合コン
合コンはあまり得意ではありません。
わたしは人見知りをしてしまうので、初めての人間に対してどう接していいのか分からなくなってしまうからです。合コンなんてとうに無くなったものと思っていましてが、名を変え形を変え似たようなものはいくらでもあります。
そもそも合コン独特の妙なハイテンションにもついていけません。以前行った会では、緊張から上手く話せず、質問にも簡素な反応ばかりしたので、つまらない女と言われました。最悪の思い出です。それからは飲み会の話があってもとかく理由をつけて断ってきました。
しかし、今回は優子たっての頼みですから参加しないわけにはいきません。
優子は見た目は派手な子です。お洒落にも敏感ですが、まだテンションの高いギャルっぽさは抜けていません。この寒い時期でもホットパンツにニーハイブーツです。気合の表れか目元のメイクはいつも以上にがっつりと盛っています。SNSで同じようなメイクを見た気がします。優子の連れてきたもう一人の子もギャル系で、名前はユミと言うそうです。クリクリの茶髪で紫のバッグが目立ちます。
私は不安になりました。この面子では、わたしは明らかに浮いています。地味な色合いの服が多いのは否めません。これでもし相手が優子たちと同じ系統の人たちであったなら、十中八九そうだと思われますが、確実に浮きます。浮くどころか、まるで異世界にたった一人で放り出されるようなものです。
あまりに心配だったので優子に尋ねました。人数合わせとはいえ、一人浮いて場の空気を壊すくらいなら人数が合わなくても、いない方が良いのではないかと思ったのです。何より、わたし自身もその状況は御免被りたいと思いました。例え食事をするだけだとしてもです。
優子はそんなことも気にかけずにいるようでした。
「平気よ、大丈夫だって。むしろ千鶴がいてくれないと困る。変に気を使っちゃだめよ」
そう言うのでした。もしかしたら、ギャップを利用するためのお飾り的な役割なのかもしれません。尚のこと必要ないのでは?と感じましたが優子の為に一肌脱ぐのが今回の目的なのですから、参加を決めた以上は甘んじて受け容れなければならないのかもしれません。
お店は渋谷にある、ブリティッシュスタイルのバーでした。木製の調度品が並び、テーブルも椅子も、ダークブラウンで統一された落ち着きのあるお店です。
奥のテーブルで相手がすでに待っているようでした。優子が明るい声と右手を挙げて振ると、男の人が小さく手を挙げるのが見えました。
予想外でした。待っていた三人は金髪で色黒のチャラ男どころか、お洒落な服装に身を包んだ青年たちだったのです。年のころは私たちよりも上でしょう。二十四~五くらいに見えました。手を挙げたのが優子と今回の会を企画した人のようです。どういう繋がりがあったのかまったく想像できません。
手を挙げた彼は総司と名乗りました。ストライプの白シャツに所々お洒落な刺繍が入っていて一目でいい物だと分かります。ちょっと明るめの髪はワックスで遊ばせています。笑顔が印象的でした。
二人目は大樹君。スポーツマンタイプの短く刈り込んだ髪、広い肩幅は目立ちますが無駄な筋肉の主張はありません。多分一番身長がありそうです。
最後の一人は不思議な感じでした。あまりにも茫洋としています。他の二人とは違って愛想笑い一つも浮かべません。真っ黒な髪のキタロウみたいでした。賢君と言うそうです。もしかしたらわたしと一緒で人数合わせで参加したのかもしれないと思いました。
「それじゃあ乾杯!」
優子と総司君が大きく声を上げて飲み始めると、がやがやと騒がしくなりました。質問したりされたり、しばらくはそんな感じでした。優子たちがわたしを必要とした理由が何となく分かりました。どちらかと言えば優子たちの方が浮いているのです。だから、わたしという存在をつなぎにしたのだと思いました。
優子の明るさもあって特別盛り上がらないということもなく会は進みました。でも、賢君は一人あまり笑うこともなく楽しそうにも見えません。かといってつまらないという風でもないようでした。何を考えているのか掴みにくいタイプです。
優子のお目当てはやはり総司君のようです。女同士だから分かるのでしょう、態度に違いが見えました。私はそれを邪魔しないように距離を置いたり、時折話に参加して優子のことを褒めてみたりしていました。
会も半ばに差しかかった頃、メールの振動を感じました。携帯を取り出すことはせずにお手洗いにと席を立ちました。雰囲気を壊さないための最低限のマナーです。お手洗いの手前が席からは陰になっていたので携帯を開きました。
メールは三宅君です。内容は『今から会えない?』でした。さすがに今は抜けられません。
『ごめんなさい、今からはちょっと』そう返しました。
返信はすぐに来ました。『そっか、じゃあいいや』
そのあと『あと二時間くらいしたら行けるけど』そう送りましたが返信はありませんでした。
「なに? 彼氏?」
振り向くとすぐ後ろに賢君が立っていました。
「ううん。彼氏じゃないですよ」
「ふーん、でも男だろ? なんかそんな感じ」
取り繕っておかないと、このあとの会の空気が変になるかもしれないと思いました。
「違います、お母さん。遅くなるかもしれないから一応」
そう言って微笑みましたが、彼は顔をぐっと近づけてきました。瞬き一つありません。
「好きなんだ? なんでそいつと付きあわないの? 君だったらいけるだろ」
「いやだなぁ、違いますって。あ、わかった、酔ってるんですね」
「ふーん、片思いか。君さ、案外不器用なタイプだろ。損するぜ、そういうの」
心臓が一つ跳ねたようでした。
まるで心の中を覗かれているようです。この感情は怒りなのか、動揺なのか、嫌悪感が広がります。何かを言おうとしても言葉が出てきません。できるのは精々作り笑いを維持することくらいでした。
この人は、一体何? さっきまではあまり口を開くでもなく、聞き役に徹する無口な人なのかと思っていたのに、今は違います。聞く耳などなく、勝手に話しています。しかも、それは私の…。
「席に戻りますね。みんな心配するかもしれないから」
振り切るようにして席に戻りました。心臓が奇妙に脈動していました。彼はわたしが席に着いて少ししてから戻ってきました。そのあとはまた同じように無口になって話にうなずいたり、質問に無難な答えを返したりしていました。時折、向けられる視線に妙な湿度を感じましたが、なるべく気にしないようにして残りの時間を過ごしました。
店を出たのは十一時を過ぎた頃です。
「じゃあ、またね」
それだけ言い残し、優子とユミちゃんはお互いに気が合った総司君と大樹君と共にどこかへと消えていきました。彼女らはホテル街の方へと行くのでしょう。取り残される形になったわたしは呆然とその姿を見送っただけでした。賢君は何も感じていないようにぼうっと四人の消えた方を眺めていました。こういう無感情なところは西島さんの姿が重なりました。帰ろう、わたしはそう思いました。
「それじゃあ賢君、わたし帰りますね。こっちだから、それじゃ」
背を向けて歩き出し、真っ直ぐに駅の方へと歩き出しました。三宅君に連絡でもしようかしらと思ったときです。ぐいと腕を引かれて携帯を落としそうになりました。
「賢君? な、なに? どうしたんですか?」
賢君は何も言わずに腕を引いて歩き出します。抗うことも出来ずにわたしは人形のようについて行くだけでした。あまりに勢いよく歩くのでわたしは小走りです。何度かつまづいて転びそうになりました。
「ちょっと、ちょっと待って。痛い。なんなんですか? 止まってください。止まって!」
ようやく彼は立ち止まりました。
「終電まだだろ、少し付き合ってよ。飲みなおす」
そう言って無邪気に笑ったのです。こんな笑い方をするのだ、と思いました。
コンビニでお酒を買って、近くの小さな公園のベンチに座りました。
「君らさぁ、なんで友達なの?」
「何でって……何でですか?」
「普通だったら一緒にいそうもないからさ。タイプ違うでしょ。あの二人は今時の若者って感じだけど、君は」
「わたしは、何ですか?」
「ちょっと古臭い」
そう言ってまた笑いました。
「ひどい。もっと言い方あるでしょ、古風とか」
「やっとタメ口になったね。ほら、飲みなよ。まだ平気だろ?」
彼は梅酒の瓶を差し出しました。わたしは受け取って中の果実を眺めました。
「俺さぁ、合コンとかって苦手でさ。しかも今回はギャルっぽいって聞いてたから。そうそう、ここだけの話、あいつら本当は君を狙ってたんだぜ」
彼はビールの缶を開けてぐいと一口飲みました。
「でもほら、君には好きな奴いるだろ。だからそれを教えてやったらコロッと標的変えちまってさ。本人たちは楽しんでるから結果オーライだな」
「だから、あれは」
「違うの?」
じっと見つめてくる瞳の圧力にわたしはつい本音を零してしまいました。
「そ、それは……そう、なんだ、けど」
「ほら、やっぱり。ほんと君は嘘とか下手だ」
「なんで? なんでわかったの?」
「そりゃ分かるでしょ。あんな顔して母親とメールする奴いないって。あの顔は男だなってすぐにピンと来た。すごい好きでしょ、その男の事。でも、あまり上手くもいってない」
どうして何も知らないのにそんなことまでわかってしまうのか、わたしには不思議で堪りませんでした。そういう顔をしていたのかもしれません、彼が笑いました。
「好きな奴とメールしてるのに、やたら悲しそうな顔してたからだよ。上手くいっててあの顔はない。君って面白いよな、嘘が下手なくせに嘘をつこうとするだろ。そういうの見るとさ、ちょっかい出したくなるんだよね俺」
「ふぅん、性格悪いのね」
「そうかもしれないな」
そう言ってお互い笑いました。不思議なものです、なぜか彼と話していると身体が軽くなったように楽なのです。初めての相手にこんなに安心感のようなものを感じたことはありませんでした。気がつくと、わたしは三宅君との話をしていました。彼は何も言わずに黙って聞いていてくれました。
話し終わったとき、何かすっきりとした気持ちになっていました。
「辛いね、でも、好きって気持ちはそういうものかもしれない」
彼はそう言ってベンチから立ち上がりました。吐く息は真っ白です。冬の寒空の中、一時間も話し込んでいたことにその時やっと気づきました。
「ごめんなさい」
「ん? なんで?」
「いや、寒いのにわたし、つまらない話を勝手に一人で話しちゃって」
「あぁそんな事か、気にしなくていいよ、つまらない話なんてないから。それに俺、実家は新潟なんだ。貧乏農家だけどさ。寒いのには慣れてる」
わたしたちは駅に向かって歩きました。彼は電車には乗らないようです。改札の前で立ち止まりました。
「今度またゆっくり話、できるかな?」
わたしは小さく頷きました。彼はそれじゃあと手を振り、私が改札を抜けると踵を返して、帰宅に押し寄せる人波に逆らうようにして飲み込まれていきました。
携帯を開きました。まだメールはありませんでした。