思い思いに酒を酌み交わす中、一人の男が仲間と共に杯を傾けていた。空になったビールの杯が「ガンッ」と卓上に乱暴に叩きつけられる。


 その男だけは、朝から延々と酒をあおっていた。


「おいゴズ、飲みすぎだ。それ何杯目だよ、今日はもう止めとけ」

「うるせーこれが飲まずにやってられるかよ! お前らはいいよなぁ真っ当に殺されて! 俺なんか見ろ、これ……これ!」


 男――ゴズはずっと手元に置いていたマナ板を酔いに任せて仲間たちに突きつけた。

 そこにはこう書かれている。


『ウィンターベル領主末女を襲った凶刃 金的殺害事件』


「——あんまりだろ⁉ いくら何でもあんまりだ!」

「……ま、まぁ、し、仕方ねぇだろ、事実だし」

「おい笑ってんじゃねーよそれに事実じゃねー! 俺は金的で気絶した後にあの女に殺されたんだ!」


 ゴズの声がどうでもいいとばかりに喧噪にかき消される。彼の仲間は半笑いだった。

 ダンジョンで気絶するということは死を意味する。そんな当たり前のことすらゴズは酔いで気付けない。


「クソ、ふざけやがって何が金的殺害事件だ。俺たちがあの女を狙い打ちするのにどれだけ時間を掛けたと思ってやがる。罠を何重にも仕掛けてようやくだぞ。それが全ておじゃんだ」

「まぁいいじゃねーかよ。結局領主の娘はヤれなかったけど、こうして記事にしてもらったお陰で少しは有名になれたしよ」

「有名って……どんくらいだよ」

「俺たちの過去記録含めて視聴回数爆上がりだ、バックがじゃんじゃん入ってきてる。あのアストリッド様に善戦した俺なんてあれだぜ、女の子から菓子届いた。ゴズはなにもらったんだ、股間パットか?」

「お前もう隠す気ねーなこの野郎……冷却シートだよ」


 爆笑。配膳している給仕の女にも笑われる始末。

 仲間は笑いすぎで涙目になりながらも、しかし真剣な顔でゴズに言う。


「俺たちは運が良かった。そりゃ領主の娘をヤれてりゃ一躍時の人だろうが、それだって絶対じゃなかったんだ。結局失敗したがお前のおかげで少しは有名になれた、感謝してるぜ」

「不名誉な名声だがな。そのせいで俺は今朝子供に「ぐぶぎゅえ」の人だって指さされたんだぞ。俺は一刻も早く忘れられてーよ」

「おいおいそう言うなよ。言っちゃなんだがお前は運がいいぜ? 俺なんてポーション奪われた後に腸裂かれて放置されたからな。ありゃ地獄の苦しみだ。気絶してる間に殺されたお前はラッキーだったよ」

「そりゃ……そうだけどよ」


 そんなことされたのかとゴズは酔いが冷める勢いで肝を冷やした。

 探索者ともなれば一つや二つくらい死の経験はある。その中には苦しんだ経験もあれば意外にあっさり死んだ経験もあった。

 ただ共通して言えることは、死というのは何度味わっても慣れるものではない。


「……いや、やっぱ許せねー。今回ばかりは死の痛みより屈辱が勝るぜ。どうにかしてこのうっ憤晴らさねぇと気が済まねぇ」

「お、じゃあ娼館でも行くか。お前のおかげなんだし今回は俺が奢ってやるよ」

「そういうことじゃねーよ。けど娼館は奢ってくれ」


 ゴズはマナ板に再生された映像を改めて見る。そこには自らの股間を蹴り上げる小汚い子供奴隷が映っていた。


 ……このガキさえいなければ。


 ゴズはギリ、と歯を噛み締めた。全ての誤算はこのガキのせいだと言っても過言ではない。


 ダンジョンでは他探索者に殺されることなど星の数ほど起きている。さして珍しいことでは全然ない。

 だが骸士ですらない子供奴隷に殺される間抜けな探索者は皆無と言ってもいいだろう。屈辱的な記事に繋がった主な原因は領主の娘を狙ったからだとしても、この奴隷にヤられたというのも無視できない要因だとゴズは見ている。決して金的だからではないと思いたい。

 

 ――やっぱ、このガキだな。


 そこで、ゴズのマナ板に一本のルーンメールが入った。匿名。

 常なら怪しい連絡は即座にブロックするゴズであったが、この時ばかりは怒りと酔いがないまぜになって正常な判断ができないでいた。

 

 ルーンメールに記載された文字を目で追う。最初は半信半疑に驚きと混乱で頭が支配されたが、読み進めている内に自然と笑みが形作られる。


 ゴズは瞳に仄暗い炎を灯しながら、酒に酔っている仲間たちにこう告げた。


「喜べ、仕事の案件だ」




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