真夜中のハム友
INUUはかまってちゃんである。
それもとてつもなくわがままなかまってちゃんである。
構って欲しくなったら、時間は関係なく吠える。
その吠え方も独特で、わふっ、わふっと吠える。
わおーーんではない。
わふっ、わふっである。
まぁ、その吠え方もかわいいし、構って欲しいというのも甘えん坊みたいでかわいいのだが、それでも限界はある。
夜中とか寝ているときは止めてくれ。
マジ、勘弁してくれという感じだ。
しかし、言葉が通じない以上、どうしょうもない。
そのままスルーして寝るか、諦めてそのあたりを散歩するかの二択である。
その日は、偶々仕事の締め切りで結構夜遅くまで仕事をしており、もう少しかかりそうであったため、気分転換と夜食でも買ってくるかという事で、INUUのご機嫌取りを兼ねて夜の散歩としゃれこむことになった。
もっとも、夜中であり、大抵のスーパーはもう閉っている。
その上、歩いて行ける距離にスーパーはない。
それこそ、最も近いスーパーまで歩いて1時間近い時間がかかる。
以前なら、30分程度の所にも小さなスーパーがあったのだが、淘汰されてしまい、今や郊外に大型量販店がいくつかあるのみである。
もちろん、車で行く。
往復2時間は歩きたくない。
もちろん、帰りは荷物付きだ。
絶対に嫌である。
なお、昼間は近くに住む老人や年配者に対しての為だろう。
移動式小売店がやってくる。
バンの後ろに商品をのせているやつだ。
なお、前日に頼んでおいたら、次の日に用意もしてくれるらしい。
まぁ、自分は利用したことはないが、近所の老人がよく利用しているようだ。
そんな、スーパーロスの地域だが、心強い店舗が歩いて15分程度の所にある。
そう、コンビニである。
定価販売で割高だが、24時間営業だ。
何かの時に助かっている。
なお、儲かっているのかというと、そこそこ儲かっているようだ。
深夜、何度か行ったが、お客がちょこちょこいたりする。
という訳で、INUUと出かける事にした。
いつもの散歩コースと違い、街中を行く。
街灯と時々付いている家の灯り、そして月明かりが道を照らしている。
INUUはご機嫌だ。
尻尾を振って先行していく。
まぁ、行き先がわかっているのだろう。
またいつもの所ですね。仕方ない、付き合ってあげましょう。
そんな感じでちらちらとこっちを見ている。
おい。こっちはお前さんに付き合っているついでなんだよ。
そんな事を思ったが、言葉が通じないので苦笑を浮かべておく。
で、夜道を歩いていく。
シーンと静まり返った中を、たったったという感じて歩いていくINUU。
別にどこかに寄ったり、ハムハムを希望したり、立ち止まったりしないからコンビニまではあっという間だ。
「少しここで待ってろよ」
そう言ってINUUを繋いでいるリードを柱につなげるとコンビニの中に入る。
もう少し作業もしなきゃならんから、エナジードリンクと栄養ドリンクのゼリー状のやつを買っておくか。
でそんな感じで買い物をしていると声をかけられた。
「あら、こんばんわ」
そう言って声をかけてきたのは、ハム友の片山さんだ。
「ああ。こんばんわ」
僕もそう声をかける。
彼女は、食パンを持っていた。
僕の視線に気が付いたのだろう。
彼女は笑いつつ言う。
「ふふふっ。お昼のお弁当に使うサンドイッチ用のパン買うの忘れちゃってて」
「ああ、なるほど」
僕がそう言うと、彼女は僕の籠をのぞき込む。
「えっと……」
なんか言いにくそうな複雑な表情をしている。
恐らく籠の中身を見て、なんと言ったらいいのか迷っているようだ。
ヘンなことを想像されても困るので、素早く告げておく。
「ああ、今日は仕事が佳境でね。もう少し仕事しなくちゃならないから……」
そう言われて彼女は納得した表情をした。
「だからなんですね」
「いや、いつもではないんですよ。ただ、月に一日、二日程度どうしても忙しい日があって。ほら、今日、月末だからね」
僕の説明に、彼女は納得したのだろう。
「ああ。なるほど。大変ですね」と言ってくれる。
ああ、一人で仕事しているから、そんな言葉をかけてくれる相手もいないから、本当にありがたい。
心に染みるな……。
そんな感じで話をしていると、外からわふっという音が響く。
どうやらいつもより遅いので、INUUが催促しているらしい。
「あ、INUUちゃんいるんですか?」
「ああ。うちのはかまってちゃんだからね。夜も昼の関係なくかまってかまってするんですよ」
彼女はクスクスと笑う。
「では、急いで買い物を終わらせましょうか」
彼女はそう言うと、食パンをもってレジに歩き出す。
僕も慌てていくつかの商品を籠に入れてレジに向かった。
彼女は先に会計を済ませて外に出ており、僕が会計を済ませて外に出ると、INUUの頭をなでなでしている彼女が目に入る。
INUUもまさかこんなところで会えると思っていなかったのか、尻尾をぶんぶん振っていて撫でられている。
ご機嫌だ。
いや、言葉が通じなくても、見てればわかる。
INUUは今、とてもご機嫌である。
しかし、そう思ったのは間違いだったようだ。
彼女がこっちに視線を向けた瞬間だった。
かぷっと彼女の手を咥えたのである。
ハムハム……。
おいっ、お前っ、夜はしないんじゃないのかっ。
今まで夜はされたことはなかった。
なのに……。
確かに彼女の手は限定品だ。
だけど、それはあんまりだ。
なんだよそれ、ご主人様よりもいいのかよ。
くううううっ。
裏切り者めっ。
そんな僕の心境も知らぬ存ぜぬでハムハムするINUU。
言葉がなくてもわかる。
やっぱりそれは幻想だったようだ。
この野郎っ。
いや、INUUはメスだから、この……、なんて言ったらいいんだろうか。
くそっ。なんか悔しすぎる。
そして、そんな僕の複雑で激変する感情が顔に出ていたのだろう。
彼女は笑い出していた。
もちろん、お腹を抱えて。
そう、夜の静けさの中、彼女の笑い声が辺りに響いたのであった。
今回の実話部分。
近所のスーパーロスとか、そういう地形の描写は、うちの周りの事をそのまま書いてますね。
本当に、何もないんですよ。
コンビニ以外……。
十年くらい前は、喫茶店とかあったんですけどねぇ。