第91話、進捗
「おう、嬢ちゃん、この間は態々連絡に来てくれたらしいな」
適当に分厚そうな剣を選んでいると、店の奥から店主が現れた。
その手には大剣があり、娘は店主の後ろをついて来ている。
「ん、店主、居たのか」
「居たのかって・・・俺の店だぜ?」
「何時も表に居ない様だから、居るのか居ないのか解らんなというだけの事だ。他意は無い」
初めて来た時も娘が店に立っていたし、その後も全部娘が対応している。
一度も店主が最初から表に居る所を見て居ない以上、この感想は自然な物だろう。
そんな俺の言葉を聞いた店主は「そりゃそうか」と言って手に持つ大剣をつき出した。
当然事前に説明しておいた通り、俺では無く男へと差し出している。
「お前さんが使う、って事で良いんだよな?」
「ああ、そういう事らしい」
「らしい?」
「黙って受け取っておけ、と言われてしまったんでね」
「成程、そいつは何とも」
男二人はくくっと笑いながら、何か解ったような態度を見せる。
何が面白いのやらと思いつつ、今選んでいた剣を適当に幾つか握る。
「店主、これもくれ」
「・・・もう解っちゃいるが、解っていても目の前の光景への違和感が半端ねえな」
「本当に、びっくりするわね」
大量の剣を抱える俺を見て、店主と娘は不可解な物を見る目を向ける。
既に俺が怪力だと解っていても、少女の見た目との差異で違和感を持つんだろう。
ただ俺もこれが自分の事でなければ、似た様な反応を返していただろうな。
「しかし、んな物どうすんだ。それも大量になんて。コイツみたいに誰かにくれてやるのか?」
「いいや、これは俺が使う」
「嬢ちゃんが? おいおい、この程度の武器なんて使うより、嬢ちゃんなら殴った方が強いだろうに。まさか拳を痛めたのか? だとしても、もうちょっと良い物にした方が良いぞ。嬢ちゃんが本気で振るったら、その程度の武器じゃすぐに駄目になっちまう」
だろうな。これらを本気で振るったら、一発で折れるか曲がるかするだろう。
毎度あり、とは言わずに止めて置けと言う辺りが、やはり良い店主だと思う。
「使うと言っても、訓練に使うだけだ。壊れる可能性があるから数が欲しい。それだけだ」
「あー・・・まあ、そういう事なら、その程度でも良いのか」
俺が選んだのはどれも大剣の類で、切れ味よりも叩いて断つ部類の剣だ。
つまり今回壊した類の剣と同じ物で、出来るだけ頑丈さを求めた結果になる。
勿論加減を考えるのであれば、細い剣の類も使った方が良いかもしれない。
だがそもそも加減の訓練を始めて初日で、全く感覚がつかめていないんだ。
なら壊れにくく、壊しても問題無い物を使った方が良いだろう。
「それと、この辺の盾も欲しいんだが、全部で幾らぐらいになる?」
ついでとばかりに盾も手に取り、適当に店主の前に持って来る。
木や革の類だとすぐ壊れるので、重装兵が使いそうな鉄盾だ。
これも一つ二つじゃ足りないかもしれないし、数が要るだろうな。
「随分買うなぁ」
「本当なら防寒具で飛ぶはずだった金が有る。なら必要な物に使うだけだ」
「ああ、それなんだが嬢ちゃん、時間のある日にまた来てくれねえか。明日・・・いや、明後日以降が良いか」
「構わないが、何かあったのか?」
「前に話してただろ。嬢ちゃんに使えそうな素材を先ず試したいって。明日には多分素材が店に届くと思うんだが、一応改めて色々と確かめておきたい事も有るし、余裕を持って明後日以降にでも、嬢ちゃんの時間の有る時でいいから来てくれ」
ああ、確かにそう言っていたな。俺が殴っても壊れない物が欲しいと。
領主が素材を送るのが明日で、やっと作業に入れるという事か。
いや、事前に聞いていた話から考えれば、大分早く素材が手に入ったと考えるべきか?
「俺の時間がある時とは悠長だな。来るのが遅くなっても問題無いのか?」
「嬢ちゃんの防寒具の問題点は手袋と靴、もしくは手甲と脚甲だからな。来ないなら来ないで、他の分を先に作っとくだけだよ。まさか暖かくなるまで来ない、なんて事はねえだろ?」
「流石に無いな」
「だろ。だから時間の有る時で構わねえよ。何かやりたい事もあるみてぇだしな」
俺が選んだ大量の剣と盾を見て、店主は苦笑を漏らしながらそう告げる。
だが俺としては、訓練よりも防寒具の作成の方が優先だ。
勿論循環状態の加減は、出来る限り早く習得したい。
だが別段、即座の習得を焦るものでは無いし、今でも一応使えてはいる。
加減は確かに出来ないが、全力で踏み込めば敵は倒せるからな。
あえて危惧している事を上げるなら、勢い余って魔核を破壊する事ぐらいか。
もしそんな事態になれば、何の為に戦うのか解らないからな。
だから加減は出来ればしたいが、だとしても絶対にしなきゃいけない訳でも無い。
俺のとって一番大事な事は、悪党を貫いて生き残る事。
その為には山へ向かうのが最優先で、なら優先すべきは防寒具だ。
「俺の方は何時もで良い。何なら明後日の早朝でも構わないぞ」
「日の出前とかは止めてくれよ。流石に朝食ぐらいはのんびり食わせてくれ」
「なら俺も、朝食を終えてから来るとしよう」
その方が俺も助かるしな。空腹で動く事態は出来るだけ避けたい。
とはいえ料理を目の前にするか、匂いを嗅ぐまで余り空腹感は無いんだが。
この体、多分食い溜め出来てる気がするんだよな。




