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第90話、買い替え

「いらっしゃーい。あ、ミクちゃんじゃない。今日はどうしたの?」


 武具店へと足を踏み入れると同時に、娘の明るい声が響く。

 声をかけたのは俺に対してだが、最初は視線が少々上に向き、それから俺へと向けた。

 恐らく俺の後ろにいる人物が気になり、だが前に居る俺に声をかけたんだろう。


 俺の後ろに居るのは誰かと言えば、訓練に付き合った男だ。

 いや、今回は付き合わせた男、と言うべきだろうか。


「コイツの武器が欲しい」

「この人の武器?」

「ああ。壊してしまったのでな。新しい物が欲しい」


 結局男との訓練では、こいつの武器を破壊してしまった。

 最初の内は大丈夫そうに見えたから、問題無いかと思ったんだがな。

 何せ魔獣を倒す為に買った武器だろうし、簡単に壊れちゃ困るだろう。


 魔獣だって魔力を纏って殴って来るし、頑丈な体に斬りつける必要が有る。

 だからまあ、これなら行けるかと思って、ちょっと力を籠めたら粉砕した。

 どうも循環状態だと、力加減の差が物凄く大きくなる様だ。まだまだ要練習だな


「ふーん、新しい武器ね」


 俺の注文を聞いた娘は、俺から視線を外して男をよく観察しはじめた。


「・・・鞘を見るに、大剣よね?」

「ああ。良い物が有ればそれで頼む」

「んー、一応奥にそれなりに良い物はあるけど、今持ってるの見せて貰って良いかな?」

「いいぞ。こんな状態だけどな」


 男は娘の質問に答えながら、大剣を抜いて娘に手渡す。

 ただし俺が砕いてしまった事で、今はショートソードより短いが。

 娘は大剣を手に取ると、色々な角度に傾けながら観察し始める。


「幅の広い、厚めの大剣か。斬るよりも打撃力を重視した感じね。切れ味は二の次で、とにかく頑丈な剣の方が良さそうかしら。これと同じ物は無いけど、これより太い剣があるわ。貴方は体格も良さそうだし、多分振り回るのに困らないと思う。ちょっと持って来るね」

「あ、ああ」


 娘の武器に対する知識に驚いているのか、男は若干気圧された様に頷く。

 それをニッコリ笑顔で応え、娘は奥へと入って行った。


「武具店の娘とはいえ、ああもさらっと欲しい物を当てるのは凄いな」

「店を継ぎたいらしいからな。あれぐらいの知識は当然なんだろう」

「店を・・・そりゃ中々、可愛い見た目に反して剛毅な嬢ちゃんだな」

「確かに」


 娘の見た目は普通に可愛らしく、看板娘と言う方がしっくりくる。

 だがその内には強い想いが秘められており、恐らく体も作っているはずだ。

 寒い時期で着込んでいるから解り難いが、娘にしては太い腕をしていそうだな。


「つーか、奥から持って来るって事は、高い物だよな。俺はこの辺の数打ちでも・・・」

「娘が奥から持って来ると言ったなら、そちらの方が良いと判断したという事だ。なら大人しく従っておけ。どうせ金を払うのは俺だ」

「だから遠慮したんだが・・・」

「遠慮する意味が無い。壊したのは俺だぞ」


 自身の失敗で壊したなら知った事では無いが、俺の訓練に付き合って壊したんだ。

 なら俺が金を払うのが道理であり、安物を渡すなんて馬鹿な真似出来るはずがない。


 こんな命の軽い世界では、武器の質は重要だ。良い物であればある程に良い。

 俺の様に頑丈な体が無いのであれば、武具に金をケチるのは命を軽く見るのと同じだ。

 なら俺にそんな真似は出来ない。そんな下らない事を他人に押し付ける気は無い。


 不遇な立場と足りない資金。それでも義務を果たさなければならない環境。

 それは明確に『死ね』と言っているに等しい行為だ。

 理不尽に抗う為に今を生きる俺が、そんな理不尽を他者に押し付ける気は無い。


「今回の支払いは、俺の訓練に着き合わせた代金とでも思っておけ。それに支払いに使う金は元々は貴様の物だ。俺の懐は何も痛まん」

「・・・嬢ちゃんってさ、もしかして身近になった人間には結構甘くないか?」

「さてな」


 言われずとも多少自覚はしている。ゲオルド、ヒャール、セムラにはそうだった。

 ヒャールとは関りが少なかったが、それでも世話になった自覚はある。

 付かず離れずの位置で優しく俺を見守っていたからな、あの男。


 よくよく考えると本当に良いバランスをしている三人だったな。


 基本的にまとめ役に見えるが、若干気楽が過ぎる所があるゲオルド。

 自由な振る舞いが目立ちはするが、意外と周囲を良く見ているセムラ。

 二人から一歩引いた位置で、落ちついて状況を確認するヒャール。


 ああいう仲間が居れば、過去の俺も違ったのだろうかと思った。

 だが結論は『否』だったがな。過去の俺にあんな仲間は手に入らない。

 何故なら俺は規則に縛られ、人の情よりも規則を優先するからだ。


 そんな俺には仲間など出来ない。信頼できる人間など出来はしない。

 だからと言って、悪党として生きている今、そんな仲間が居る訳でも無いが。

 この男が身近な相手という事は否定しないが、別に仲間とは思っていないしな。


「まあ、あの金はもう嬢ちゃんに渡した物だし、嬢ちゃんがどう使おうと文句は無いが・・・」

「ならごちゃごちゃ言わずに受け取れ」

「・・・解った。ありがたく受け取っておく」

「そうしておけ」


 とりあえず男の武器はそれで良いとして、他にも壊して良い武器買っておくか。

 加減の訓練は今後も続ける予定だし、良い剣買って壊すのも何だしな。


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