白い女と黒い噂
「うわぁああぁ!」
「出た!? 出ちゃったの!?」
予想外が急に来るとビックリする事がわかった。俺が最初にしたのは悲鳴を上げる事で、身体はひっくり返りそうになった。
一方で幽霊も予想外だったのか、階段を上って二階に向かっていく。
「逃げた! 逃げたよ!」
逃げた? そっか。逃げたのか。ってことは、幽霊も俺たちが怖かったって訳だ。
「頼人、追うぞ!」
俺も急いで階段に向かい駆け上がる。
幽霊を追い詰めてどうするのかって気になりつつも、とりあえずどこにいるのかもわからない状況をどうにかしたい。
そういえば、幽霊は幽霊だからか、足音がしなかった。俺の足音はちゃんと鳴ってるから、階段や床が特別製って事もない。
「バズりチャンス!」
「やる気だな頼人!」
頼人がいなかったら俺、逃げてたかも。
階段を上り切る。左右に部屋があるけど、どっちだ?
「晴斗、どっちかの扉は開いた?」
「いや、音はしなかった。けど、どの扉も閉まってるよな」
万が一も考えてたけど、やっぱり相手は人間じゃなくて幽霊ってわけだ。
「じゃあ、別れて探してみようか」
「よし。俺は右側に行くぜ」
頼人に聞かれて右側に行くって言っちゃったけど、正直ヤバくないか。急に死者の世界に連れ込まれたりしないよな?
そうやって俺の足が竦んでいる間に、頼人はスタスタと左側の廊下を進んでいく。もう、なる様になれ、ってやつだ。
右側の廊下にある部屋は二つ。まずはどっちも扉を開いて、中を見る。ぱっと見た感じでは、白い女はいない。
家具が少ないから、見逃しもないだろ「うおおおおおお!?」
一つ目の部屋で、急にベッドがこっちに向かってスライドしてきた。けど、ドシーン!と部屋の入り口にぶつかって止まる。
「晴斗! なんかあった!?」
遠くから頼人の声が響いてくる。姿は見えないから部屋の中みたいだな。
「大丈夫だ! ベッドが飛んできただけ!」
いや、言ってて気づいたけど全然大丈夫じゃなくないか? ポルターガイストって奴だよな、これ。
とにかく、一つ目の部屋にはもう入らなくて良いな。ベッドの下以外に隠れられそうな場所はないし、また何か飛んできたら危ない。
「失礼しましたー」
ガチャン!と扉を閉めて、一礼する。もしかしたら、お休み中だったのかもね。俺が邪魔したのかも。だからって、ベッドはちょっとって思うけどさ。
「ねえ、ここってどうして事故物件になったんだっけ?」
二つ目の扉に向き合おうとしたら、頼人から今更過ぎる質問が飛んで来た。そんなん、この辺に住んでたら皆が知ってる事だ。
「ホラー作家が死んだんだよ。元々、病気だったか精神を病んでたって話。引っ越した後に、壁も真っ黒にしちゃってさ」
俺が産まれる前の話らしい。けど、小学生になったら怖い話が流行り出して、そん時に先生から聞いた気がする。
「最後は自殺だったかな。けど、死ぬ前に近所の人が聞いた話だと、常に誰かに見られてるって騒いでたんだとよ。で、作家さんの自殺後も人がいる気配が消えないって話」
「それって多分さ、統合失調の症状だよね。誰かに監視されてる、盗聴されてるって思い込んじゃう辺りがね」
あんまり覚えてないけど、先生がそんな事も言ってたっけな。あなた達の家族がそうなっても、優しく接するのよって。
「だから僕さ、正直この家に幽霊なんていないと思ってたんだよ」
「いやいや、さっきも白い女を見たじゃんかよ」
「うん。……だから、信じるよ。ちょっと来てくれない?」
そういえば、しばらく頼人の姿を見てないな。ずっと部屋の中にいんのか?
廊下を戻って左側に向かってみる。手前の扉は閉まっていて、奥の扉が開いてるみたいだ。声の遠さからも、頼人がいるのは奥だな。
「おーい、来たぞー」
軽ーく声を掛けながら部屋を覗いてみる。
「えぇ……何これ」
そこには頼人がいた。いたけど、立ってはいなかった。座ってもいない。なんというか、張り付けられてるって感じ。
頼人は壁側に身体を向けたまま、脇の下と胴体が木製の四つ脚椅子で固定されていた。
「隠し部屋でもないかなって壁を叩いてたら、こうなってたんだよね。しかも、椅子が全然動かなくてさ、困ってる」
「見たら困ってるのはわかんだよ。これ、助けれんのかな」
壁に突き刺さっている様で、全然そんな事はなく、やっぱり張り付いてるって感じの椅子を引っ張ってみる。
「ぜんっぜん動かねー!」
重厚な木の重みとは関係なく、固定されているんじゃないかって感じだこれ。
「じゃあ僕、このままってこと?」
「腕とか捻ったら、なんかこうヌルンって出られないか?」
「僕さ、普通の人間なんだよね」
「もっとやる気を出せよ! バズるんだろ!?」
「あー、ちょっと僕のこと録画しといて。この体勢、バズりそうじゃない?」
「そっちのやる気じゃない!」
バズるより先に抜け出さないと、動画の投稿だって出来ないだろ!
「ちょっと俺、管理人さんに電話してみる。起きてっかな」
「なんか申し訳ないね。管理人さんは幽霊を信じてるのかな」
「チケット買う時に電話したら、注意はしてくれたから、信じてそうだったけどな」
スマホを開いて着信履歴を確認。一番新しい履歴に電話を掛けてみると、三コールで繋がった。
『はい。茶園です』
「あ、こんばんは。遅くにすみません。今夜のチケットを購入した青牧なんですが、友達がポルターガイストに遭って部屋を出れなくなっちゃって」
『ああ、はいはい。ポルターガイストですね。どんな感じのでしょうか』
不動産屋でこの家を管理している茶園さんは、話がわかる人の様だ。今までも同じ電話が来てたのかもしれない。
「えっと、壁に椅子で磔になってます。椅子を引っ張ってみたんですけど取れないんですよね」
『それはマズイですね。……やっぱり、頼んでみるかぁ』
「頼んでみるって、どういう事ですか?」
『専門家に頼むんですよ。今夜も霊障が起きたらそうしようと思ってたんです』
専門家。ということは、お坊さんとか、除霊師だとか、霊媒師だとか、いわゆるそういう系の人達か!?
「俺、会ってみたいです! すぐ来れるんですか?」
『ええ、事前に相談はしていましたから、もう一度連絡してみます。青牧さんは、すみませんが、家の外で待って頂けますか? 合流して頂きたいんですが』
「わかりました。待ってます!」
『はい。お願いしますね。他に何もなければ、どうぞ電話は切ってください』
「はい! 切ります!」
電話を切ると、テラリンと切断音がした。同時にギエェアって悲鳴みたいな声も聞こえた気がする。無視しよう。
「というわけで頼人、悪いけど俺、外に行くから」
「誰かに頼るってのはわかったよ。人が来てくれるならいいや。一応、定点カメラ代わりに、僕のスマホを録画状態で立て掛けてくれない?」
「頼人のバズりに対する執念もなかなか凄いと思うぜ」
幽霊がどんな理由でここに留まっているのかは知らないけど、頼人もこのまま死んだらバズりを求める亡霊になるんじゃないか。
「じゃあ、寂しいかもだけど、ちょい待ちな」
「うん。自分自身を見つめ直すことにするよ。進路を考えないとね」
「お、おう」
頼人、お前すげえよ。ここに来るのに、お前と一緒で良かった。ついでに、捕まったのが俺じゃなくて良かった。すまんけど。
頼人を拝む様に手を合わせてから、俺は家の前に戻る事にした。