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ダスト  作者: イリ―
仲 ‐なか‐
20/24

仲(48)

 どれだけの人が、自分の望んだ人生を歩めるのだろう。


 そうできている人間など本当にいるのだろうか。

 未来を選ぶとか、変えるとか口にする人間は多い。

 それが素晴らしい考えだと思っている人間が殊更多いからだ。

 流されるよりも流れるほうが主体となれるから、人として主体でいたい、そう思うのは分かる。

 その思いが種から個を生み出すのだろう。


 だが、実際はどうだ。

 外的因子は強大で、それらに影響されずに生きることは叶わない。

 思い描いた未来など、実際は何の役にも立たず、想像は想像でしかない。

 世界は常に、人の想像の遥か上を行く。

 薄っぺらい空想など、すぐに破れる。


 人は、未来を、運命を変えることなどできない。

 変わるには変わる為の基準が必要なのだ。

 未来など知れず、例えどう変わろうと、我々に知れるのは変わった後のものだ。

 結局、人が知れる未来は一つしかない。

 それは『結果』と呼ばれるものでしかない。


 ならば、何を以て変わったと言うのだろう。


 ある程度の予測は出来るのかもしれない。

 だが結局、予測はあくまで予測でしかない。

 予測は当たるか、外れるかの二択。

 予測から逸脱した時、肯定的にとらえた場合にのみ、未来を変えた、という。

 それは変えた気になっているだけだ。

 本当に変えることが出来るなら、それは未来人が因果律を覆したときだけだろう。

 しかし、それも結局、『過去』を変えているということだ。未来ではない。

 そして人は未だ、過去さえも変えられない。


 だから決して、人は未来に逆らうことが出来ない。変えられない。

 どんなことが起きたとしても、何が起きたとしても、起きることは変わらない。

 だからといって未来を楽観するのも、非観するのも違う。

 幸せの先に絶望は存在し、悲劇の先に希望は存在する。

 望もうが、望むまいが、世界は容赦なく我々に運命を押し付けてくる。

 押し付けられた荷物をどうするのか、それを考えることが生きるということだ。


 荷物は捨てられない。


 歯を食いしばり持って歩くか、持ったまま嘆き立ち止まるか、それしかない。

 どちらを選んだところで何が変わることも無い。同じだ。

 荷物は何も変わることは無い。

 ただ、押し付けられた荷物を重いと思い込むか、軽いと思い込むか、それは勝手だ。

 その思い込みだけが、人に与えられた自由ではないのだろうか。


 

 妻はじきにこちらへと到着するだろう。

 状況は(かんば)しくないが選択の余地などないことは充分に分かっている。

 私は真っ白な雪原を眺めながら因果な己の人生を振り返っていた。

 北海道の広大な牧草地は、この時期厚く降り積もった雪に覆われる。肌を刺す冷気は初めの頃こそ辛いものだったが、慣れてしまえば心地良いとも思えてくるから不思議だった。都市部のように電灯があふれていないこの場所では、夜空を埋め尽くすほどの星が煌いて見える。

 初めてこの場所で、星はこんなにも夜空に存在していたのかと驚嘆したのを覚えている。


 あれからもう10年が経つ。


 牧場の仕事は朝も早く、肉体労働ばかりでデスクワークで訛った身体には厳しいものだったが、今はもう慣れた。人の順応力とは凄いものだと思う。未知のものに触れれば触れるほど脳細胞は活性化し、50も間近な今でさえ10代のような感覚が蘇っている。20代の自分は年齢に反比例し老け込んでいたことだろう。今の自分がその頃の自分に負ける姿など想像もできなかった。それほどに違う。


 地味な人生を歩んでいたと思う。

 終わりの見えない不景気の最中に辛うじて就職し、こき使われ、上がらぬ給料の明細を溜息混じりに眺め、年々下がっていくボーナス、リストラされていく上司や仲間の背中を眺め続け、希望など探したところでどこにも見つからなかった。この世界には希望の欠片さえもありはしないと思うようになっていた。

 何も見えず、何も見つからず、自分の存在意義も、幸せも、何も分からなくなっていた。

 今にして思えば、金のために働き、金のために苦しみ、金のために犠牲を払い続けていたように思う。イカレた資本主義に隷属(れいぞく)している憐れな存在の末端であったのだ。ただ、生きる理由を考える暇がある、それはまだ余裕があったということだ。世界には生きる理由など考えられぬ者たちも数え切れないほどいる。


 貴方は人生を削り続けてきたのよ。


 初めて出会った時に妻が言った言葉だ。そして私はその言葉に人生の岐路を見出し、選び取った。だが、本当にそれが正しかったのかどうかの答えは出ていない。私は本当に選んだのだろうか。それとも選ばされたのだろうか。

 選んだことで幸せになったわけではない。むしろ苦渋は遥かに増したと言える。それでも以前の自分よりは、生きている、と思えていた。


 遠くに薄らとサイレージを蓄えていた小屋が見える。今はもう空っぽだ。雪中を少し歩いて銀板に覆われた牛舎に足を踏み入れた。真っ暗な小屋に月明かりが射し幽かに内部を照らしている。牛の臭いがまだ残っている。牛達は居ない。伽藍堂(がらんどう)になった空間には思い出も多い。名残惜しさを感じないと言えば嘘ではあるだろうが、胸中にあるのはそれ以上の重さを持った現実だった。


「こちらにいらっしゃったのですか。大変です。東京が」


 ここまで駆けて来たのだろう、荒く真っ白な息を吐きながら肌の黒い男は言った。


「あぁ、スミス、私にも見えたよ。直ぐに行く。最後の別れをしていたのだ」


 私は静かにそう言った。



「現状報告」

「現在、東経105度から150度の範囲にある東京を初めとした北京、上海、香港、ソウル、シドニーなどの主要都市が標的となり……」


 スミスはわずかに口篭(くちごも)る。言い(がた)い、というよりも信じたくないのかもしれなかった。


「どうした、続けろ」

「は。各都市は、その、、消失、、した模様です。ですが現在は電磁波の影響で衛星等のデータが届いておりません。詳細は間もなく―」


 私はスミスの言葉を強い口調で遮った。


「スミス副指令。君の気持ちは分かる。わずかな希望を信じたいのが本音だろう。だが、我々の相手はそんなに甘くない。もっと現実を客観視するのだ。でなければ我々はその本質を見失う。成すべきことは今更問わずとも充分に解っているはずだ」

「はい、申し訳ありません。以後気をつけます」


 スミスは優秀だがまだ35になったばかりだ。若い部類に入る。その若さで副指令という立場は重圧だろうが、やってもらう他ない。二人きり、地下500メートルに達するエレベーターの中だからこそ伝えておきたかった。この先迷いがあってはならない。


「東京について現状で分かっていることは」

「被害範囲は新宿を中心に半径約15キロに亘っている模様。爆発等の影響はありませんが更に10キロ外側まで電磁波の影響が出ております。マイクロウェーブによる影響も考えると被害者数は大阪も含め、おそらく数百万人に及びます」

「大阪もか」


 目を閉じて鼻から大きく息を吐いた。被害は覚悟していたが想像以上に早い攻撃に出遅れた感は否めなかった。救えたとは言わない。だが、もう少し被害は抑えられたかもしれないと思えば気は重かった。


「衛星軌道外からの超超距離射撃です。まさかここまでの技術があるとは」

「何があってもおかしくはないさ。所詮我々の知識など我々の基準でしか図れないのだ。遥か高みにいる相手だと知っていたはずだ。常に想像の上を考えるしかない」

「そんなものに我々は」


 宇宙は広かったというのが事実だ。だからといって諦めるのは違う。

 司令室の鉄扉が開いた。軽い音で開いた扉は厚みが50センチもある強化合金製。核爆弾でも破壊は出来ない。総司令席に着き、全体を眺める。自分の居る場所から下方に空間が広がっている。東京ドームくらいは入るだろう。それほどの広大な部屋、既に部屋と呼ぶ規模ではない。楕円形の司令室には一千ものコマンドモジュールが存在し、それぞれに世界中から集められた最高のオペレーターが着いている。各モジュールから更に別の場所にある各部署へと派生し、巨大な脳とでも言うべきシステムが構築されている。

 この巨大なシステムこそが、世界の国々の協力の元、極秘裏に構築された人類最高にして最後の砦。『エデン』である。



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