死の書庫と魔道書の番人
第三階層――《死の書庫》
塔の階層扉を抜けた瞬間、空気が変わった。
押し寄せる静寂。重たく、淀んだ知識の霧が辺りを包む。
果てしなく続く書架。
本は浮遊して移動し、いくつかは勝手にページを捲り続けている。
ページの中には“言葉”ではなく、“記憶”が書かれていた。
「……気をつけろ。ここでは“読むだけで魂が削られる”ぞ」
マーリンが静かに警告する。
「またそういう不穏なことをさらっと……」
ケイが肩をすくめる。
アーサーが一歩進み、光る大書架の中心へと目を向けた。
そこに――番人がいた。
魔道書の番人《リーブレ=ノス》
半透明の白衣を纏い、無数の羽ペンが彼の背中を浮遊している。
顔は仮面。声は耳ではなく、脳内に直接届いた。
「ようこそ、知の領域へ。
汝ら、剣に生き、誓いに縛られし騎士どもよ。
知らぬことを恐れるか。過去を直視できるか。偽りの記憶に惑わされず、真実に手を伸ばせるか――?」
「なにを問いたい」
アーサーが答える。
「問うは、記憶。試すは、選択。
正しい記憶を選び、真実を掴め。
失敗すれば、“己の記憶”を一つずつ喪う」
「……なるほど。“戦い”ではない。“選択の試練”か」
マーリンが頷いた。
番人の羽ペンが空中に円を描いた。
空中に七つの本が浮かぶ。各本には、それぞれ円卓の騎士の過去の一場面が封じられていた。
「この中に、一冊だけ“偽りの記憶”がある。
選び、指し示せ。間違えば、“真実”は失われる」
■選択の書(例)
ランスロットがアーサーに剣を向けた夜
トリスタンがイゾルデを見送った戦場
モルドレッドが王位を望まなかった日
ガウェインが兄弟を葬った炎の中
ガレスが敵将を赦した最後の晩
パーシヴァルが聖杯を前に引き返した理由
ベディヴィアが王の剣を湖へ返す瞬間
騎士たちは言葉を交わさず、一つ一つの記憶を眺めた。
「……モルドレッド」
アーサーが低く言った。
「お前は“王位を望まなかった”のか?」
沈黙。
「…………ああ、一度もな」
その言葉と共に、三番の本が崩れた。仮面の番人が首を垂れる。
「正解。
偽りの記憶に惑わされず、真実を見抜いた。
この階層を突破せし者に、我が知を授けん」
次の瞬間、全員の脳に知識の奔流が流れ込んだ。
――この世界の魔法体系
――異形たちの弱点
――塔の構造
――そして、最上階に待つ“十三体の魔神”の存在
「十三……? つまり、十三階層はそれぞれ“魔神”が守っているということか」
「いや、もっと嫌な予感がするな」
マーリンが苦い顔で続けた。
「“十三”は“円卓”の数。最上階に待つのは、“鏡写しの我々”かもしれん」
その言葉に、空気が張り詰める。
《階層突破判定:知識の継承》
《第四階層への転移扉、起動》
最後に番人が囁いた。
「知は力にあらず。だが、無知は常に敗北を呼ぶ。
……気をつけよ。次の階層より、本物の戦場が始まる」
扉の先からは、血の匂いと風の音が聞こえてきた。
アーサーは剣を強く握る。
「進もう。俺たちの円卓は、ここで止まらない」
そして、騎士たちは第四階層へ――