第79話、身の上話
「今は言われた通り、死なねえように、身の丈に合った仕事をしてるよ」
「ほう? という事は今は仕事終わりか」
「ああ。雪が降り始めてから二日だってのに、場所によっては雪が積もり易いらしくてな。雪の除去や、この寒い中外に出てられるかって連中の代行をしてきた」
「辺境とはいえ、街中の平凡な仕事はある、か」
周囲の魔獣の居る街とはいえ、皆が皆それを求めている訳ではない。
当然ながら雑用が欲しい者も居るし、平和な仕事も有るだろう。
とはいえ、その手の依頼は報酬が安いので、辺境では嫌がられるらしいが。
この男もその手の人間の一人で、だが死にかけた事で考えが変わったらしい。
「ただ、諦めたつもり無いんだ。寒い間は安い雑用でも仕事を受けて少しでも稼ぎながら、訓練もやっていくつもりだ。暖かくなるまでに山の方に行けるとは思わねえが、せめて街を出る護衛依頼で邪魔にならねえ程度にな。それなら俺でも、多分受けられるはずだからな」
確かにこの男は、実力は不足しているが、多少不足している程度ではある。
魔獣一体相手でも勝てないが、死なない事は出来ていた。
ならば周囲と協力する意志を見せれば、護衛依頼は問題無く受けられるだろう。
「今の俺が一番確実に稼げる依頼を受けられる様に。折角嬢ちゃんに拾って貰った命を、無駄にしねえように頑張るつもりだ」
「稼ぎか。そう言えば金が要るとか言っていたな」
「ああ、あの時の事か。アレはみっともない姿を見せたな。そうだな、金が欲しい。金が無いと何も出来ない。金が無いと俺達みたいな持ってない人間には自由が無い。ただ奪われるだけだ」
ギリッと歯を食いしばりながら、同じぐらいに強く拳が握られる。
奪われるか。成程、金を求める様な何かが、この男にはあった訳だ。
自分の手に金が無かったから、そのせいで奪われた何かが。
「幸い俺はがたい良く育ったし、近くの魔獣をぶっ殺せるだけの力があった。けど俺が住んでる田舎には、魔獣なんて殆ど現れねぇ。魔核を売って金にするには、別の場所に向かわなきゃならなかった。だから村を出て、街に行って、魔獣を狩って・・・取り巻きも出来て」
「最終的に今という訳か」
「ははっ、ざっくりいえばそうだな」
今のこの男は、明確に肝心な部分の話を飛ばした。
なら俺はその事を訊ねる気は無いし、訊ねる理由も無い。
男も聞かれたくないからこそ、その話をしなかったのだろう。
「ゲオルドに絡んだのは何故だ」
「最初は自信があったからだ。でも最後のは・・・羨ましかったんだと思う。アイツの強さが、落ち着きが、何が有ろうと何とでもなると思わせる雰囲気が」
確かに、ゲオルドは上に立つ者の気質があり、実力も十分持っている。
セムラとヒャールがやつを立てるのも、一番その仕事が出来る人間というのも理由だ。
あの二人では実力があったとしても、人を率いる事は出来ないだろう。
この男も慕われては居たが、それは実力も含んだ上での関係だったのだろう。
いや、実力に自信があったからこそ、周囲への気遣いも出来ていたのかもしれない。
だがゲオルドに、辺境に、その自信を砕かれた。その結果が一人か。
「成程、ただの嫉妬か」
「そうだな、嫉妬だ。情けねえよな。妬んだってどうしようもねえのにな。今はそう思える」
男は苦笑いしながら、当時の自分を反省する様にそう言った。
もうこの男の中で、力のある自分は本当に存在しなくなったらしい。
今は実力不足の組合員として、下積みを重ねて行くつもりの様だ。
組合の本来の機能を考えれば、雑用こそが組合員らしい仕事な気もするがな。
元々ならず者連中をサボらせない為の組織な所が大きいしな。
「んで、嬢ちゃんは何してたんだ。こんな所でぼーっとして」
「俺は戦闘用の防寒具が出来るまで暇でな。その間訓練でもしようと思っていた」
「あの強さをもってながら、まだ強くなろうってのか・・・」
「だがその強さをもってしても、貴様も遭遇した吹雪の魔獣は危なかったぞ」
「・・・マジか。嬢ちゃんでやばかったのかよ。助けて貰えたのは本当に感謝しかねえな」
俺と男では、恐らく「危なかった」の認識が少し違う気はする。
だがどの道危なかったのは事実で、鍛えた方が良いのも事実だ。
「それで訓練が出来そうな所が無いかと、受付に聞きたくてな」
「ああ、空くのを待ってたのか。そこに俺が話しかけた訳だな」
「そうだな」
チラッと受付に目を向けると、既に数人の手が空いているのが見えた。
むしろ俺に視線を向けてに、ニコッと笑って待ち構えている。
「この組合には広めの訓練場が有るな。寒い間体を鈍らせない様にって目的らしい。ヘタな場所で武器振り回されても迷惑だ、って理由もあるみたいだけどな」
それはまあ、そうだろうな。大通りで武器など振り回していたら危険極まりない。
というかただの不審者の危険人物だ。衛兵が出る事になる。
「行くつもりなら案内するぜ。どうせ俺も後で行くつもりだったし」
「依頼報告は良いのか」
「別に後で問題ねえさ。どうせ報告だけだしな」
ふむ、そういう事なら素直に案内を受けるか。
受付に聞いて一人で行くのも、この男に案内されるのも変わらんし。
「じゃあ、頼んだ」
「おう、頼まれた」
受付は去って行く俺に、何故か不安そうな眼を向けていた。
一人奥に入って行ったな。支部長でも呼びに行ったか。




