第96話、貴族街
正直な所、出来るかどうかは解らなかった。試した事が無かったからな。
今までは視界内の魔力を見ていただけで、遠くの魔力を探る事はしていない。
吹雪の魔獣と戦った時だって、逃げる気配を感じたから打ち込んだだけだ。
つまり実体がそこに居て、殆ど見える位置に居たから辿れたに過ぎない。
なので本音を言えば、若干自信が無かった訳だが・・・上手くいって良かった。
「行くぞ」
「お、おう」
『いけいけー!』
説明する時間も惜しいと思い、男に声をかけて足を踏み出す。
当然向かう先は魔力を辿る道であり、だが視界はけして気配に向けない。
向ければ消える事が解っている以上は、そのままにした方が辿り易い。
例え標的を見つけたとはいえ、それはこの気配を辿っての事だ。
気配が消えれば見失う可能性が高いし、相手に気が付かれない保証も無い。
ともあれこの好機を逃がすまいと、黙々と足を動かし続ける。
男も俺の気持ちが解っているのか、無駄に喋る様な事は無い。
そうして暫く歩き続け―――――。
「逃げるか。まあ当然か」
見ているという事は、俺の接近に気が付いているという事だ。
なら俺が近づいている以上、その場にとどまり続ける道理はない。
だが残念ながら、この気配がある以上俺が見失う事は無いがな。
そう思い何者かを追い続け、やはり逃げているのか止まる気配は無い。
「なあ嬢ちゃん、この先に行くのか?」
ただ途中で男がそんな問いかけをして来たので、足を止めて振り向いた。
男は先の道を見つめながら、眉間に皺を寄せている。
「何だ、この先に何か問題があるのか?」
「あるのかって・・・貴族街だぜ、こっから先は」
「そうか。どおりで庭の広く大きい家が多い訳だな」
見回してみれば、確かに組合周辺の家屋とは違い、大きな一軒家が多い。
平民が住む様な密集した空間では無く、広く空間を取った住宅街だ。
辺境という場所な事を考えると、無駄な空間なのではと思いはするがな。
流石の辺境領主とて、貴族をもてなす空間は必要だった、という事か。
「いや、こっから先に居るって事は、相手は貴族って事にならねえか?」
「そうかもしれないな。だとしても関係は無いが」
「マジかよ嬢ちゃん。流石に貴族はやばくないか」
「そう思うなら帰れば良い」
『妹には兄が付いてるから帰っても大丈夫だよ!』
別に付いて来る事を強要している訳ではないと、再度足を動かし先に進む。
すると男は一瞬躊躇した様だが、すぐに俺の後ろを付いて来た。
そしてまた暫く歩き続けると、時々武装した人間達とすれ違う事があった。
ただ武装が統一されていたいので、この辺りに住む貴族の私兵か何かだろう。
俺達の事を若干不審そうに見て、離れたかと思えば監視している。
「滅茶苦茶尾行されてるな」
『来てるねー』
「ほおっておけ。どうせ貴族街を出れば付いて来ない」
「出る前に騒動になりそうだけどな・・・」
だから帰れと言ったのに、溜め息を吐くぐらいならついて来るな。
とはいえ既に二度も警告したのだから、後はもう知った事では無い。
そしてまた歩く事暫くして、大きな屋敷前に辿り着いた。
「ここか」
「えぇ、マジかよ・・・大分やばそうなんだが」
俺の呟きを聞いた男は、貴族街でも殊更大きな屋敷を見て嫌そうに呟く。
家の大きさがそのまま力だとすれば、相応に地位の高い貴族が居るのだろう。
行く道を塞ぐ門も頑丈そうだし、門番も良い装備の者が数人立っている。
門番達は明らかに場にそぐわない俺達に対し、不審を隠さない目を向けていた
そんな門番達を無視して門に手をかけようとすると、慌てた様に俺へ槍を向ける。
門に触らせない様にと、複数人の門番が槍を交差させて。
その内の一人が上司なのか、前に出ると俺に声をかけて来た。
「小娘、ここに何の用だ。この屋敷が誰ものか解って来ているのか」
「知らん」
「しらっ・・・んんっ、ならそのまま帰れ。大きな屋敷が物珍しく、入りたかっただけの子供と見逃してやる。後ろのお前も、子供は何をするか解らんのだから、目を離す――――――」
面倒くさいので、手袋を外してから門番の槍ごと門をぶん殴った。
全力で殴ったので当然というべきか、槍は粉砕して門は吹き飛んでいく。
吹き飛んだ門はそのまま屋敷に突き刺さり、門番達は槍が吹き飛んだ衝撃でのけぞっている。
『ひゃっはー! 討ち入りだー!』
「間違っちゃいないが・・・まあ、討ち入りか。何が出て来るやら」
呆けた門番を放置して庭へと足を踏み入れ、屋敷へと真っ直ぐに足を進めた。
相手が貴族だろうが何だろうが、俺に面倒をかけるなら全て殴り飛ばすだけだ。




