事故物件と壊し屋さん
その後、遅れて更に四人の男女がこの部屋へ来た。そして、それが常識だみたいな顔で食べ飲みし始める。
すると入れ違いで、クロカヤさんが椅子の近くまで寄ってきて、腰を曲げて膝に手をついた。
「あ、クロカヤさん。椅子が全然動かないんですけど」
「待ちなよ。俺、ちょっと話があるから」
「え? は、はい……」
クロカヤさんの雰囲気が、さっきまでと違っていた。口調から、だらけた感じが消えて、なんというか、凛々しくなった感じだ。
「こんばんは。あなた、ここの住人じゃないですよね。どうしてここにいるんですか?」
穏やかな声音に、優しい口調。決して、配信サイトでイケボと言われる様な甘い声や渋い声ではないけど、耳にすんなりと入ってくる声に変わっていた。
「そう。それは大変でしたね。でも、落ち込んだままなのも良くないと思いません? やっぱり、変わらないと。伸びてきた髪を切った時の事を覚えていませんか? あの時と同じです。気分を変えてサッパリしましょうよ。今ならアイツらに混ざっても気づかれませんから、どうです?」
うん、うんとクロカヤさんは何度か頷きながら、虚空に向かって話しかけている。その事を誰も不審がっていないみたいで、DJは音楽にエフェクトを掛けているし、他のメンバーも歌ったり踊ったり飲んだりしてる。
はっきり言って異常だよ。
「うん。そう。どう? 良い? よし。そうだね。うん。よしよし。じゃあ、行こう」
気づけば、クロカヤさんの口調が敬語から徐々に砕けたものに変わっている。そして、真っ直ぐ立つと、他の人たちのところへ戻っていく。
「あ」
「え?」
ゴトン。と、音を立てて椅子が落ちた。
「……外れた」
「外れたな……」
頼人と一緒に呆気に取られる。あんなにビクともしなかった椅子が、かさぶたが剥がれるみたいにあっさりと落ちた。
「……じゃあ、逃げる?」
「いや……見届けようぜ、最後まで。なんか、スッキリしないから」
心霊体験はしたし、結果的に無事だった。青春の一欠片として、条件は満たされた気がする。だけど、なんというか、してやったって感じが足りない。
「とりあえず、俺達も混ざってみようぜ。酒は飲むなよ?」
「良いけど、ついていけるかな」
俺と頼人はしれっとテーブルに面して座ってみた。特に何も言われなかったけど、黒いキャップを被った眉毛のないお兄さんが近くに来た。
「よっ。お前らもバイトか? ん? ん?」
お兄さんは俺達の背後に立って肩を掴みながら訊ねる。口からお酒の匂いがした。
「いや、バイトじゃないですけど、お兄さんはバイトなんですか?」
「ありゃ、バイトじゃねえの。そうだよ。俺はバイトー。エキストラみたいな感じのな。っと、そろそろやっとくか」
お兄さんはそう言って俺達から離れると、何やら置いてあったリュックをゴソゴソと探り始めた。そして中から取り出したのは、白い紙とハサミとマッキーだ。
次は紙を切ったり、色を塗ったりし始めて、俺の目にはもう、お兄さんしか映らない。
もしかして、お札でも作るのか。いや、バイトが作って大丈夫なもんなの? でも、俺はまだ諦めてないぞ。カッコいい除霊が見れるのを。
お兄さんが人差し指を一人一人に向けて、満足した風の顔をする。そして、切った紙を持って、立ち上がった。
「よーし! 王様ゲームやるぞー!」
「イェーイ!!」
誰だよもう。お札を作ってるとか言ったやつ。ぜんっぜん違うじゃん!
それからは、ひたすらに遊ぶだけだった。
「あれ、人数分作ったのに、一枚足りねえな。ま、いっか」
「一番は三番の頭を撫でなさい!」
「俺が一番! 三番は誰だー?」
「誰も手を挙げねえな。誰だ三番はー」
「いないなら仕方ないからさ、ここら辺を撫でてやってよ」
「えー? もう仕方ねえなー」
明らかに誰か一人増えているはずなのに流されたり。
「あり、誰かここにあった缶知らねえ? 飲もうと思って確保したのに消えてんだけどお」
「知らなーい。酔って気づかないうちに飲んだんじゃないのー?」
「部屋の隅に空き缶ならあったけどこれか?」
「あ、それそれ。マジかー、飲んでたかー」
いつの間にかお酒を取られているのに、酔いのせいにして流されたり。
「お、なんだよこの音、イカしてるねえ!」
「ヘイ、サンキューな。かますぜ俺のスーパーノイズ!」
BGMに変なノイズが混じっているのに、エフェクトだと思われて流されたりした。
そして、お酒とツマミが尽きた頃になって、クロカヤさんがパン!と両手を打った。
「皆、ありがとう! 今日はこれで終わりだ!」
「お、あざしたー。今回も楽しかったっす」
「お疲れ様でしたー」
「またあったら呼んでくださいねー」
「マジでお願いしますよー」
クロカヤさんがお礼を言うと、DJと二人の女の人以外は、思い思いに手近なゴミ袋を手に取り始めた。そのまま、リュックや鞄などの荷物を背負うと、部屋を出て行く。
「青牧くんと、その友達くんもお疲れ。帰っても良かったんだけど、楽しかったか?」
クロカヤさんは俺たちに晴れた表情を見せてきた。俺はきっと、曇った表情になってると思う。
「今ので、除霊できたんですか?」
「ああ、出来た。仕事は終わりだな」
クロカヤさんは俺に満足げな表情を見せてきた。
俺はきっと、不満そうな表情になってると思う。
「心配するな。俺もさ、最初は追い出すくらいだったよ。でも、そしたら追い出された霊が集まって、強力な心霊スポットが出来ちゃったんだよな。それ以来、俺は霊と話をして、ちゃんと成仏させる様にしてる」
霊と話をして? 見えるだけじゃなくて、話まで? いやでも、確かにクロカヤさんが椅子の近くで何かを話してから、椅子が離れたけど。
「この男の言ってる事は信用していいわよ」
「あなたは……五番さん」
「誰が五番よ」
話に入ってきたのは、最初に二人いた女の人の内一人だ。名前も知らないし、失礼だけど王様ゲームの数字で呼ぶしかないと思ったのに。
「前に、アタシが借りている部屋と、あの子が借りている部屋にいた霊を追い出したの。そしたら、近くのマンションで変な事件が多発しちゃって、コイツも反省したわ。ま、それ以来、アタシはクロカヤのお目付役ってとこね」
「俺は頼んでねえのによ」
不本意そうなクロカヤさん。でも、五番さんは酔ってないように見えるし、クロカヤさんよりも信じてもいい気がした。
「あの、じゃあ、ここにいた幽霊って、白い女の人でしたか?」
もしも俺達が見たのと同じなら、もう一安心だ。取り憑かれているとか、そういうのもないだろう。
「いや、違ったな」
「え?」
背筋が急に、ゾクリと冷えた。