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第11話 仲直り


 結局『ゴブリン迷宮』3階層への階段は見つけられず、僕はダンジョンに湧いていた脱出用のポータルから帰還した。そういえば死なずに戻れたのは久しぶりかもしれない。


 脱出用のポータルは基本的に一人用。一度使ったら効果を無くす。だからアイテムを持った人が使うのがセオリーだったりする。他の人は別の脱出手段を探すか死ぬしかない。荷物持ちなのにそういう時だけ荷物持ちじゃなくなるんだよね。まぁ順番こだけど。


 一応パーティー全員で脱出できる昇降路もあったりするけど、そういうのは僕にはもう関係ないから気にしなくていいや。


 ……ソロだとこういう所は気楽かもね。


 とはいえやっぱり少しは寂しかったりする。仲間探そうかな。駄目とは言われてないけど良いとも言われてないんだよね。どうしようかな。


 とりあえず換金しないと怒られるから、考えるのは後にしよう。


 


「592Gだな」


『ポータルの間』に併設された指定買取所。

そこに今回の探索で得た戦利品を全て持っていくと、買取所の店主がぶっきらぼうな口調で査定金額を告げた。僕は思わず顔がニヤける。


「じゃあそれで!」

「……あいよ」


 乱雑に置かれた硬貨を僕は懐にしまった。盗まれないよう気を付けないと。


 ……592G。僕がソロで潜った最高額をあっさり更新しちゃった。


 しかもゴブリンの死体漁りをせずにこれ。攻略じゃなくて稼ぎに行ったらどれほどだったのか想像するだけで楽しい。日に二回潜る時はどっちかに専念した動きをしてみようかな。


 僕が少し浮かれた心地で思いを馳せていると、店主のおじさんがお決まりのように口を開いた。


「それで、どうする。どれか戦利品を買い取るか」

「うーん、どうしようかな」


  ——奴隷は戦利品を自由に扱えない。


 ダンジョンから持ち帰った品は必ず一度は指定の買取所で全て売る必要がある。これは絶対の掟で破ったら厳しい「再教育」が待っているから従うしかない。

 では装備とかの戦利品を奴隷は持てないのかというとそうではなくて、奴隷には自分で売った品を買い取ることができるチャンスが与えられている。今がその時。


 ……ただ、適正価格で買う必要があるからすごく高いんだよね。大体全部十倍くらい。


 これがアストリッドの言っていた骸士と奴隷の違いなのだろう。確かにこの買取チャンスが実質半額になるのなら必死に目指す価値がある。僕でも分かりやすい明確な利点だ。


 でも……と、僕は自分で売った戦利品を眺めた。


 僕にとってはガラクタばっかだなぁ。自分で使えそうなものと言ったら装備くらい。大きな樫の宝箱から出たやつ。


「うん! いらないです!」

「……そうか? この手袋は『エッセンス』等級で硬化の付与がされてていいぞ。素材自体は麻だからそこまで高くならねぇし重くもねぇ。だがゴブリン程度の剣なら余裕で弾く。まさにお買い得ってやつだが?」

「へー、いくら?」

「買値が300Gだから売値は3000Gだな」

「592Gで売ってくれるなら買う!」

「帰れ」


 しっしと犬猫でも追い払うように手を振るおじさん。別に後がつかえてる訳でもないのに愛想が無いなぁ。いつも通りだから気にしないけど。

 ちなみに昼の受付は若いお姉さんで、その時間帯に来るとすごく混雑してたりする。奴隷あるある。


「あー、待て、坊主」


 自分から追い払ったのにおじさんは僕を呼び止めた。そして気まずそうに頬をかき、


「……なんだ。今日は結構、稼ぎ良かったじゃねぇか」


 そう、照れ臭そうに言ってきた。


「なに? 気持ち悪いよ」

「このガキとっとと失せろ!」

「冗談だよまた来るねー!」


 ……8年間も通い続けてたらそりゃ顔くらい覚えられるよね。


 その事実に何だか少し嬉しくなった僕は、足取り軽くこの場を後にした。


「あ、8年前と比べたらおじさんすんごい老けたよね、特に頭とか髪とか、」

「わざわざ言いに来てんじゃねぇよいいから消えろ!」


 コップ投げられた。もらっとこ。




 ◇



 お昼の会話の続きをしたくて、僕はレアを探していた。

 実は夕方くらいから探している。待ちきれなくてダンジョンに潜ったんだけど……そろそろ帰ってきてるかな。魔晶灯の明かりが深夜を報せる為に頼りなく弱まっている。


 いつもの洞窟をくり抜いた雑魚寝部屋に戻ると、日々の労役に疲れ果てた子供奴隷たちの中に、レアの姿もあった。


 彼女は片膝を立てて座り、ぶすっとした顔で僕を睨んでいる。


「さっきぶりだね、レア。どう? 僕のいないパーティーは」

「こっちが怒ってるのガン無視だなお前。しかも答えにくい質問しやがって」


 毒気を抜かれたようにレアが嘆息する。そして気まずそうに僕から顔を逸らした。

 

「分かってるよこれが見当違いだってことくらい。でも仕方ねーだろ、ずっと一緒にいたんだから……」

「先に追い出したのはそっちだよ?」

「お前本当空気読めないよな。ここで追撃? 悪魔かよ」


 顔を引き攣らせるレア。僕は事実を言っただけなのに。

 彼女は不貞腐れたように軽く舌打ちをする。


「お前のいないパーティーなら順調だったよ。ログの野郎が終始鼻の下伸ばしててキモかったくらいか。それ以外は順調も順調。かなり稼げたぜ」

「本当? 嬉しいよ、良かったね」

「……あんがとよ」


 その投げやりな口調に僕は苦笑した。返す言葉はない。

「そんなことより」と、レアは鼻先が触れそうになるほど顔を近づける。


「お前こそどうなってんだよ、貴族のパトロンとか。しかもアストリッド様っつったか? オレの方でも調べてみたが大貴族じゃねーか。『凍嶺迷宮』の領主様、その娘だぜあれは」

「あれじゃないよアストリッド様だよ」

「……今はそれどうでも良いだろ?」

「アストリッド様」


 僕が重ねて修正すると、レアは深くため息をこぼした。


「はいはいアストリッド様な。それで? そのアストリッド様がどうして無職のお前のパトロンになってんだよ」

「うん。僕もわかんない」

「お前本当にダンジョンで気を付けろよ。お前見たらマジで殺しにいきそうだわ」


 今回は本当に殺されそうなくらい怒ってるね。大丈夫、レアが襲ってきても僕は逃げるくらいならできるよ。

 子供たちが寝ている手前、レアは声を小さくしたまま続けた。


「もしかして、お前がいきなりスキルを使えるようになったのはそのアストリッド様のおかげなのか? 貴族は天職とは別に変な力を使う奴もいるって聞くし……」

「変な力?」


 ……あの温かい感覚がそれなのだとしたら、僕はそれを変だとは思いたくなかった。


「よく分からないけれど、そうだよ。アストリッド様は僕に未来をくれた恩人なんだ」

「……そうか」


 自分でも思った以上に強い口調だった。

 だからかレアは何も言い返さず、ただ皮肉げに笑う。


「良かったな。一流の探索者になるって夢に近付けて」

「うん。凄く嬉しいよ」

「たく、無職の癖に大出世じゃねーか。聞いたぜ、結構高そうな装備を持ってるお前を見たって話。たった一日でそんな成果を出されたらもう何も言えねーよ。この調子ならお前が一番乗りでここから足抜けしそうだな」

「そういうのどこから聞きつけてくるの?」

「今はそんなんどうでもいいだろどこに食いついてんだ」


 ……まぁ子供達のが頭に付くとはいえレアは派閥のトップだし、色々な所に目があっても不思議じゃないかな。


 僕はそう自分を納得させると、丁度良いとばかりに懐から硬貨を取り出した。


「はい、探索の上がり。さっき言ってた高そうな装備の値段、300Gだよ。受け取って」

「お前……」


 なぜか、夜でも分かるくらいにレアの顔が怒りに染まる。


「ふざけてんのか。それとも馬鹿にしてんのかよ。表出ろ、ぶっ潰す」

「なんで?」

「なんでじゃねーだろ!」


 すぐにレアが口元を押さえた。誰も起きなかったことを確認してホッと胸をなで下ろす。


「誰かの為にが通じるような甘い場所じゃない。お前はオレが追い出した時にそう言っただろ。何当たり前のように自分で破ってんだよ」

「破ってないでしょ。これは今までお世話になってたお礼だよ」

「お、お礼だぁ?」


 レアは訳が分からないと何度か首を振った。


「お前はもうオレ達のパーティーから抜けてんだ。オレが追い出したんだよ。それなのにお礼って意味分かんねーだろ」

「レアは馬鹿なの? 確かにパーティーからは追い出されたけどそれだけで昨日までの恩が消えるわけ無いでしょ」

「はぁ? というかお前に馬鹿とか言われたくねー」


 いいや今はレアの方が絶対馬鹿。喧嘩になるから言い返さないだけで絶対馬鹿。

 僕は滅多にため息は出ない方だけど、今した。


「あのね、今までお世話になってたのにその程度ではいさようなら、て、レアが言うならまだしも僕からは無いでしょ。僕は無職だよ? どれだけ僕が役立たずだったか知らないの?」

「自分で言うな」

「それなのにずぅっと同じパーティーに居させてもらった恩がその程度で消える訳ない。アストリッド様も僕を長年支えてくれたのがレアだって言ってたよ。なら少しでももらった恩に報いるのが普通でしょ。レアは僕をどれだけ恩知らずにしたいの?」

「い、いや、それとこれとは話が違、」

「じゃあ僕じゃなくてログだったら? ログが勝手に別のパーティーに加入したら? それで今までの事は綺麗さっぱり忘れて『レア? いたなそんな奴』とか言ってたら?」

「殺す。ダンジョンの外で」


 それは本当に死ぬから止めた方がいい。


「とにかくそういうことだから受け取って。お世話になってた人に恩の一つも返せない僕を許すほど、多分アストリッド様は優しくないよ。そういうのはキッチリしてそうだから」

「いや、だけど追い出したのはオレでっ」

「それ何回も聞いたよめんどくさいなぁ、いいから受け取ってよ」

「おい本音出てるぞ」


 ……だって本当にめんどくさい。


 レアは僕が差し出した硬貨をじっと見つめると、今度は躊躇いがちに僕の顔を覗き込んできた。


「……いいんだな? これを受け取るってことは、オレはお前を身内扱いするぞ。それでも本当にいいんだな?」

「むしろしないと悲しいよ。言っとくけど僕はレアたちと離れたつもりは一切無かったからね」


 その言葉が決め手だったのか、レアが恐る恐る手を伸ばし——確かに硬貨を受け取った。

 その瞬間、雑魚寝部屋の一部から「ヒュー」と口笛を吹く音がする。


「……おい誰だ今の。見てたのか、ずっと見てたのか。ログだな? よし殺す」

「おい決めつけはひでぇだろ——あ」


 ……まぁ、あれだけ話してれば誰かしら起きるよね。


 それがログだったってだけで。うん、彼は耳が良いから仕方ない。


「ねーログ、今度全裸で弓射ってよ。参考にするから」

「なんで全裸!? そして今言うことじゃねぇだろ!?」


 ……だって、ログが生きてる内に言っとかないとだし。




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