黒い家と黒い茅
頼人、大丈夫か? 死なないよな? ってか、本当に幽霊っていたんだな。やべー、出会っちまったよ。
怖さが麻痺していたみたいで、外に出ると急に怖さの揺り戻しが来た。夏の夜風は温くて、誰かの手で撫でられたみたいな感じだ。
専門家の人、早く来ないかな。どれくらい掛かるんだろ。
SNSを眺めたり、ソシャゲのデイリーを消化したり、漫画アプリのチケットを消費して時間を潰していると、一台の車が通りがかり、近くに止まった。
運転席から、若い男の人が降りてきた。髪はプリンみたいに染まっていて、首にはチェーンのネックレスをつけてる。
「よぉっす。アンタが青牧くん?」
「あ、はい。青牧です」
「どぅーも。事故物件壊し屋でーす。クロカヤって呼んでぇね」
クロカヤさんは、どこからどう見ても専門家、って感じじゃない。チャラいお兄さんって感じだ。
「みたらし飴あるけど食う?」
「いや、良いです」
断るとクロカヤさんは、ジーンズの右ポケットから取り出した飴を二粒、口の中に入れる。包装は左ポケットに突っ込んでた。
「で、お友達はどこにいる?」
「二階の部屋です。案内します」
「おぉう、頼むわぁ」
いまいち気合いの感じられない喋り方だけど、いざとなると頼りになる感じか?
少し不安になってきたところで、助手席と後部座席から人が降りてくる。男の人が一人、女の人が二人だ。
「よろしくなボーイ。俺はDJのブラック・ブラウンだ」
「DJ? DJってあの、曲を掛ける人ですか?」
「そうだぜ。今夜もフロアを熱狂させるぜぇ!」
DJの男の人は、小脇に抱えたノートパソコンと器具を掲げて見せつけてきた。本当にDJなんだ。え、なんでDJ?
「さぁっさと行こうぜぇ? 準備をしねぇとなぁ」
クロカヤさんが親指で黒い家を刺す。そっか。準備の為に、よくわかんないけどDJが必要なんだ。女の人達も、クーラーボックスみたいなのを持ってるし。
「わかりました。じゃあ、ついてきてください!」
先行して、俺は再び黒い家の中に入る。クロカヤさん以外は荷物を持っているから、逸る気持ちを抑えての歩きでだ。
「それにしても、事故物件壊し屋って言ってましたけど、ここ壊すんですか?」
部屋に着くまでの短い間だけど、これから何が起こるのか全く想像がつかなくて聞いてしまう。
「いぃや。そんな事はしないぜ? 壊し屋ってぇのは強そうだから使ってんの。除霊師とか霊媒師とかってぇのはトラディショナルだからさ、俺はそう名乗らねえのよ」
確か、トラディショナルは伝統的って意味だっけ。なら、新しめの除霊をするって事かな。それってどんなのだ。
「実績もまだ十件くらいだしなぁ。ちなみにDJブラック・ブラウンも、最初はタイミーだったんだぜぇ。ノリが合うから専属になってもらったんだよぉ」
「おう! 専業DJは人気がないと稼げなくて難しいからな、助かってるぜぇ!」
DJのタイミーって本当にあるんだ。でも、除霊と何の関係があるのかは、やっぱりわからない。
「あ、この部屋です」
そして、大した情報を得られないまま、頼人が捕まっている部屋に着いてしまった。
扉は開いたままで、中も何も変わってない。頼人は壁にくっついたままだ。
「おかえり晴斗。……随分と大所帯だね」
「おう、待たせたな。もう大丈夫だぞ。多分だけどな。ね、クロカヤさん!」
クロカヤさんの方を振り向く。クロカヤさんが見ているのは頼人の方じゃなくて、どちらかというと椅子の方に見えた。
「いるなぁ。モノホンだわ。よっし、準備すんぞー」
クロカヤさんの掛け声で、DJと女の人達が荷物を下ろした。それから色々と取り出したり、設置したりする。一方でクロカヤさんはスマホを操作していた。
これから何が始まるんだろう。
未知の期待と高揚感は、自分が心霊スポットにいるって事を忘れさせようとしてきた。