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第83話、全財産

「・・・相変わらず、朝からすげえな」

「む?」

『もぐもぐ』


 今日も今日とてゆっくりと朝食を楽しんでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 顔を上げると昨日訓練をした男が居て、呆れとも関心とも思えない顔をしている。

 ・・・気のせいか、他の常連客や厨房から、若干の警戒が見えるな。


 看板娘に至っては、出入り口から母親を呼ぶ準備をしている様だ。

 精霊は一切気にした様子無く、一心不乱に食事を取っている。


「どうも俺の体は効率が悪い様でな。これぐらい食べないと保たないらしい。おかげで食費が嵩んで仕方ない。案外俺が死ぬときは、食事が足りなくての餓死かもしれん」

「笑えねえ話だなぁ・・・隣、座っても良いか?」

「好きにしろ。俺の店じゃない」


 俺が隣に座る事を許可すると、周囲の警戒が明らかに緩んだ。

 看板娘もほっと息を吐き、通常業務へと戻って行く。

 男も不審がられている事に気がついていたのか、安堵の息を吐いていた。


「朝早くから何しに来たんだ。早々に訓練を付けてくれと言いに来たか。出来れば朝食ぐらいはゆっくり食わせて欲しいんだがな」

「そんな我が儘言う訳ないだろ。時間が有ればって頼んだんだし」

「じゃあどうした」

「これを持って来たんだよ。昨日渡しそびれたからな。朝一で降ろして来た」


 男は懐から袋を取り出すと、見た目にそぐわない優しい動きでテーブルに置いた。

 音からして硬貨の類だろうな。昨日の今日で律義に用意した訳だ。

 そう思いながら袋に手を伸ばし、中を見て少し驚いた。


「・・・全部金貨じゃないか」

「金貨じゃ不味かったか?」

「いや、不味いという訳じゃ無いが・・・」


 そう言えばコイツ、魔獣自体は倒せるんだったな。その稼ぎの成果か。

 金が欲しい言っていたので、まさかこんな量の金貨を持って来ると思ってなかった。

 いや、これだけの金でも足りない程の何かが、この男にあったという事か。


「・・・まさか、これは全財産じゃないだろうな?」

「全財産だ」


 こいつ、本当に詰めるだけ詰んできやがった。

 足りないと言ったら本気で借金して来るな、これは。


「馬鹿か貴様は。明日からの生活はどうするつもりだ」

「今いる宿は先払いで、食事代も先に払ってる。だから暖かくなる頃までは、無一文でも何とかなる。それに雪の間に街の雑用でもしてりゃ、生活費程度は稼げるはずだ」


 後悔は一切無い。そう言いたげなすっきりした表情で告げる男。

 男にとっては俺からの学びは、それだけの価値があると判断したのだろうか。

 いや、何となくだが、あくまで何となくだが、それだけじゃない気もした。


「命を救われた恩義と言うのであれば、俺はそもそもついでに持って帰ったに過ぎんぞ。お前が助かったのはただの偶然だ。運が良かった。ただそれだけの話でしかない」

「―――――」


 男は俺の言葉を聞き、解り易く図星と言う顔を見せた。

 俺は命を救った謝礼を要求しないどころか、どうでも良いという態度を見せていた。

 そうなると謝礼の話にした所で、俺が受け取るかどうかは解らない。


 だから教えの理由にかこつけて、謝意も込めたのがこの金なのだろう。


「・・・それでも、俺が死んでれば、何の意味もなかった金だ。生きてるから持っていられるだけで、死んでしまったら何処にも持って行けねぇ。なら一度死んだ様な俺にとっては、その金は有っても無くても一緒だと思うんだよ。もう一度最初から始めるには・・・丁度良いんだ」

「一度死んだ、か」


 確かに、死んでしまえば生前の金は手に入らない。俺はそれを良く知っている。

 どれだけ金を溜めていようが、死んでしまえばその金は他人の物になる。


 今回男は偶然にも助かった命ではあるが、それは本当に偶然助かっただけだ。

 本来なら死んでいた。様々な偶然が重なった結果今を生きている。

 だが男は助かった命をただ幸運と思わず、失うはずの事実を重く見ているのだろう。


「勿論嬢ちゃんに教えて貰える事にも、金を詰むべき事だと思っての支払いだ。周りがどう見ていようと何て言おうと、俺は価値のある訓練を付けて貰えてると思う。少なくとも昨日の時点でも中々得難い経験が出来た。嬢ちゃんには色んな理由で感謝してもし足りない」

「・・・そうか」


 受け取らない、等と言っても、恐らくこの男は全て置いて行くのだろう。

 支払うと決めたのだから、受け取って貰わねば困るとさえ思ってそうだ。

 まあ受け取らない気は無いがな。貰える物は貰っておくのが今の俺の流儀だ。


 とはいえ―――――。


「おい、手を出せ」

「手を? こうか?」

「手のひらを上に向けろ」

「あ、ああ・・・」


 男は俺の突然に指示に困惑しつつも、言われた通りに手のひらを上に向ける。

 それを確認してから袋に手を突っ込み、適当に握って男の手の上に乗せた。

 ・・・もっと掴むつもりだったのに、手が小さいから余り掴めなかった。


「お、おい、嬢ちゃん、なにを」

「この寒い中で調子を崩したり、不慮の事故に遭った時はどうするつもりだ。薬の代金も治療費も無ければ、そのまま訓練も受けられずに終わるだろうが。緊急分ぐらい持っておけ」


 実際緊急時に金が無ければ、そこから雪だるま式に問題が積みあがる時がある。

 単純に裕福な人間の施しなら知った事では無いが、仕事の報酬なら話は別だ。

 これは男に訓練を付ける報酬だ。その訓練が無くなれば浮いた金になる。


 ならそんな事態が起きない様にしておく方が良いだろう。

 完遂していない仕事の報酬を受け取る、等という真似をする気は無い。


「い、いや、でもそれは」

「黙って持っておけ。俺に金を払って無一文になったせいで怪我が治せず死んだ、等という事態が起こる方が俺には不愉快だ。それともお前は俺を不愉快にしたいのか?」


 睨みながらそう伝えると男は口をパクパクさせ、けれど少ししてきゅっと閉じた。

 そして困ったような笑いを見せてから、小さく溜め息を吐いて再度開く。


「・・・解った。これだけは、返して貰っておく」

「それで良い」


 男が納得したのを確認してから、視線を料理に戻して食事を再開する。

 ・・・おい、俺の肉はどこへ行った。ここに美味い部位が有ったはずだぞ


『もぐもぐ、ごくん・・・お肉美味しーい!』


 よし、投げ捨てよう。


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