黒い家と白い女
「さて、夜だ!」
時間を改めて夜、俺と頼人は黒々とした家の前にいた。正確には門の外、いよいよこれからって感じのする場所だな。
「いや、現地集合は良いけど、なんか色々と大丈夫なわけ?」
「色々ってなんだよ」
「ほら、許可とか。私有地だったら不法侵入は禁止だよ。それを破るのも青春だって? はあ、まったく仕方ないな。付き合ってやるよ。幼馴染だからね」
「勝手に納得すんなよ。許可は取ってるって」
俺は購入したチケットをスマホに表示させて見せつけた。一枚あたり千円のチケットを二枚分。まあまあ手痛かったけど、これも青春の対価だ。
「ここって事故物件で買い手が付かないんだと。で、有料で内覧できるように開放されてんだよ。だから内覧チケットを買えば入っても怒られないし、撮影もオッケー」
「へえ。じゃあ何か撮れたら動画投稿してバズろうよ」
「そういうウケ狙いの動画投稿者みたいな感じで行くのはマズくねえ?」
「青春するつもりで来たやつが言う事かな、それ」
頼人の言う事も一理ある。が、俺が青春の為に犠牲にしても許せるのは、自分の身体と時間だけだ。親とか学校に迷惑が掛かる系のやつは良くない。
「青春はしたい。でも不謹慎はしたくない。どっちも俺の本心だ」
「良いけど、本当にこれが青春になるのかな」
頼人が黒い家を見上げる。つられて俺も見る。
最低限の手入れはされているから、外装に廃墟の様なボロボロさはない。窓だって割れてはいないし、閉じ切っている。
門から玄関までの道も石畳が敷かれているし、雑草も長くて足首くらいの高さしかない。
だから多分、この家を怖く見せているのは単に、人が住んでいないせいで明かりがついていない点と、異常に黒い壁のせいだろうと思う。
「色々な噂はあるんだよな。強盗が侵入したけど、翌朝にはミイラになって見つかったとか」
「人影を見たとか、窓の外から白い光が見えたとかね。でもこれ、内覧してた人の事じゃない?」
「かもな。一応、今日の内覧者は俺たちだけだから、他に人はいないはずだぜ」
いるとしたら幽霊か泥棒か。なんにも盗める様なものはないって聞いてるけど、人がいたら普通に怖いな。
「ちなみに電気・水道・ガスはストップしてるけど、トイレ大丈夫か?」
「近くのコンビニで、スポドリ買うついでに済ませたよ」
「パーフェクツ! じゃ、いっちょ行っか」
「気が乗らないけど、良いよ」
頼人は手に持ったスマホを左右に振る。懐中電灯の代わりに、スマホのライト機能を使っているせいで、目がチカチカした。
「よし、俺について来い! 横には並ぶなよ? 怖くて抱き付いちゃったら恥ずかしいからな!」
「後ろから手を引かれて振り向いたら別人だった方が怖くない?」
「怖いのと恥ずかしいのだったら、恥ずかしい方が嫌じゃね?」
「人によると思うけど」
そう言いつつ、頼人は俺の背後に回る。なんだかんだ頼人は、俺の言う事を聞いてくれるんだよな。もちろん、俺も聞くけどさ。
でも、こういう時の幼馴染って言ったらやっぱり女子なのが青春なんかな。そもそも今時、幼馴染ってのも特別かって言うとそうでもないしなー。
ネッ友の方が特別感がある気もするし、四季のないネットを挟んでも青春が消える訳じゃないしさ。
なんて考えながら石畳を踏んでいる内に、玄関に辿り着く。鍵が掛かっていないことはわかってる。内覧の為とはいえ、鍵が掛かってないから泥棒が入るんじゃないの?
「開けるぞー」
頼人の方を軽く振り向いて、合図だけ出しておく。
「撮影開始」
「充電だけ気をつけろよな」
ライト機能と動画撮影を同時だと、それなりにバッテリー食いそうだし、真っ暗で探索はしたくない。まあ、その時は俺のスマホがあるから大丈夫か。
玄関の扉を開ける。ちょっと建て付けが悪いっぽい。ノブを引っ張る時に引っ掛かる感じがあった。
「んっ」
ノブを両手で握って引っ張る。造作もなく扉は開いた。
さて、探索開始、と意気込んで向いた正面、玄関を上がってすぐのところに、白い女が立っていた。