第99話、技術の差
「グルルゥゥ・・・ヒャーーーーーーン!!」
唸り声は犬の様だったが、鳴き声は狐のそれだった。
いや、犬とほぼ変わらない鳴き声をする狐も居たか。
それに俺が知っている狐は、もっと濁った鳴き声だった気がする。
まあ、そんな事はどうでも良く、鳴き声は気合を入れる為だったらしい。
先程までも魔力を纏っていたが、今は迸る程に魔力が溢れている。
つまり本気を出してきたか、もしくはまだ上が在るのか。
どちらにせよ、俺のやっている事を理解しているのは明白だ。
これはお互いに『一撃必殺』は起こりえそうに無いな。
「とりあえずは、試してみるか!」
「グルゥッ!」
お互いほぼ同時に踏み込み、一瞬で距離を潰す。
ただし今回の踏み込みは向こうが上だった。
単純に膂力の問題では無く・・・いや、ある意味では膂力の問題か。
俺は石の床をぶち抜いてしまったが、狐はしっかりと飛んできている。
半端に力が抜けた俺と、地を踏みしめた相手では速度が違う。
何よりぶち抜くつもりが無かったが故に、若干態勢が崩れてしまった。
「ちいっ!」
「ヒャン!」
可愛いらしい鳴き声と共に、全く可愛くない速さで爪が走る。
地面を蹴って爆散させながらかろうじて躱し、逃げ際に蹴りを放つ。
当然というべきか狐はあっさりと躱し、むしろ飛んだ俺へと距離を詰めた。
お互いに得意距離は接近戦か。距離を離す気が無い様だ。
ならばむしろ望む所だと、床を踏みしめる。
というか踏み抜く勢いで床を粉砕し、その場に留まって迎え撃つ。
立ち止まった俺に突っ込んで来る狐は、顔めがけて真っ直ぐに爪を放った。
それをしっかりと見てから頭をずらして躱し、途中で横に振ったのも屈んで躱す。
振り切られた腕が俺の髪を切裂き、だがその後に有るのは明確な隙。
そう判断し、拳を振り上げようとした所で蹴りが見えた。
逆関節だからこそ出来る芸当か、つま先の蹴りが迫る。
が、俺の方が少し早い。全力で顎を狙った拳をそのまま振り抜く。
だが狐は攻撃を読んでいたのか、動かしていなかった手で防御して見せた。
いや、読んでいた訳では無いか。その衝撃で蹴りは掠っただけで済んだ。
もし全て読んだ上であれば、俺の顎が跳ね上げられていただろう。
「ちいっ、動きが良すぎる・・・!」
「グルルゥ・・・!」
防御したとはいえ俺の打ち上げを食らい、後ろに飛んでいく狐。
だからと言ってそれを隙、という感覚は俺には無かった。
今の一瞬で分かった事が二つある。先ず一つは速度だ。
現状は俺が速度で勝っていて、だからこそ躱せたし反撃を打てた。
だがもう一つが問題点であり、やはり自分の凡才加減を思い知る。
この狐、戦闘が上手い。俺とは雲泥の差と言って良い。
単純に魔力を纏った身体能力では無く、それをしっかりと使いこなしている。
今は身体能力の差で大差なくやれているが、狐にまだ上があるなら少し不味いか。
いや、それならば俺も段階を上げるだけだ。まだ俺も限界じゃない。
「ヒャン!」
「ぐっ!?」
狐が鳴き声を軽く上げたと同時に、躱す暇のない衝撃が俺にぶつかる。
魔力が走るのは見えていたので、腕を交差させて目は守れた。
だがその一瞬が有れば、あの狐は距離を詰めて来るはず。
何処から? 正面から来るか? いや、考えている暇はない。
「があっ!」
今度は俺が魔術を使い、全方位に無差別な吹雪を叩きつけた。
さっき使った様な凍えるものでは無く、魔力を込めてぶつける一撃。
それも狙ってはいないので、余計に躱すのは難しいだろう。
代わりに威力が足りない。練り上げる時間が無かった。
以前の雪玉サイズに出来れば良かったんだが、全て豆ぐらいの大きさだ。
それでも攻撃の為に力を込めたおかげで、背後に迫っていた一撃を弾けたらしい。
「ギャフ!?」
背後から狐の悲鳴の様な鳴き声が響き、振り向きざまに拳も振り抜く。
俺の吹雪で軽く中に浮いた狐では、流石にこれは躱せまい。
だが狐は吹雪で怯んでいたにも関わらず、振り抜く俺の腕を叩いて体を捻る。
「なっ!?」
しかもそのまま俺の腕を取りつつ蹴りが迫り、今度は俺が慌てて体を捻った。
すると視界がぎゅるんと凄まじい勢いで回転し――――――。
「がはっ!?」
気が付くと床に叩きつけられていた。恐らく投げられた。あの一瞬で。
アレを躱して投げるだと。幾らなんでも技術が在り過ぎるだろうが。
そんな愚痴を言っている暇も無く、追撃の蹴りでの叩きつけが迫る。
「ぐぬあっ!」
腕は取られたままだったが知った事かと、全力で腕を振り床を叩こうとする。
すると抵抗なく腕は振り抜け、床を破砕して俺の体を跳ねさせた。
おかげで何とか叩きつけは躱し、だが落ちた足はそのまま俺の背中を蹴りつけた。
「うぐっ・・・!」
当然蹴りの軌道に吹き飛び、だが背後の狐は見送るつもりが無いらしい。
音の無い踏み込みで飛び、吹き飛ぶ俺に更なる追撃を、致命傷を入れに来た。
首に向けて振り下ろされる爪。アレを食らえばただでは済まない。
「うらぁ!」
「ギャン!」
循環の強化を一気に上げて、吹き飛ばされた半端な体勢のまま拳を振るう。
本来なら地を踏みしめている狐の方が強かっただろうが、その一撃を弾く事が出来た。
狐は弾かれるとは思っていなかった、と言いたげな驚愕の表情で動きが止まっている。
その隙を逃がさずに追撃、と行ければよかったが、俺は無様に転がってから立ち上がった。
当然狐との距離は離れており、相手は既に平静を取り戻して構えている。
「これは、強いな・・・!」
「グルルゥ・・・!」
男に技術を覚えろと言いながら、言っている本人はこの様だ。
勿論知っていた。解っていた。俺の持つ戦闘技術は凡人のそれだと。
だからこそ身体の才能を伸ばす為に努力を傾けた。魔核を求めた。
その判断を間違いとは思わない。間違った努力をしたとは思っていない。
だがそれでも、もう少し自分に技術が有ればと、そう思わずにはいられないな。
『・・・ふううううううん。僕怒っちゃったもんね!』
「は?」
ただそこで突然、精霊がそんな事を言い出し、何時の間にか胸元に居た。
そしてぴょんと飛び出すと、狐へと向かっていく。
狐は視線がしっかりと精霊に向いていて・・・精霊が、見えている?
「おい、邪魔をするな」
だが関係は無い、これは俺の戦いだ。お前にやらせる理由がない。
すると精霊は俺へ振り向き、そこに何時もの陽気な表情では無かった。
しかし怒っていると宣言した割に、怒りに満ちた顔でもない。
『駄目だよ。妹は、この子を殺しちゃダメ』
「何をいって――――」
『兄は妹を守る為に居るから。だから兄に任せて!』
「――――――」
『僕が相手だー!』
だから、お前に守られる謂れは無いし、そもそも兄でも妹でも無い。
そう口にしようと思い、だが何故かそのまま見送ってしまった。
何故かは本当に解らない。けど、けど何故か、その方が良いと感じた。




