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ダスト  作者: イリ―
南原 -みなみはら-
7/24

疑問

 ある日の授業のあと、バイトの時間まで三時間ほど時間がありました。

 どうするか悩んで、新宿へ行くことにしました。御茶ノ水から中央線で新宿まで出ます。着いてすぐにお店を見て歩きました。欲しいものがあるわけでもなく、かわいい服を見て歩きたいだけでした。そして、この服を着たらどうだろう、あの服を着たら似合うだろうか、そういうことを考えながら、三宅君がかわいいね、似合っているねと笑ってくれるのを想像して嬉しくなるのです。


 一通り回って御手洗いに入りました。ここの御手洗いではアロマオイルの香りがするのです。以前気になってお店の人に聞いたことがありました。すると、「フロア限定になりますがアロマでの演出をしているんですよ」と親切に教えてくれたのです。

 そういえば、うちのお店でもアロマオイルを使った演出なんかをする場合もあると聞いたことがありました。こういうのかな、と思いました。というのも、演出のような仕事はわたしのようなアルバイトでは出来ないのです。そういう仕事は主にオーナーや真東さん、そして西島さんで行っているようでした。わたしもやってみたいと思っていても力不足なのは火を見るより明らかです。もっと勉強して頑張らないといけません。御手洗いで流れていた匂いは、グレープフルーツやペパーミントなどのブレンドがされているようでした。


 十六時五十分。いつものように退勤しました。今日は真東さんがお休みです。

 受注を受けていたオイルは上手く出来たみたいでした。『クリアマインド』という名前になったそうです。西島さんがブレンドの表を見せてくれましたが、わたしでも嗅いだことのないオイルが使われていて表だけではよく分かりませんでした。サンプルを嗅がせてもらうと清涼感があって、爽やかに感じるフルーティーな香りでした。ほんのりとココナッツのような香りもしました。

 店に出ると堀北ちゃんがいます。彼女は店の内窓を拭いていました。お客さんの姿はありません。

「おはよう。おつかれさま、堀北ちゃん」

「おはようございます」

 堀北ちゃんは基本的に愛想のいい子ではありません。表情の変化も少ないです。それでもビスクドールのような浮世離れした容姿もあって、同性の私でも見惚れてしまうような魅力があります。

 彼女はフランスと日本のハーフだということは聞いていましたが、どう見ても日本の血は見えません。それでも話す言葉は流暢な日本語だけなのです。不思議な感じでした。

「ねぇ堀北ちゃん、フランスのクリスマスってどんな感じなの? やっぱり家族で過ごして七面鳥とかたべるのが普通なのかな」

 好奇心だったのですが、彼女はすぐには返さずに少し黙っていました。彼女の黄色のエプロンには幾つかの果物の絵が描いてあります。不意に彼女と目が合いました。

 真っ青な瞳です。心を見透かされているようで、どこか不安になる視線でした。


「フランス、行ったことないから。あんまり変わらないんじゃないですか。多分」


 掛時計が鳴りました。振子の揺れるアンティークな音。ボーン、ボーンと五回鳴りました。

 フランスに行ったことがない、そう言った彼女の家庭事情はもしかしたら複雑なものなのかもしれません。何も返せずにいると彼女は「お疲れ様でした」とだけ言って事務所へと下がっていきました。もしかしたらわたしは何か彼女を傷つけることを口にしたのかもしれない、そう思いました。彼女が寂しそうに見えたからです。

 その後の時間は、どこか座りの悪い気分が、ずっと付きまとっていました。あまりに気になって、西島さんに聞きました。


「堀北の両親? さぁ、詳しくは知らないな。日本に帰化してるとかなんじゃないのか?」

「そうですか? ちょっと違う気がしたんですけど、離婚とかしてるんじゃ。名前だって」

「そういうことは別にいいんじゃないのか、俺たちが踏み込む所でもないと思うけど。話したけりゃ自分から言うだろ、そういうのは。無用な詮索は無粋だぞ」

「西島さんは心配じゃないんですか? もしかしたらすごく辛い思いをしてるのかも」

 西島さんは目を細めてわたしを見ました。

「それで何か変わるのか? お前のそれ、心配に聞こえないんだよな。同情とも違う、噂話を面白がってるだけの井戸端会議してる連中みたいだぞ」

「そ、そんなことないです。心配してますよ。そんな言い方傷つきます」

「そうか? それなら別にいいけどな」


 西島さんのこういうところは苦手でした。

 まるで自分には全てが分かってるとでも言うような態度や、心を見透かしてくるような視線、そして、意味深な冷たい言葉。きっと女の子の微妙な気持ちなど気にも留めないのでしょう。先日、好意を持たれていた隣の花屋の店員さんの告白に対する返事にしても、あまりに酷な断り方に思えました。確かに西島さんの言い分も間違いではないでしょう。それでも本当にドライな人なんだと思いました。仕事の面では尊敬もしていますが、恋愛対象としてはあり得ない人だと思います。だからきっといつまでも一人身なんですね。寂しい人だという思いは禁じ得ませんでした。とても三宅君と同じ男性なのだとは思えません。人間は色々なのだと改めて実感するのでした。



 翌日の閉店後、真東さんとご飯を食べて帰ることになりました。

「西島さん? ん、まぁそういう所もあるけどさ、感情が目立たないだけで心配してると思うぜ。たださ、そういうのは自分と相手の問題だから口にしないっていうか」

「皆で心配しちゃいけないんですか? わたしだって堀北ちゃんのこと心配してるのに」

「そういうことじゃないんだよきっと。なんて言ったらいいか分からないけどさ。ほら、お前だって他人に無闇に心配されても嫌だろ?」

「まぁ、そうですけど……」

 今ひとつ納得ができませんでした。

「ところでみなみはどうなんだ? クリスマスの予定とか入ってんのか?」

「今のところは、特に。そっちはどうなんですか。あ、入ってますよね。いつも違う女の人といるし」

 真東さんは特別顔が良いわけではありません。顔だけで言ってしまえば西島店長の方が全然上だと思います。ただ、細かいところに気がついたりするからでしょうか、モテているようで、女性関係に困っているということはないみたいでした。わたしも特に悪い印象は受けていません。一緒にいて楽なところはあります。だからこうして食事に付き合ったりもします。

「二十四は早番だからな、どうしようか迷ってんだ。みなみは休みだったな。夜から遊びにでも行くか?」

「クリスマス・イヴって女の子には特別なんですよ。一緒に過ごす覚悟あるんですか?」

「僕はあるつもりだけど」

「ほんと、毎回よくそういうことを口にできますよね。西島さんに教えてあげてください」


 真東さんは平気で女性を口説くようなことを言います。きっと誰彼構わず言ってるんです。それでも、わたしだって悪い気はしてないのですから、この手で落ちてしまう女性も案外多いのかも知れません。真東さんの口調には、女性の心の隙間に滑り込んでくるような、そんなところがあるのです。

「西島さんはあれでいいんだよ。あのクールなところがかっこいいんだから。僕じゃああは絶対なれないからな。なりたいとは思ってないけど、それでもちょっと憧れたりもする。軽口たたく西島さんなんて見たいか? 僕は嫌だね」

「まぁ、それはそうですけど」

「西島さんが二十四にシフトがラストなのって僕達のこと、実は気遣ってるんだぜ」

「別に予定がないだけじゃないんですか? 仕事溜まってるとか。そんなに他人のこと気にしているようには見えないですけどね。逆に何も考えてないかも。クリスマスにも興味がないって言ってたし」

「妙に突っかかってないか? なんかあったのか?」

「別に何もないですけど」

 何もない。何もないのだけど、心の奥の方でざわつく感情がありました。良いとか悪いとか、好きだとか嫌いだとか、そういうのとは違う気がしました。でも、その正体が一体何なのか、わたしには分かりませんでした。

「もしかしてさ、みなみ。実は西島さんのこと意識してるんじゃないのか?」

「……そんなんじゃありませんよ」



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