第86話、才能
「ふむ・・・昨日よりは考えて動いていたな」
「はぁ・・・はぁ・・・そ、そうか・・・?」
今日も今日とて、昨日と同じ様に体力を使い果たした男。
だが昨日と違いを上げるなら、昨日よりは長い時間を戦えた事だ。
昨日の様に全てに力を籠める事は無く、抜ける所は抜く努力をしていた。
とはいえ一日二日の努力では、そこまで劇的には変わっていないが。
だとしても意識しているかどうかで、続けた先に差が出る事だろう。
『やー!』『たー!』『ていやー!』『とりゃー!』『まだまだー!』『うにゃー!』
精霊達はその間暇だったのか、増えてお互いに訓練の様な何かをしている。
ただし見た限りは子供の喧嘩で、ぽかぽか殴り合っている様にしか見えない。
魔力も纏っていないので、恐らくは見た目そのままだと思う。
『僕の必殺技を受けてみるが良い!』『受けて断つぞー!』『てやー!』『なんとー!?』
・・・ぽかぽか殴りと必殺技の違いが判らない。それ本当に違いがあるのか。
いや、精霊の事はどうでも良いか。どうせコイツ等は大体が適当だ。
「すぐに効果は出ないだろうが、意識し続けておけば何時かは違いが出て来る、はずだ」
「ははっ・・・はず、か・・・」
「所詮は多少武術を齧っている程度の、素人の理論だからな。断言は出来ん」
昨日の持論もそうだが、俺の言葉はあくまで凡人の持論でしかない。
過去の世界の俺は、どれも天才と言うには程遠い存在だった。
勿論過去の人生の記憶があるという事で、子供時代を楽に過ごした事もある。
教育面ではそれが顕著だった。何せ周囲の子供の様な無邪気さが無いからな。
計算は元から覚える必要は余り無かったが、国の歴史等もしっかりと覚える事が出来た。
半端に文明的な時代限定ではあったが、神童と言われて良い育ち方だっただろう。
だが、それも所詮子供の内だけだ。ある程度大きくなると余り関係なくなる。
勿論俺なりに努力はした。怠けていたつもりは無い。それでも俺は凡人だった。
何をやっても、どれだけ努力したとしても、俺は凡人の域を出ない。
文明が低い時代ならば尚更だ。俺は自分の命を守り切る事が何時も出来ない。
勿論体を鍛えれば、ある程度の事は出来る。だが所詮ある程度だ。
歴史に名を連ねる様な化け物には、一度だって届いた事は無い。
知識で立ち回って立場を手に入れた事はあったが、それも続く事は無い。
大体が悪党に嵌められて、闇討ちは当然、悪事を擦り付けられた事もある。
俺はそんな悪党に対し、正面から堂々と規則に乗っ取った対応しかしなかった。
当たり前だが悪党に通じる訳がない。悪党は事を起こした時点で手を回している。
だがつまる所は、手を回して潰されても問題無い、という程度の存在でしかないんだ。
「・・・」
助けないと困る。消えられると困る。死なれると困る。そんな風には思われない凡人。
俺が殺され続けるのは、そういった有用性の無さも理由だったんだろう。
更に生きている世界も違う事が多いので、過去の記憶が役に立たない事も多かった。
魔法が無い世界から魔法がある世界に生まれ変わると、完全な凡人の出来上がりだ。
創作の知識は殆ど意味がなく、その世界特有の努力が要る。まあ、偶には役に立ったが。
「くくっ」
だから今生が初めてなんだ。俺が凡人を抜け出たのは。化け物として生まれたのは。
そう考えると本当に皮肉だな。悪党として生きて初めて才能を持つなんて。
二重の意味で、悪党として生きる方が楽だと、そう証明された気分になる。
強靭な体と、膨大な魔力と、それを使いこなせるだけの感覚能力。
後はあえて言うのであれば、過去の人生を持つ事での技術への思考能力か。
感覚で魔術を使ってはいるが、そこから先の鍛錬は頭を使っている。
悪党になると決めたとたん、過去の人生が役に立つのも本当に皮肉が過ぎる。
「ど、どした・・・んだ・・・?」
「ただの思い出し笑いの様なものだ。気にするな。それより息を整える事を優先しておけ」
「あ、ああ・・・」
息も絶え絶えな状態でありながら、俺の様子が気になるらしい男。
とはいえ本当に言った通り、ただの思い出し笑いの様なものなんだが。
別に過去に悲観しているつもりは無い。悲観した所で仕方ないだろう。所詮過去だ。
俺は今生を生きると強く心に決めたのだから、後ろばかり見ていても仕方ない。
勿論拘っている自覚はある。むしろ拘りを捨てるつもりが無い。
だが過去の人生に拘る事と、悲観するのは別の話だと思う。
拘ったからこそ俺は悪党として生き、悲観していないからこそ強く生きられる。
後ろ向きな考えは持たず、前を向いて顔を上げて足を踏み出していける。
「今日は俺も他に試したい事がある。息が整ったらお前に付き合って貰うぞ」
「―――――っ、あ、ああ! まかせてくげほっ、げほっ!」
「馬鹿、無理に声を張り上げるな」
男はやけに嬉しそうに声を張り上げ、呼吸が出来ずに暫くむせ続けた。




