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ダスト  作者: イリ―
西島 -にしじま-
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西島 (30) 店長

 自分は社会不適合者だ。

 社会に適合できない人間というのは、なにも殺人者だとか犯罪者だとかそういった露骨な存在のことのみを指す訳ではないだろう。

 社会適合とは、社会つまりはそこに存在する他者との円滑な関わり合いであり、その中での貢献ではないかと思う。程度の差こそあれ人々の多くはその条件を満たし、人として世界を構築しているのだと思う。


 では自分はどうなのか?


 そう問われれば一見は満たしているように見えるのかもしれない。

 成り行きとはいえ小さなアロマオイル販売店の店長を任され、従業員ともそれなりに関わっている。接客であるから当然のように見知らぬ客とも関わる。

 自画自賛ほどではないが特別評判も悪くはないはずだ。

 人間関係とて波風立てぬようにとなるべく心がけてもいる。

 だとしたならば十二分に社会との適合を果たしていると思えてしまう。

 他者から見たならばそうなのであるのかもしれない。

 だが、所詮は上っ面のことでしかない。


 実際はまったくの逆だ。

 自分が生きていく上での他者などなんの価値も無い。

 正確に言えば、なんの価値も無い者がほとんどだ、である。

 利用すべきモノでしかない他者。

 その活動によって自分も恩恵を得ているのだとしても、そんなものは望んでもいないし、なんだったら無くなってしまってもいい。

 自分以外のすべてが無くなって、たとえ一人になってもいい。そのまま己が死んでしまったって一向に構わないのだ。不必要なものばかりの世界なのだから何も無くなればいいとさえ思っている。


 他者にも社会にも価値を見出せないのが自分である。


 だからこそ、自分が社会不適合者以外の何者でもないのは、自明の理である。

 目に見えぬ時間というものの擦過にその身だけをすり減らし、最後に残るのは無。

 こんな牢獄のような世界に興味など抱けようはずも無い。

 ならばそれを壊してみようとでも思えるのなら、犯罪者だろうがテロリストだろうが形はどうあれ実行すればいい。

 しかし、それも嫌だ。

 間違っていると思うことは間違いであり実行する価値も意味も無い。

 結局は殻を破ることあたわず、全身をモラルという鎖にがんじがらめにされたまま、表面だけ善人ぶった波風立たぬ生活に埋もれていく。

 そして心だけが腐り続けている自分は、この世界と混じることなく、共存もしていないのだと心から思うのだ。



 朝九時には店に着いて準備を始める。

 アロマショップ『ゼノビア』は赤羽駅北口からほんの少し歩いた閑静な場所にある。以前は高級ケーキ店だった小さな戸建テナントを偶然見つけたオーナーが気に入り、即決状態で契約したのだと聞いている。

「都心部からはちょっと離れてるけどいいところなのよ」と言うのはオーナーである。

 確かに都会の雑騒とは無縁であろう。だからといって人がいない訳でもなく、都心へのアクセスも悪くないのだから良い場所だと自分も思う。何より建物が日本というより欧羅巴然としていて周囲のビルさえなければ田園風景にも馴染みそうな外観は、都会の癒しにもなりそうではある。

 

 鍵を開けて裏口から足を踏み入れると漂ってくるオイルの香りは、様々な芳香が混じり何ともつかないが柔らかさと甘さを湛えている。この香りを嗅ぐと一応は「さあ、仕事だ」という気分になるから不思議だ。

 店舗は四部屋からなっている。今入ってきた裏口からすぐ左にキッチンがあり一応冷蔵庫なども置いてはあるのだが、主に物置になっている。時々オーナーがオイルの抽出作業などを行うこともある為、ビーカーやフラスコ、試験管やエタノールなどの薬液も置いてある。北側に面している為に少々薄暗い。入って真っ直ぐ進むと右手にトイレ、その前を通り過ぎると事務所にでる。

 事務所は八畳ほどだろう。正面の壁際にオルガンが二つ並び、向かい側に木製アンティークの棚と机が一つずつ並ぶ。机の上にはパソコンが置かれている。オルガンと言っても楽器ではない。机を取り囲むように並んだ数百に及ぶオイルの瓶がまるでパイプオルガンのように見えるからそう呼ばれている。一つはオーナー、もう一つは調香師の真東竜也の席だ。パソコンの置かれた机が自分の席である。

 左側の奥は窓があるのだが遮光カーテンがかかっていて外は見えない。小さな裏庭では数種類の香草なども育てている。そして部屋の右手には店頭への扉がある。

 コートをかけて席に着くとパソコンの電源を入れ、棚からリストを取り出して本日の納品分のリストをざっと眺めた。


 九時半を過ぎた頃、アルバイトの南原千鶴(みなみはらちづる)が顔を出した。通称・みなみ。彼女もこの店のほぼオープンからいる。真面目で責任感があり遅刻は一度もしたことがないし、タイムカードも十分前には切られているのが常だ。

「おはようございます。今日ってオーナー休みですか?」

「あぁ、グラースに行ってるから、聞いてない?」

「あれって今週でしたっけ? 忘れてました。フランスかぁいいなぁ」

「今度はみなみも連れてってもらえば?」

「いいんですかねぇ? でも先にパスポートとらないと」

 彼女はそう言って微笑んだ。

 開店十分前には真東(まひがし)も現れて南原と同じ質問をした。この伝達の悪さ、オーナーが如何に自由であるかという証明ともいえるだろう。結局は自分が管理を全部やることになる。店長という肩書きはその為だけのものと言っても差し支えないだろう。

 元々自分はただのバイトであった。前任の店長が結婚し、夫の地方転勤に付き添うことになって辞めた。その後釜として自分に白羽の矢が立ったのだ。本来なら調香師である真東が適任であるのだが、当時、資格も何も無い自分が選ばれたのにはそれなりの理由があった。前店長の補佐役を勤めることが多く、ほぼ全般に及ぶ仕事を把握していたこと、オーナーを除けば年長であったことも理由の一つだ。だが、調香師としての能力はともかく実務能力については不安要素の残る真東に店長は荷が重い、というのが本当のところであったらしい。

 真東は自分のオルガンの前に座るなりいくつかの瓶を取り、目の前に並べた。しばらく瓶を腕組み眺めながらぶつぶつとつぶやくと今度は蓋を開けて匂いを嗅ぎだした。

「それはどれだ?」

 こんな聞かれ方をしても理解したらしい真東は次々に瓶を匂いながら答えた。

「今週末に予約の入ってる有村さんのやつですよ。式場で流す予定の。マンダリンベースはいいんですけどね、やっぱり華やかさがもっと欲しいじゃないですか。色味はイエローからオレンジへのグラデにパープルのアクセントがいいんですが、ラベンダーじゃありきたりで面白くないでしょ。ペパーミントをほんの少しとゼラニウムで、あとはレモングラスもいいな、オレンジのオーロラをベールにとかどう思います?」

 真東の会話は感覚的であるため、慣れないと何を言っているのかよく分からないことが多い。かく言う自分も、半年過ぎた頃になって、ようやく彼が何を言いたいのか感じられるようになったのだ。

「嗅いでみなけりゃ分からないな、それよりも視覚を考えるなら会場のイメージだってあるんじゃないのか? その辺はどうなんだ?」

「一応は写真もらっているんですけどね、どうせなら新婦のドレスのほうが見たかったなぁ。今からでも聞いてみようかな。それより西島さん」

「何だ?」

「みなみが呼んでる」

 接客の手が足りなくなったみなみが事務所の入り口から困り顔を覗かせていた。



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