第84話、警告
『ふんふふーん♪ きょーうは、おーいて、かーれなーいもーんねー!』
若干調子はずれの歌を歌いながら、俺の前方を歩く精霊。
全力で空に投げ飛ばしたんだが、相変らず当たり前の様に戻って来た。
結局の所、こいつが付いて来る事を嫌がらない限り、離れる事は出来ないんだろう。
ただコイツに見つからずに済む方法が、一つだけある事には気が付いている。
魔術だ。何かしらの魔術で、こいつから俺の居場所を隠す事が出来るはず。
既に一つ隠れられる魔術を習得しているが・・・これは使えない。
何故なら吹雪と一緒じゃないと機能しないからだ。
先日討伐した吹雪の魔術を使う魔獣。あの魔術はただの吹雪じゃなかった。
人間の感覚どころか、精霊の感覚すら狂わせる魔術だ。
とはいえ完全に攪乱するには精密な制御が要り、俺にはまだ難しいんだが。
そして出来たとしても、根本的に吹雪と一緒にしか使えない事が問題になる。
もし現時点で精霊から逃げたいのであれば、吹雪の中で生活しろという事だ。
そんな生活ゴメン被る。ただでさえ寒さに参っているというのに。
「はぁ・・・」
思わずため息が漏れる。俺がコイツと離れられる日は来るんだろうかと。
ただコイツと離れる為に逃げ隠れ、と言う行動をするのも若干悔しい想いがある。
逃げ隠れせずに悪党を通す為に強くなるのに、結局精霊からは逃げるのかと。
とはいえコイツの場合、敵対じゃなくて味方のつもりなのが問題なんだが。
俺に迷惑をかけているつもりも無い。だからこそ余計に困る。
「どうしたんだ嬢ちゃん、溜め息なんか吐いて」
「・・・何でも無い」
精霊が見えていない男は、俺の行動を不思議そうな目で見つめる。
その視線を無視する様に歩き、今日も組合へとやって来た。
実際に用が有るのは裏手の訓練場だが。
「思っていたより組合に人が多いな」
『そうかなー? あんまり居ない気がするけど』
雪が降る前よりは少ないが、それなりに人が多く見える。
恐らくは寒い中でも休む余裕のない、雑用の仕事を求める人間達なんだろう。
もしくはこの寒い中だとしても、街の外に狩りに行く人間かだな。
武装して並んでいる人間は、どう考えても雑用をする気は無いだろう。
ああでも、この雪の中でも出て行く商人や、やってくる商人は居るらしいな。
全く働き者な事だ。この寒さの中の旅路など、野宿はかなり厳しいだろうに。
「まだ朝方だからな。それでも雪が降る前よりは大分少ないと思うぜ」
「そうだな。確かにまだ暖かい頃はもっと並んでいた覚えが有る」
行列と言って良いだけの列だったのが、今では少し並んでいる程度だ。
もう少し時間をずらしさえすれば、全く並んでいない状態になるだろう。
「おかげで貴女に絡む人間が少なくていい、と思っていたんだけどね」
『あ、しぶちょー』
そんな俺達のか会話に混ざって来る女が一人。
誰かと言えば、精霊の言う通り組合の支部長だ。
彼女が今口にしたのは、おそらく昨日の二件の事だろう。
訓練場で絡まれた件と、出口で絡まれた件の二つ。
「自分の目で見るまで信じられない人間は居る、という事だろう。その代わり授業料はそれなりに払って貰ったがな。あの腕や顎では治療に金がかかるだろう」
「そうね、見た所完全に骨が砕けていたし、綺麗に治すなら高くつくでしょうね」
『粉々だった!』
最初に絡んできた男は武装をしていて、訓練場で体を動かしていた。
ならば綺麗に直さない選択肢は最初からないだろう。
元通りに動ける腕が無ければ、暖かくなってから困る事になるだろうしな。
出口で絡んできた男も、あごの骨が砕けていたはずだから同じ状況だ。
骨折しない程度の手加減など、してやる余裕が無かったからな。
何せ宿に戻る道中すらも、ずっと魔力循環を使って身体強化していたし。
だからと言って罪悪感など無い。むしろ殺さなかっただけ優しいと思って欲しい。
「掲示板で絡むなって警告してるのに、それでも絡んでおきながら、やられたら貴女への処罰を求める抗議をして来たわ。全く、救えない頭をしてるわよね」
「・・・それは本当に救えないな」
『妹は悪くないのに!』
昨日の時点でも同じ事を思ったが、何故連中は被害者面が出来るのか。
根本的に自分から絡んだんだろうに、自分が悪いという意識は無いのか。
という疑問は昔から持っているが、持つだけ無駄という事も知っている。
加害に関しては気にしないのに、被害だけはやたら気にする。
不思議な事に、そういう人間はどの時代、どの世界にも居る。
どちらが先に手を出したのか、という理屈が一切通じないんだ。
兎に角やられたらやり返す。気に食わなかったら攻撃する。
攻撃する事は楽しいが、やり返される事は考えていない。
だから腹を立てる。仕返し等という思考になる。自業自得という言葉を知らない、
出来れば関わりたくない手合いと言うか、相手をするのが面倒な人間だ。
「貴女の事だから問題無いとは思うけど、夜道には気を付けてね。アレはちょっと、本格的に頭の悪い手合いだわ。私の事も恨んでそうなぐらいのね」
「それは確かに、本格的に頭が悪いな」
『頭わるわるー』
余りに自業自得が過ぎる状況を、一切受け入れずに他人のせいにしているな。
となれば一番短絡的な行動は、支部長の言う通り闇討ちか。
支部長に手を出すリスクを理解して居ないのであれば、尚の事可能性は高いな。




