第82話、鍛錬前の確認
「とりあえず、今俺から言えるのはそんな所だ。暫くはそのまま休憩しておけ」
今言える事を全部言ってから、立ち上がれない男から視線を切る。
次は俺の訓練だ。そもそもその為に来たんだしな。
とはいっても、やる事はかなり地味だがな。
「・・・さて」
魔力を体内で循環させ、身体強化の魔術を使って維持をする。
とりあえずは、これを何時まで維持出来るかを試そうと思った。
恐らくこれだけであれば、訓練場に来ずとも出来た訓練だろう。
だが循環状態で動く事にはなれておらず、動く加減を間違える可能性もある。
例えば宿の床を踏み抜いたり、扉を壊したり、壁や備品を壊したりだな。
最初の頃は素の力加減すら上手くなかったのだから、念を入れるに越した事はない。
「立ってる必要もないか」
胡坐をかいて地面に座り・・・冷たかったので立ち上がった。
靴を履いていたせいで解り難かったが、地面が冷たいので尻が冷えそうだ。
立ち上がる際に手を付いてしまい、その手も冷たかったし。
そう言えば手袋を外したままだ。もう付けても問題無いだろう。
ああいや、循環を一旦解除しよう。こんな事で手袋を壊したくない。
色々な事に気を付けながら、手袋をはめてから改めて周囲を見回す。
「・・・座る所は在るが、空きがないか」
ベンチの様なものは幾つか設置されている。
だが今はどれも使われているので、座る事は出来そうにないな。
と言うかこの男は良くこの寒い地面に転がっていられるな。
動きすぎて暑いせいか? 気を付けないと風邪を引きそうだな。
「まあ良いか。そもそも訓練なんだ。立ってる方が―――――」
『妹よ! 兄は置いて行かれて悲しい!』
・・・人が集中しようとしたタイミングで出て来るんじゃない。
胸元から現れた精霊をその辺に投げ捨て、溜息を吐きながら魔力を循環させる。
暫くはこのまま維持だ。先ずは俺に出来る事を把握する必要が有るしな。
そうして動かずに魔力循環を続けていると、誰かが近寄って来る気配があった。
「嬢ちゃん、何もしねえで突っ立てるなら、ちょっと端の方に避けて貰えねえか」
前回魔力循環をさせた時も思ったか、俺には頑張って魔力を回す様な感覚は無い。
むしろ魔力循環をさせた時の方が自然なのでは、と感じる程でもある。
やはりこの辺りは、精霊や魔獣の力がそう感じさせるのだろうか。
とはいえ治癒術の魔力循環は、ただ魔力を纏うよりも効率的で力強くなるが。
それに俺は意図して魔力を回す必要が有る分、やはりそこは人間なのだろう。
『動く気は無いみたいだから、諦めた方が良いよー。妹頑固だから!』
「おい、嬢ちゃん、無視すんじゃ―――――」
肩を掴まれたのでその手首を握ると、加減を間違えたらしく握り砕いた。
男から苦悶の声が漏れたが、まあ知った事では無い。
そのまま手を緩めずに振り回し、適当な方向に投げ捨てる。
「げはっ!?」
『おー、飛んでったー』
男は地面に叩きつけられ、バウンドして壁にもぶつかる。
呻き声が聞こえるがどうでも良い。俺の邪魔をするからそうなる。
そもそも訓練場は広いのだから、空きなど他の所にもあるだろう。
なのに態々俺の所に来たならば、俺に絡んできたという事だ。
そんな手合いに容赦をする気は無いし、どんな大怪我をしようが知った事か。
大体もし手袋が壊れたり血で汚れていたら、その程度で済んだと思うなよ。
「あーあ、馬鹿でぇ。だから止めとけっつったのに」
「あの魔力の纏い方出来る奴に絡むとか、自殺志願者かよ。魔術師なら絶対避けるぞ」
「嘘だろ・・・鎧着こんだ大の大人だぞ。投げ飛ばせる訳ねえだろ・・・」
「お前も嬢ちゃんの事信じてなかった口か。絡むなよ。アレの二の舞になるぞ」
周囲はその光景にざわざわとしているが、一人だけ一切動じていない。
四つん這いの状態から回復した男だ。ただ何故か知らないが、じっと俺を見つめている。
まさか俺の魔力循環が見えているのだろうか。それなら鍛える手段が一つ増えるが。
「俺が何をやっているのか解っているのか?」
「いいや、全然解んねぇ」
『兄は解るよ!』
なんだ、てっきり解っているのかと思ったのに
「じゃあ、やけに真剣に見ていたのは何だったんだ」
「解らないが、嬢ちゃんが意味のない事をするとは思えなかった。だからよく観察して居ようと思ったんだが・・・もしかして邪魔だったか?」
「別に邪魔な事は無い。その程度で気が散って使えないんじゃ、実戦で使えない。見て解らないのであれば意味は無いと思うが、見るなと言う気も無い。好きにしろ」
魔力が見えないのであれば、観察する意味は無いと思うがな。
とはいえ断る理由もないので、男の好きにさせておく。
そうしてその日は、日が暮れるまで魔力循環の訓練に費やした。
ただ日が暮れる前には帰ろうと訓練場を出ると、組合の前で声をかけられる。
「おう、てめえが噂のガキかよ。仲間をやってくれたらしいな。どんな手品を使ったのか知らねえが、あんまり世の中舐めてっと痛い目に遭うって事を教えてやるよ」
『痛いのは嫌だねー?』
何でこの手の連中は自分から絡む癖に、やられたら被害者面するんだろうな。
等と考えながら殴り飛ばし、宿に帰って食堂で今日も満腹になるまで食べた。
・・・さて、食事中もずっと循環していた訳だが、やっぱり全く消費を感じないな。




