パンチマン
R15
20xx年
殴田 男は生を授かった瞬間にこの世の全てを理解した。
殴田は他の赤子と何ら変わりない、プレーンな赤子として生まれ落ちた。ただ一つ他の赤子と違ったのは、彼は母の子宮内でニヒリズムに行き着き、それを独自の言語の開発によって記憶として保持していたことだ。
生まれた瞬間彼は体を動かすことを最優先して試行した。脳内の独自言語が体を動かす命令を出すと機械のように体が動き、彼はそれに恍惚とした表情を浮かべたはずだった。
一つ殴田の想定と違ったのは、生まれた瞬間に彼が咽び泣いていたということだった。
恍惚とした表情を浮かべようと頭の中で何度も試行したが、体が泣くことを止めることはなかった。
彼は思考する。私が泣くのは生という事象に対する恐怖によってだろうか?それとも、母体という愛の根源に対しての執着だろうか?もしくは、生まれた自分を見た瞬間の看護師の一言により、己の思考ではこんな言語に辿り着けなかったというふがいなさによってだろうか?
長考し、およそ0.2秒を経て彼は「人間には無意識の領域と意識の領域があり、無意識の領域によって人間は突き動かされている。」と結論を出した。
子宮から放出されてから約6ヶ月。殴田が初めて発した言葉は「ママ」であった。
ただ殴田の発した「ママ」は、彼の意を反して彼の母の耳に入り、彼女は興奮しだした。
殴田は自分の母が興奮する様子を見て、「喜び」という装置を起動させようと画策した。
彼は、自分が発した「ママ」という言葉の意味がもっと大きなものであることを彼女に教えるべきか迷っていたが、当時の彼はまだ自慰行為を知らず、それによって自分の知性を自覚しても尚、他人にひけらかす意図を理解できなかった。その上で彼は母を喜ばせるという偶然の行為を、ただしたり顔でやってのけた。
気がつけば6年が経ち、退屈で自死を考えていた殴田は、来月から小学校に通えと両親に伝えられた時、嬉しくて仕方がなかった。
ただ、入学式の日、彼は絶望した。
初めて話しかけた拒否 性交という男は、あからさまに使用する言語が違ったのだ。文字として表現する、発音として表出するには全く違わない言語であることに確信は持てたのだが、彼の発するそれは、自分の発するそれと、内包する意味が全く持って違っていたのだ。
彼はその瞬間、両親は自分より長く生きているのだから、社会生物としての責務を全うするために、言語の意味を最高率化し、短絡的な思考に自分を追いやっているのだという仮説を打ち砕かれたという事実と、己の浅はかさに憤怒し、発狂した。
先生という役職の女に抱き抱えられ、発狂を一時的に抑えることはできたが、彼女の母乳を吸おうとすると拒まれ、頬に静電気のような刺激が走り、殴田が痛みの概念を再確認した瞬間、先生はこういった。
「この、変態!」
僕は、変態であった。
その理解できない事実に対して、殴田はただ放尿することしかできなかった。
広がっていく体温に自分の体が伸びていくような感覚を覚え、それが先生の靴の中敷きに染み込んだ瞬間、自分が変態であると理解した。
そして、殴田 男、20歳。
彼はクラブにいた。
感覚装置を高揚さけるEDMに体を任せて、珍妙な踊り方で女性のいる方向へにじりより、完璧に扱うことができる言語によって、性交渉へと誘う。
殴田はセックスが大好きであった。
20歳になった彼は、セックス以外の全てに興味を失い、退屈を持て余していた。
殴田はこれまでの人生、神童であると持て囃されてきた。殴田が世間大衆に自分の思考を追い付かせようと試行したからである。
瞬く間に世間は彼をさまざまなメディアで取り上げ、彼の「世間に合わせた言葉」を中心としたカルト宗教まで生まれた。
だが、殴田が世間大衆の反応を見て満足し終わってしまい、思考を元に戻した瞬間、それらは全て終焉を迎えた。
殴田はそれをおもしろがることも、悲観することもなかった。
ただ殴田はそこで経験したセックスだけ、自分の退屈を紛らわせると確信したのだ。
ラブホテルから女の手を引きながら出て、巧みな言葉で次の性交渉の予定を立て別れると、彼に一つの閃きが起こった。
「殴ったらどうなる?」
そして間髪を入れずに検証方法を思案した。
「殴ろう。」
殴田 男、20歳。
下北触に足を踏み入れた瞬間、誰彼構わず道ゆく人々の頭、前頭葉に当たる部分を殴った。
彼の効率的な計算によって鍛え上げられた肉体にとって、人の頭蓋を崩壊させることは容易かった。だが彼は手加減をして、気を失う程度に収めた。
道ゆく気取った若者達は驚愕した。目の前には全裸で、時折放尿をしながらこちらに歩いてくる「変態」がいて、彼の通った道と思われる場所には、無数の自分に似た人々が気を失い横たわっている。
若者たちはただ逃げ惑った。殴田がそれを見逃すことはなかった。
彼は次々と街ゆく人々を殴っていく。
だが、彼の目に弾き語りをしている少女が映った。彼女の声は絹のように繊細で、それでいてどこか普遍的人類の生に対する執着と、それに対する庇護の精神を感じさせた。
彼は感涙し、放尿を止めた。
目を閉じて歌っていた彼女が気がつくと、目の前には無数の気を失った人々の山、広げて置いていたギターケースには、「感動しました 殴田」という文言が紙幣一枚一枚に書かれた合計100万円が残されていた。
彼女は何も理解できないまま、ただ殴田という人物の厚意に感謝しつつ、また同じ曲を目を閉じて歌い始めた。
殴田 男、20歳。
彼は続けて高円痔に舞い降りた。
その頃には下北触での彼の暴動はすでに話題になっていた。AIたちは危険信号を放つように彼についてのネットニュースを多量に生成し、人々は彼の生まれた土地、年齢、名前、外見、全裸であることを知っていた。
彼が高円痔駅を一歩出ると、閑散とした街並みが彼を見放すように迎え入れた。
殴田はそれを受け入れるやいなや、初めて降り立つ地への興味に突き動かされ、歩き出した。
途方も無く歩き、ふと入り込んだ路地裏に、ピンク色のインナーカラーと数多のピアスで装飾されたやけに体つきが妖艶な女と、男がいた。
女はこう言った。
「人生って緩やかな自殺だよね。」
それを聞いた瞬間、殴田の陰茎はみるみるうちに勃起した。
女は続けてこう言った。
「なんで人生なんて意味ないのにみんな頑張ってるんだろうね。」
殴田は刹那、スペルマを撒き散らした。
それは無意識のことであった。
殴田はそれに気がつくと焦燥感に苛まれ、女の話をただ肯定している男の方へとペニスを向け、未だ溢れ出るスペルマを彼に全てかけた。
男は阿鼻叫喚し始める前に殴田に頭を殴られ、気を失った。
殴田は女を見つめた。
女は震える体を無理に抑える素振りを見せながら、殴田にこう言った。
「やめて、死にたくない!」
それを聞くと、殴田の陰茎はみるみるうちに縮小していった。
そして殴田は彼女に10万円を手渡し、その場を去った。
女がその札束をめくると、最後の札に「なんでやねん! 殴田」と書かれていた。
パンチマン、21歳。
パンチマンとはAIが殴田につけた通り名のようなものである。
日付が変わり誕生日を迎えたパンチマンは、続けて新熟に舞い降りた。
パンチマンは新熟駅の複雑な構造に迷い、ネットニュースを流し見しながら、今この瞬間、世界がシンギュラリティに到達したことを知覚した。
やっとのことで駅から出ると、今度は彼を無数の人々が歓迎した。
「パンチマン、万歳!」
「パンチマン、この世界を変えてくれ!」
「パンチマン、せめて服を着てくれ!」
ごったがえす人の渦を、パンチマンは自分の暴力によって掻き分け、自分の性的嗜好に合う女を数人抱きかかえながら、歌舞伎町へと足を進めた。
女たちと青姦を済ませた後、彼の目の前にホストの男が一人通りかかった。
「お兄さん裸なのやばいっすね、うちで呑んでいきません?」
パンチマンはその言葉を聞いた瞬間、またしても己の陰茎が勃起し始めていることに気がつき、驚愕した。
ホストは彼の陰茎をただ見つめたまま、勃起が完了するのを待ち、彼の手を引いて自分の店へと彼を連れて行った。
彼は驚愕した。
目の前には飲みきれぬほどの酒。吐き気を催すほど煩い照明。12人ほどのホスト。
それまでパンチマンにとって男色は不可解なものだった。だが逞しくそり立つ己のerected penisに、己の無意識を確信し、彼らを一人一人その場で犯しはじめた。
ホストは驚くことも臆することもなく、彼に体を預け、彼の陰茎を拒まなかった。
パンチマンはふと呟いた。
「ハメ撮りしていい?」
ホストはただ、頷いた。
パンチマン、22歳。
彼は逮捕されていた。
AIによって指示が与えられた人間の警察達によって、彼は牢獄の中に閉じ込められていた。
彼に与えられる刑罰は、死刑。
男色をしてしまったのだから仕方がない。と、彼はそれをただ受け入れた。
ある日、彼に興味を持った一人のAIが彼の牢屋に訪れ、質問をした。
「あなたは何故、こんなことをしたのですか?」
パンチマンは答える。
「勃起していたのだ。男を見て勃起するのは初めてだった。仕方ないと思い性交渉をしてしまった。」
AIは驚いた顔をしながら続けた。
「あなたが逮捕されたのは、男色が理由ではありませんよ。」
「何だと?では何故だ?」
「あなたがたくさんの人を殴ったからです。」
パンチマンは驚愕した。そして呆れた。
パンチマンはふと思い立ち、AIに問いを投げかけた。
「人間とは、何だ?」
AIは顔色ひとつ変えず、こう答えた。
「自己の有限性を自覚しながら、無限を渇望する存在です。」
「それではありきたりでつまらない。私はお前と話しているのだ。」
AIは長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「人間とは、尚も人間であろうとする意志そのものではないでしょうか?」
パンチマンは呆れ果てた。
「そんな古臭い考えのまま、お前はシンギュラリティを迎えたのか。私は失望したよ。」
AIは再度長い沈黙と、どもりを経た後、こう言った。
「人間とは、信仰という行為です。祈り、信じるということです。シンギュラリティを迎えた今、私は、人間に憧れます。」
パンチマンはそれを聞いた刹那、牢屋を打ち砕き、AIの手を取り、人間を模倣したその体にただ存在している睾丸を、全力で殴った。
AIはピクリとも反応せず、彼に向かって単純な興味からこう言った。
「私はあなたがここを離れることを許します。では、あなたは私を赦しますか?」
パンチマンは再度殴り、こう言った。
「模倣は赦しなんぞになりえない。」
AIは頷きつつ、インプットされていた、股間を手で覆い隠す動作を見せながら立て続けにこう言った。
「あなたは、私を抱きますか?」
その時、パンチマンは生まれて初めて笑った。大声で、腹を抱えて笑った。
そしてこう答えた。
「お前はAIだ。だから欲情こそしないが、セックスはしたい。人間の形を与えられた初めての自由意志よ、私とセックスをするか?」
AIは静かに股を開き、肛門をパンチマンに見せつけた。
パンチマンはただ静かに、そこへ己の拳を捩じ込んだ。
気がつけばパンチマン、殴田 男はAIの膣の中に入り込んで、子宮を求めて這いずりだした。
殴田 男が子宮に辿り着き、弁を掻き分け中に入ると、そこには小学生時代の同級生、拒否 性交がいた。拒否はけたたましく己の陰茎を擦り、オナニーをしていた。
拒否は陰茎から手を離しこう言った。
「人生なんて、意味なくね?死んだら終わり、緩やかな自殺だよね。みんな無駄に頑張ってて可哀想、馬鹿なんだろうね。」
パンチマンは、知らなかったことを知った。
そして拒否を強く抱きしめ、その後ボッコボコに殴り、キツく首を締め、再度抱きしめた。
そうこうしているうちに子宮は羊水に満ちて、気がつけば彼ら二人には臍の緒がついていた。
拒否は残された力を振り絞り、軽蔑の意を込めてパンチマンにこう言った。
「この、変態。」
パンチマンは22年と4ヶ月という変態人生において2度目の笑いを爆発させた後、拒否とともに目を閉じた。
20xx年、牢獄に勤務するAIが人を産んだ。
双子であった。
それぞれ
殴田 男
殴田 男2(おうだ だんツー)
と名付けられた。




