暗い夜と白い手
俺と頼人は行きも帰りも徒歩だった。自転車は黒い家の中まで持って行く気がなかったし、外に置いておくと補導されるかもって思ったからだ。
「じゃあ、ここでお別れだな。また夏休みになんか誘うから」
「……うん」
俺と頼人は大きな橋の手前で立ち止まった。家の方角的に、ここから俺は橋を登って、途中で河川敷の方に向かう。頼人はこのまま橋は使わず、真っ直ぐに道を進む事になる。
「そんな寂しそうにすんなって。まあ、心霊現象に遭ったんだから、怖いのもわかるけどよ。家まで送るか?」
「いや、違う。ただ……やっぱ、辞めとく」
「そっか。まあ、取り憑かれてる俺の方が怖いしな」
クロカヤさんの言った事が本当だったら、俺には誰かが取り憑いているのだ。いや、人なのかもわからない。でも、ペットを飼った事はない。
「じゃあね、晴斗」
「おう。じゃあな、頼人」
俺の言った事を無視した感じで、頼人が手を振った。別に気にならなかったから、俺も手を振り返して、橋を登る事にした。
街灯が蜘蛛の巣を照らして、時折通る車の音が静かさを紛らわせる。虫の声も、川の音も、砂利を蹴る足音もする。
そういえば、今朝見た夢だと、俺はここで階段から突き落とされたんだっけ。
ふと、後ろを振り向いてみる。
けど、誰もいなかった。
あれは結局、ただの夢だったのかね。やっぱり、青春の寿命は短いぞっていう警告だったのかもしれないな。
なんだかんだ、今日は青春らしい事が一つ出来た。夏休みは長いんだ。明日からも、何をするか決めないとな。
と、そこで、足音がした。
俺以外の足音だ。
それは、歩いている俺のとは違って、走っていた。そして、近づいてきていた。
咄嗟に俺は振り向いた。顔だけじゃない。身体ごとだ。受け止める気でいた。
白い手が伸びてくる。俺は手首を掴んで止めた。
虫の声も、川の音も掻き消すような、荒い呼吸が聞こえる。
「俺を、突き落とすつもりだったのか?」
いや、きっと、そうはならなかった。走ってきて、真っ直ぐ手を伸ばすだけ。こんな無理矢理じゃ、せいぜい目の前に転ぶくらいだ。
でも、手を伸ばしてきた目的は、突き落とす為だったのかもしれない。
「どうして、こんな事したんだよ」
俺は掴んだ手首を持ち上げて、川の方を向いて視線を落とす相手の顔をまじまじと見つめる。
「教えてくれよ。頼人」
白い手の持ち主。俺を突き落とそうとした相手は、頼人だった。