第89話、循環の加減
「驚かせた事は理解した。だが俺に今以上の気を遣うつもりは無いぞ」
街に騒動を起こしかけた、という事に一切の罪悪感が無い訳ではない。
だが俺はそもそも、周囲の迷惑を多少考えた上でこの場を選んだ。
それが『俺の力が強いから気を付けろ』と言われて納得する訳がない。
「勿論解ってるわよ。様子を見に来た魔術師達もね。貴女が真面目に鍛錬をしていただけだって事は、魔術師なら見ていれば誰でも解るもの」
「そういうものか?」
「むしろアレを見てふざけてると言い出す魔術師が居たら、貴女が動く前に私が叩き出すわよ。どうせ碌な実力も無い口だけの魔術師でしょ、そんな奴」
なら何故、態々俺にその事実を伝えに来たのか。単に言いたかっただけか?
その可能性は高そうだな。さっきも凄まじい勢いで語っていたし。
俺の思考が表情に出ていたのか、支部長は小さな溜め息を吐いて続ける。
「でも貴女、言っておかないと別の場所で騒動でも起こしそうでしょ。ここでやる分には構わないけど、街中でやらないでね。貴女だって見知らぬ他人に迷惑をかける気は無いんでしょ?」
「基本的にはな」
積極的に迷惑をかける気は無く、迷惑をかけた場合は謝罪する気もある。
だがそれはあくまで、俺の生き方を通した上での話だ。
もし俺の生き方そのものを咎めるならば、一切の謝罪をするつもりは無い。
俺は俺のやりたい様にやる。その一点だけは絶対に譲らない。
悪党として、我を通す事だけは絶対に。それは今の俺が持つ数少ない矜持だ。
「貴女の、基本的に、って言葉は怖いのよねぇ。どこが爆発するか解らなくて」
「別に、俺に理不尽を押し付けさえしなければ良いだけだが」
少なくとも、理不尽を押し付けられた時か、敵意を向けられた時以外は暴れていない。
心底腹を立てたコイツにだって、しっかり答えを聞くまでは手を出さなかった。
俺は別に狂戦士じゃない。話を聞くぐらいの理性は持っている。
とはいえ、あの場にゲオルドが居なかったらこの関係は無かった、かもしれないが。
「理不尽ねぇ・・・まあ良いわ。どうせ私が何を言おうと、貴女を止めるのは無理だもの。訓練風景を見てもそう思ったし、あの魔力を感じちゃ注意する気すら失せて来るもの」
「その割には、色々と言って来るがな」
「当たり前でしょ。私支部長なんだから、言わないと示しがつかないじゃないの。本当は貴方に小言なんて、言わなくて良いなら絶対に言いたくないわよ。本気で怖いんだから」
「それは御苦労な事だ」
怖いという割に、本当に怖がっているのか疑わしい態度も多いがな。
先日の爆笑が良い例だ。有能なのかポンコツなのか解らなくなる。
とはいえコイツは矜持が無いと言いながら、大きな矜持を持つのも確かだ。
だからこそ恐怖が有っても、俺の相手などを諦めずにするのだろう。
「それじゃ、言いたい事は全部言ったし私は向こうに戻るわね。貴女が何をするつもりかは知らないけど、訓練頑張って頂戴。ああ、流石に施設破壊した場合は請求するわよ?」
「そこまで大暴れするつもりは無い」
俺の返答に対し最後まで疑いの目を向けながら、支部長は訓練所から消えて行った。
本当に破壊する気など無いというのに、アイツは俺を一体何だと思っているんだ。
いや、魔術を失敗していた事を考えれば、その勢いで壊すと思われているのか。
・・・無くは無いな。攻撃魔術の訓練は、やりたいなら外に行くべきか。
山の方では無く街道の方であれば、雪は有っても寒さはマシか?
「すげえな嬢ちゃん、領主に雇われてる魔術師が一目置く程って」
「ん、ああ、どうだろうな。むこうは単に魔力量の大きさに驚いただけな気もするがな」
そこで一切口を挟まなかった男が声をかけて来たので、忘れていたと思いながら返す。
支部長は俺の実力に目を剝いていた様だが、領主館の連中は同じかは怪しい。
確かに魔力量だけを考えれば、彼らが驚いた可能性は低くない。
支部長も、魔力を垂れ流して倒れないのがおかしい、と言っていたしな。
だが制御という一点を考えると、あの治癒術を極めた様な女がいる。
あの技術を知っている魔術師隊であれば、制御その物は余り驚かないのでは。
「それで、俺は何をしたらよかったんだ?」
「む?」
「え、いや、首を傾げられても俺が困るんだけど・・・何か協力しろって言ってたろ?」
「・・・ああ、悪い、色々予想外な事が起きて忘れていた」
中々制御が上手くいかなかった事も、支部長が来た事も、見学が多い事も。
色々と俺の予想の外の事が多く、立てていた予定が頭から吹き飛んでいた。
「思い出したなら何でも言ってくれ。嬢ちゃんの頼みならできる限り聞くぜ」
「なに、やる事は単純だ。お前の持つ大剣を構えて俺の攻撃を受けてくれ」
「木剣じゃないのか?」
「木じゃ直ぐ壊れそうだからな。ああ、安心しろ、大剣が壊れたら代わりの剣を買う事は約束してやる。お前の出した金が有ればそれぐらい余裕だろう」
俺がやりたい事は、魔力を循環させた状態での運動だ。
出来ればあの状態で加減が出来、全力も出せる様にしておきたい。
むしろメインは加減の方だな。全力は別に何も気にしなければ良いだけだし。
加減をする為に循環を切るのも効率が悪い。なら循環の加減に慣れたら良いだけだ。
おあつらえ向きに、俺に付き合う気の有る男が居る。なら利用させて貰おう。
「・・・それ聞いて、一気に恐ろしくなって来たんだが。大丈夫かそれ。俺死なない?」
「安心しろ、お前に当てるつもりは無いし、当てても治してやる」
「・・・お手柔らかに」
「勿論だ。加減の練習だからな」
「待って、その言葉は尚更怖い。今は加減できねえって事だよな?」
ええい、ぐちぐちと煩い。付き合うと言ったんだからとっとと構えろ。
そこでふと、精霊が静かだなと今更気が付いたが、寝ていたので放置した。




