第81話、技術持論
「ぜはー・・・ぜはー・・・!」
「思ったよりくたばるのが早かったな」
ポンポンと肩に木剣を当てながら、息も絶え絶えで四つん這いの男を見る。
場所を選んで男と剣の打ち合いをしてみた訳だが、案の定と言うよりも早くこうなった。
以前男の戦闘を見ていた故に解っていたが、技量の低さが継戦能力の低さに繋がっている。
男は恵まれた体躯で、筋肉もしっかり付いていて、身体能力自体は悪くない。
体力はそこまで多くないのかもしれないが、無さ過ぎる事も無いだろう。
だがそれでも俺と剣を打ち合うと、この通りあっという間に体力を使い果たした。
「な、なんで・・・この、程度で、こ、こんな、疲れ・・・!」
「体力の使い過ぎだ」
俺は防寒具の靴を壊したくないので、足に力は殆ど入れていない。
念の為に手袋は外しているが、木剣を壊さない様に力加減もしている。
なので常に余裕を持って動いており、そうなると当然だが体力の消耗は少ない。
対して男はと言うと、そもそも動きが俺に付いて来れていない。
その追いつけない動きを補おうと、強く力を入れた動きが多くなった。
不必要な力みが増えればその分の体力が奪われ、無駄な動きも発生させる。
その結果が早々たる体力の消耗であり、今の男の現状だ。
当然俺と男の身体能力差も理由だが、それは魔獣相手にも同じ事だろう。
俺が特殊な例なだけで、基本的に人間は魔獣に身体能力で劣る。
だから人間は技術を身に着け、強い武器を振るい、身体能力の差を覆すんだ。
なのにこの男はどうにも、恵まれた身体能力のごり押しに慣れ過ぎている。
そもそも俺は力を入れていないんだ。力押しなど無意味でしかない。
「た、体力が、足りない、のか・・・!」
だが男は異常な疲れを、自分の体力不足と考えたらしい。
勿論それはそれで一つの答えではある。間違いとは言い切れない。
無駄な動きをして疲れるなら、疲れないだけの体力を手に入れようと。
別の世界の話ではあるが、実際その解決方法で戦い続けた者を知っている。
無尽蔵かと思う様な体力を持って、強引に力技で対処していた。
やせ我慢で暴れ倒していた所も有ったので、実際はかなり無理をしていたが。
根性があれば体力は更に補える、とかいう馬鹿みたいな理屈を実行していた馬鹿だ。
「体力をつけるのも一つの答えだが、お前の場合はもっと相手の動きをよく見ろ。そもそも身体能力は低く無いのに、攻撃も回避も動きが雑過ぎる。無駄な力を入れ過ぎなんだ」
「むだ・・・ちか・・・?」
「無理に喋るな。息を整えて話だけ聞いておけ」
顔を上げて問い返そうとする男だが、息が整ってないので苦しそうだ。
別に会話をする必要性も感じられないので、いったん黙らせておく事にする。
「俺は当然だが、達人という訳じゃ無い。むしろ大半の技術は齧った程度しかない。だから技術に関して余り偉そうな事は言えないが、それでも技術を甘く見ているつもりはない」
例えば騎士の剣技と連携。新人共は未熟ではあったが、それでも連携は中々だ。
あの連携技術が有れば、成程魔獣相手でも戦う事は可能だと思った。
もし相手が賊だとしても、多少の強者であれば対処は可能だろうと。
魔術師の治癒術など、確かに魔術の才能も必要かもしれないが、アレは技術と言って良い。
限られた魔力を効率よく使う事で、継戦能力を上げて長時間の戦闘を可能にしていた。
何よりも怪我人を抑えるという事で、負傷者の居ない戦闘を続けられるという事でも有る。
それは全て、強者に対抗する為の術だ。弱者相手であれば技など必要ない。
大人が赤子の手をひねるのに、どんな技術が要るというのか。
「技術とは、身体能力で勝る相手に打ち勝つための力だ。言ってしまえば弱者が強者を打ち倒す為に練られた物だと言える。勿論力が無くても技が有れば勝てる、などという夢の様な事を言うつもりは毛頭無い。力はあった方が良い。有れば有るだけ余裕に繋がる」
これはあくまで俺の持論だ。勿論広い世界には、技で力を覆す人間も居るだろう。
だがそんな物は、本当の一握りが持つ業でしかない。それは一種の化け物だ。
そんな化け物を参考にした言葉など、凡人に対し意味があるとは思えない。
世界の大半の人間は凡人だ。凡人が努力した果ての限界という物がある。
努力をすれば皆が高みに登れる訳じゃ無い。むしろ無駄な努力に終わる事の方が多い。
ならば補助になる何かを持っておく事は、きっと安定に繋がるはずだ。
「貴様は恵まれた体躯をしている。ならばその利点を捨てるのはもったいない。体は鍛え続けた方が良いだろう。だが、だからと言って力に頼り過ぎるな。もっと頭を使って戦う事を覚えろ。攻撃を真面に受けるな。全力を籠めるのは、確実に相手を断ち切れる一撃を放つ時だ」
まだ何も出来ない人間に、立て続けに無理を言っている事は解っている。
技術を付けろ。頭を使え。力をもっと抜いて相手をよく見ろ。
こんな事を言っただけで出来るなら、世界は技術の高い人間で溢れている。
出来ないから弱い人間が多いんだ。出来ないから男は今這いつくばっている。
それが当たり前の事で、当たり前だからこそ、覆すだけの気概が居る。
「今日明日すぐに出来る事でもないが、心の何処かには留めておけ。ただ無為に体を動かし続けても、結局全てが無駄になりかねないからな。ただ俺の言葉を全て信じるの止めておけよ。多少参考になる程度に思っていた方が良い。さっきも言った通り、俺は達人じゃないしな」
防寒具が出来るまでにこの男は仕上がるか・・・多分無理だろうな。
それでも何もしないよりはマシになるだろう。少なくとも街に来た時よりはな。




