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ダスト  作者: イリ―
仲 ‐なか‐
24/24

希望

 四方八方からの様々な報告が通信オペレーターを介して上がってきていた。


「本体からの地殻剥離(ちかくはくり)約80パーセント。保護フィールド、オールグリーン」

道央(どうおう)地区、道南(どうなん)地区被害最小。各交通機関使用制限100パーセント。オールグリーン」

「機関エリア、オーロラドライブ駆動率62パーセント。オールグリーン」

「陽電子レーザー、コネクト確認、オールグリーン」

「重力制御室一番から二十五番まで問題なし」

「間もなく太陽が目視域に入ります。セイルチャージャー展開準備」

「ライオット10機にレッド、それ以外の530機はグリーン」

「オーロラフィールド展開」

「アメリカをはじめ各地のマイクロウェーブ施設起動。照射準備完了」

「エデン、30秒で大気圏を出ます」


 幾つかのトラブルはあるようだったが付きものだと思った。支障は無い。

 オーロラフィールドが展開されると『エデン』は羽衣を纏ったようにも見える。

 エネルギーの防御幕は名の通りにオーロラのようにひらめいて見えた。その美しく優雅な見た目とは裏腹に、この防御幕は東京を灰と帰したあの砲撃さえ弾くほどの力を持っている。


「フルドライブ。一気に大気圏を越える。戦闘配備、やつらはすぐにくるぞ」


 大気圏を越えるまではあっという間だった。太陽に照らされる地球の輪郭が蒼く輝いているのが見える。地球からすぐに目を戻し、敵艦隊のいる方向を睨んだ。


「敵艦隊動き出しました。艦隊数150。上下左右に鶴翼(かくよく)展開」


 敵艦の大きさはそれぞれが『エデン』の百分の一程度である。だが数は多い。それに大きさが強さと比例はしない。未知なる敵にどんな隠し玉があるのかは分からないのだ。


「まさか鶴翼とは、多少の戦術は持っているようですね」

「それはどうかな、本能のようなものかも知れん。型に()まった考えは足元を(すく)われ兼ねないぞ。常識は捨てろ、思い込みは即全滅に繋がり得る」

「敵艦隊からエネルギー反応多数。来ます」


 オペレーターの声が響く。おそらく様子見の威嚇射撃だろう、シールドが弾くだけだ。


「砲門開け。距離10万までは現状維持」


 私はそれだけ伝えて腕を組んだ。直後に敵艦隊から光の筋が多数伸びてくる。

 『エデン』を取り巻くフィールドは接触と同時にそれらを拡散させた。だが、敵艦後方で長距離砲撃艦が停止しているのが見えている。距離を置いて撃つ気だろう。さすがに15の砲撃をフィールドのみで弾くのは難しいと思えた。司令席の脇にある席では桜良が戦術シミュレートに当たっている。


「15本すべて正面から受けること自体は可能。ですがフィールド維持のエネルギー消費を考えればあまりいい方法ではありません。回避する方が得策です。しかし…」


 言葉に詰まったのは避けられないからだと思った。回避ができないのではない。『エデン』が避けることは容易いことだが、問題は後方の地球だった。


「支部はまだシールド展開を終えていないのか?」

「間もなくですが、(わず)かに間に合いません」

「ならば撃たれる前に数を減らすしかない。カリバーン発射用意。標的、敵艦隊中央」


 復唱が響く。


「相対距離10万、到達します。3、2、1」

「てぇぇぇぇぇ!」


 笠部に円形に配置された12ある砲門から青白い光の筋が伸びる。本体の回転にあわせて光は湾曲しながら伸びていった。軌跡に爆発光が煌く。


「撃破8、着弾11。撃破内6が長距離射撃艇」


 敵艦は散った艦をまとめなおしている。想定より動きが早い。

 しかし、すでに相対距離が近いので長距離砲の使用は無いはずだ。リスクが大きい。ただし後方の長距離射撃艇の動きだけはまだ警戒が必要だ。どこを狙うかわかったものではない。


「旗艦はどこだ。まさか落ちたということはあるまい」

「艦隊中央奥に一回り大きな艦があります。おそらくあれが」

「よし、進路、敵旗艦。左舷から回り込む、右舷、実弾を6で弾幕を張れ」


 敵艦周辺にフィールドの揺らぎが見えた。おそらく光学(こうがく)兵器の威力が下がることを予測して実弾の比率を上げる。


 『エデン』が左舷に回りこむと、敵艦隊は追うように回頭してくる。さすがに比すれば旋回性能は向こうが上だ。弾幕は張っているが足りていない。敵も実弾を使い始めていた。光学兵器が効いていないことに気づいたのだろう。学習能力はあるようだった。追尾弾頭はジャミングに成功し撹乱しているが、なにぶん的が大きい。被弾はやむを得ないこととして極力威力を()ぐようにしている。振動は然程感じないが、手前画面に映っている『エデン』の簡略図は被弾箇所が赤く点滅していた。


「弾幕薄い。実弾を集中的に落せ。敵艦が回りこもうとしている、距離を維持しろ」


 スミスが叫んでいる。


「構わん。進路はこのままだ」


 一瞬戸惑ったスミスはすぐに「そのままだ」と叫んでいた。

 敵艦が機動力を生かして回りこみ始めている。『エデン』が徐々に包み込まれていく、形としては敵艦の塊の中に取り込まれたような状態になっていた。その代わり、敵旗艦は目と鼻の先にまで近づいている。

 砲雷長のミケル・テレシコワが司令席を振り返る。


「敵艦隊、射程に入りました」


 桜良がこちらを見た。私は目を合わせて口元だけ笑った。


全天方位(ぜんてんほうい)射撃。ガンマレイ、撃てぇ!」


 『エデン』を中心に360度の全範囲に400門あるガンマ砲のレーザーが照射される。敵艦はフィールドを展開し防御しようとするが近すぎて拡散まではできない。辛うじて反射したレーザーが(さば)ききれずに別の艦に直撃する。

 乱反射を繰り返す無数のレーザーは容赦なく敵艦を貫いてゆく。光があちこちで()ぜていった。


「敵旗艦沈黙。敵艦隊、残存率13パーセント」


 艦内に勝利を確信した空気が流れた。だが釈然としない。本当にあれが旗艦だったのか? その割には残艦隊に潰走(かいそう)の気配が無い。まだこの艦隊からは気迫が消えていない。


「敵艦急速に近づいてきます!」


 振動が伝わってくる。どうやら艦をぶつけてきた。擦過(さっか)した敵艦はすれ違いざまに砲撃をしていったらしい。衝撃に呑まれた敵艦はそのまま爆発した。


「今のが旗艦だな。気迫が違った」


 自滅も恐れない姿勢は危険極まりない。

 この手の攻撃が続けばいかな『エデン』もいつまで耐えられるものか分かりはしない。


「長距離射撃艦からエネルギー反応! 照準……地球です!」

「撃たせるな! 落せ!」

「撃っていますが間に合いません! それよりあの位置は、初期艦隊には居なかった船です!」

「なんだと?」


 光の筋が地球へと伸びていった。こちらの攻撃が当たり長距離射撃艦は大破した。だが既に撃ちだされた砲撃は地球へと伸びていく。


「シールドは」

「コンマ三秒足りません」


 着弾と同時にシールドが張られることになる。他の都市ほどではないといっても着弾地点は壊滅だろう。完全に防がなければ意味が無い。己の力不足に(いきどお)りを覚えた。


索敵(さくてき)、どうなってる!」


 スミスが目の前に展開しているパネルのデータに目を走らせながら言った。


「分かりました。ワープです」

「あの重力震はそういうことか、だとすると…」


 空気を裂くようにアラームが鳴った。けたたましい音が全艦に鳴り響く。


「重力震多数観測! ワープアウトしてきます。位置……直下です!」

「回頭して後退! 備えろ!」

「ワープアウト、敵艦隊、きます!」


 宇宙空間に波紋が走ったように見えた。

 そして、波紋の中心から巨大な影がのそりと這い出してくる。

 月の姿が、見えなくなった。


「な、なんですか、こいつは……」

「馬鹿な、こんなものが…」


 そこには巨大な塊があった。


 漆黒の船体は星の光を遮ることで輪郭を浮き上がらせている。

 形状の詳細は一目で知ることはできない。何よりもまず巨大であった。

 この『エデン』さえもまるで子供に見える。

 圧巻の姿に唖然とする間も、次々に敵艦はワープアウトしてきている。

 まるで絶望が這い出してきているように見えた。


「敵艦隊続々とワープアウトしてきています。現在大小含めその数およそ10万! まだまだ増え続けています!」


 目の前に展開されているものは既に敵意の海である。

 今や『エデン』でさえその海に浮かぶちっぽけな小船にすぎない。

 そして今、我々もまた絶望に押し包まれようとしていた。



 生きるとはどういうことであろう。

 幾度となく問い、答えを見つけることはできなかった。

 答えのようなものを想定することはできても、どこかで納得ができなかった。

 見えぬものに翻弄(ほんろう)され、気がつけば時間だけが過ぎ、老いていった。

 そのうちに死を迎えるのだろう。それだけだという気がする。

 漆黒の艦隊に押し包まれた今でさえ、生の一部に過ぎず、状況の違いはあっても根本は何も違わないような気がした。

 ならば、恐れも絶望もあるものか?

 そんなもの無いのだと思う。我らがあると思い込んでいるだけなのだ。

 ならば、生とは無だ。

 無であるものに勝手に色をつけているのが我ら人間なら、怒りや悲しみ恐怖も絶望もすべて我々の創造物だ。我々が産み出している。

 それが我々の言う人生なのかもしれない。

 

 それならば、いや、だからこそ喜びも愛も勇気も、そして希望も、生み出すことができるはずだ。


 バラの香りが漂ってきた。見ると桜良がオイルの瓶を開けていた。

 彼女の声が指令区に響く。


「間もなく皆の元にこの香りが届くでしょう。この香りはダマスカスローズ。かつてのシルクロード貿易大国パルミラの女王ゼノビアが愛した香り。愛する国を守る為に、ゼノビアは圧倒的な力を持つローマ帝国に戦いを挑みました。残念ながらパルミラは滅びの道を辿りました。しかし、その愛するものたちを守ろうとする強き想いは、後世に語り継がれるほどに輝いていたのです」


 桜良はそれだけ言うと私の目を見て頷いた。この先は自分の役割だ。


「我々の想いは初めから一つだ。愛する地球を、人々を守る。最早理屈は必要ない。我々は、我々にできることを精一杯やるだけだ。私は思うのだ、生きるということは何もない場所に絵を描くことだと。ならば描いてやろうではないか! 希望に満ち溢れた最高傑作を! そして、見せつけてやるのだ、人類のかけがえのない荘厳(そうごん)な輝きを! その色こそが我々の魂の輝きであり、われら人類一人一人が存在する理由であるのだ!」


 何よりも……。


「塵となった我らの愛すべき同志たちに、勝利を捧げよう!」


 その場の誰もが小さく微笑った。


「ゆくぞ! 全速前進、『エデン』発進!」


 魂の輝きを感じた。


 目前に広がる漆黒はもう絶望の海ではなくなっている。


 漆黒の闇の中に飛び込んだ『エデン』が太陽のように輝く。


 伸び行く光軸が数え切れぬ光の花を咲かせていった。                                     




 終 


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