笑うハム友
今日も元気にINUUはハムハムしている。
その様子はとても幸せそうだ。
多分、味がいいのか、いつもより味わっているのではないだろうか。
そんな事さえ思ってしまう。
そう、今、ハムハムしているのは僕の手ではない。
片山真鳥さんの手だ。
そう、前回、絡まれていたところを助けた女性である。
それ以降、散歩のときに見かけると声をかけるようになっていた。
まぁ、相手の方から声をかけてねと言われているし、INUUも喜ぶしね。
あ、僕は喜ばないのかって?
そりゃ、喜びますよ。
務めていたブラック企業を退社して、のんびりと自宅でできる仕事へジョブチェンジしてからはすっかり人と関わることが少なくなってしまいましたからね。
それに相手が女性で、年齢的にも同世代ぐらいの人ですから。
なお、結婚しているのかしていないのかは確認していません。
ただ、散歩の途中で話をする相手にそこまで聞くのはおかしいですから。
まぁ、気にならないわけではないんですが、踏み込んで話すには、まだ関係が薄いと言うか、そこまで相手のことを知るほどの時間が経っていないと言うか……。
そんな感じで、今日も天気の話から始まって、二人でベンチに座って何気ない話を淡々としているわけです。
ああ、なお、INUUはその間も片山さんの手をハムハムしています。
この時だけの限定味という感じなんでしょう。
よく味わっています。
なお、散歩中に僕の手をハムハムする機会は格段に減りました。
その分、片山さんの手をハムハムしています。
うむ。お前も限定ものには弱いのか、INUU。
ふとINUUをみてそんな事を思ってしまいます。
すると片山さんが苦笑して聞いてきます。
「どうしたんですか?」
よほど変な表情でもしてたんだろうか。
まさかそう聞かれるとは思いもしなかった。
でも隠す必要性もないから、思ってたことを言います。
「いや、貴方の手を期間限定でハムハム出来るので、散歩中は自分の手をあまりハムハムしてこなくなったなぁと」
その言葉に、片山さんはきょとんとした表情の後、実に楽し気に爆笑していました。
そこまで受けるとは予想していなかったので、こっちはびっくりした顔で見ていましたが。
「ごめんなさい」
散々笑った後、片山さんは涙を手の頬で拭きつつそう言ってきます。
「いえ。そこまで笑ってもらえたら、もう何も言う事はありませんよ」
そう言うと、また片山さんは笑い出します。
いや、笑わせる為でも皮肉でもなく、ただ思った事を言っただけなんですが。
なんとか笑いつつ片山さんが言います。
「すごいですね。INUUちゃんといいあなたといい、私の側には今までいなかったタイプの方ですね」
うーん、褒められているのだろうか。
困ったような表情をしてしまうと、その表情を見て片山さんは益々笑います。
いや、困ったな。
そう思考するとどうやらそれも顔に出ていたようです。
片山さんは、しばらく笑い続けるのでした。
「すみません」
笑い終わった後、片山さんは申し訳なさそうにそう言って頭を下げてきます。
「いえいえ。気にしてませんよ」
そう言った後、ふと気になって聞いてみる。
「えっと、どこがおもしろかったんですか?」
そう聞くと片山さんはニコニコして言う。
「いえ、なんか、ハムハムされるINUUを取られたみたいな感じに見えて、なんかかわいいなと」
そして、ハムハムのおわったINUUの頭を撫でつつ言葉を続ける。
「その上、それに気が付いていない感がすごいし、それでいて天然というのかな、なんか言い方や動作や表情がツボに入ったみたいで、笑いが収まりませんでした」
そう言われてふと思い出す。
「いや、そう言えば、昔仲の良かった友人からも言われたな。『お前、天然はいっている上に笑いの才能あるぞぉ。ヨシ●ト行け』とか」
「へぇ。その友人さんは見る目あると思います」
笑って片山さんがそう言ってくる。
まぁ、確かに人を笑わせるのは好きだ。
笑いっていうのは気持ちを軽くする。
悲しみも悩みも怖さも全てを一時的にとはいえ払拭してくれる。
だから、僕は笑う事、笑わせることが大好きだ。
もっとも、今は笑わせる気は全くなかったんだけどね。
それに僕が笑わせたいのは、自分の周りの人だけだ。
赤の他人を笑わせたりする自信はないし、そうしたいとも思わない。
だから、それを素直に言う。
「『笑う門には福来る』とか言いますからね。だから、笑わせたり、笑う事は大好きですよ。でも、それは僕に関係のある人だけにしたいですね。プロじゃないんだし」
最後の一言は少しお道化て言う。
片山さんは、くすくすと笑った。
「じゃあ、私はどうなんですか?」
「もちろん。笑わせる対象に入りますよ。だって……」
そういってINUUを見る。
INUUは嬉しそうに尻尾を振って、僕と片山さんを交互に見ている。
そして、視線を片山さんに向けた。
「大切なハム友ですから」
その言葉に、片山さんは聞き返す。
「ハム友?」
「そう。ハム友。INUUにハムハムされる仲間です。ちなみに、今の所、定期的にハムハムされるのは僕とあなただけなんですよ」
片山さんが少し驚いた顔になった。
「えっ。そうなんですか?」
「ええ。実は初対面の時にハムハムしたらそれ以降は絶対にハムハムしないんですよ、うちのINUUは」
「でも……」
「そう。今まで例外は飼い主の僕だけでした。だけど、今のように片山さんにだけは、会うたびにハムハムしたがります。要は、選ばれたんですよ、INUUに」
そしてニタリと笑って言葉を続ける。
「ハムハムしたい味をしている人間だと」
その僕の言葉に、片山さんは我慢できずに大爆笑した。
ダンダンとベンチを叩き、涙を流して笑っている。
そんな中、言葉が口から洩れる。
「味って……。ハムハムって……」
「私が思うに、私達の手は、INUUの嗜好品ではないかと思うんですよ。いい味してるなとか、この味は好みだからハムハムしておこうとか思っているんじゃないかと」
ますます片山さんは笑っている。
「や、やめてっ……。死ぬっ。死んじゃう」
どうやら思いっきりツボに入ったらしい。
「大丈夫ですか?」
そう言いつつ、僕はニヤリと笑って言う。
「そう思いつつ、さっきハムハムしていたINUUの表情を思い出してごらんなさい。納得できるでしょう?」
想像したのだろう。
片山さんの笑いがますます大きくなっていく。
いやぁ、人を笑わせるのは楽しいなぁ。
まぁ、死にかけているのかもしれんが、まぁよしとしょう。
そんな事を思いつつ、片山さんの笑いが収まるまで待つ。
やっと笑いが収まったのか、少し時間が経つと片山さんはひーひー言いながら立ち治った。
そして、僕の方を見て頬を膨らませて言う。
「酷いです。私を殺す気ですかっ」
「いや、友人にもよく言われましたね。まぁ、僕にとってはいつものことですし、今のところは死人は出てませんので、問題ないかなと」
「本当に口が達者なんだから」
そう言った後、くすくす笑った。
「あー、こんなに笑ったの久方ぶりだわ」
「そりゃよかった。なんなら、今からまたいきますか?」
そう言うと片山さんは苦笑した。
「いや、今日の分はもういいです。本当に苦しかったので」
「確かに。そう言えば、昔のCMでもありましたよね。『お笑いは計画的に』って」
もちろん、文句の口調をCM風に言うのは忘れない。
その様子に、再び笑い出す片山さん。
笑いながらポカポカと僕の肩を叩く。
「やめてぇ~っ」
ふっふっふ、一度笑ったら二度目は笑うハードルは下がるのだよ。
ニタリと微笑んでそんな事を思っていると、そんな僕らの様子をINUUは楽しげに尻尾をちぎれんばかりに振って見ていたのであった。
今回の実話部分w
『ヨシ○ト行け』という部分は、実話です。
当時、F県にヨシ〇トの支店みたいなのが出来てた時期だったので、真剣な表情で何人かに言われました。
バカと冗談、軽口をよく言って笑わせていたので。
ただ、当時のFヨシ〇トの芸人さんを何人か知ってたんですが、仕事がなくてバイトばかりだったそうです。(月に1~2回程度とか。まあ、新しく出来たので、仕事も新しく開拓しなきゃダメだったらしいですね。)
その話を聞いていたのと、文中にも書きましたが身近な人が笑ってたら満足だったので、チャレンジすることは、ありませんでした。
もし、チャレンジしてたらどうなってたんだろうな。
(っ´ω`c)