第78話、恩人
武具店を出て衛兵の後ろをついて行き、無言で黙々と歩く。
前を歩く男の様子は陰気だが、声をかけるつもりは毛頭ない。
唯々足を進め続け、そうして宿まで戻って来た。
「案内ご苦労」
「・・・おう、悪かったな」
行きの時と同じ様に告げると、だが今回は反論は全く無かった。
むしろ謝罪を残して去って行き、その背中は一回り小さく見える。
「一回の失敗でなんて様だ。若者というのは、一度の失敗が一生を引きずると思いがちだな」
落ち込む理由は解っている。恐らく後悔しているであろう事も察している。
だがそのどちらも他愛もない事でしかない。何せアイツは生きているのだから。
怪我も無く、誤解は解け、残ったのはただの恥だけだ。
歳を取ればそんな恥、幾らでも経験するのが人生というもの。
そもそも人間は失敗する方が当然で、必要なのはその後の反省だ。
少なくとも今回の件は、あそこまで落ち込む様な失敗とは思えない。
「・・・俺の場合は、何度も死んだせいの達観も有るだろうがな」
一度や二度じゃない。もう数えきれない程に何度も死を迎えた。
そしてその一度たりとも、俺は寿命を全うしきれていない。
だからある意味で人生の経験値が低い。幸せな老後を経験していないからな。
一応老人に差し掛かった経験は何度かあるが、その時も結局殺された。
今なら言える。何故俺はあんなにも、何度も何度も殺されても諦めなかったのかと。
もっと早く理解していれば楽だったろうに。世界は規則を破る方が生き易いのだと。
勿論規則を破るという事は、規則に保護されなくなるという事ではある。
だが世界は守らなければ不味い規則と、守らずともどうにでもなる規則が有るんだ。
俺はそのどちらもを守り続けて来た。それこそが俺の失敗。俺の恥。
生きる事に懸命なつもりで、結局根本を間違えていた無駄な努力。
何度も何度も何度も、飽きないのかと問いたくなる程に死んでやっと理解した。
殺されて、殺され続けて、ようやく理解出来た滑稽な存在が俺だ。
あの衛兵などよりも、俺の方が余程馬鹿で無様で恥の塊だろうよ。
「だからこそ、今生は諦めない。絶対に、悪党として生きてやる」
その為にも強くなる必要が有り、今のままのんびりとはしていられない。
もっと魔核を手に入れる必要が有るが、その前にやれる事がある。
どうせ防寒具が無ければ山に歯向かえない。ならその時間を有効に使おう。
「組合に訓練場でも有るだろうか。無ければ・・・仕方ないが、街の外に出るか」
という訳で組合に向かうが、ここから組合までは流石に迷う事は無い。
何せ大通りまで出てしまえば、後は全部大通りを歩くだけで良いんだ。
流石の俺とて、そこまで解り易い道は迷わないはず。
そもそも昨日も迷わなかったんだ。問題は何も無い。
等と思いつつも奥底では不安だったのか。
「うん、着いた。良し、問題無い」
等と呟いてしまい、それを自覚して少し恥ずかしくなった。
とはいえ周囲は俺の事に興味など・・・無いとは言えないな。
組合の前で佇む子供。それも女子となれば目立つだろう。
・・・下らない事をしてないでとっとと入るか。
「やはり人は少ないな」
朝食を食べた後のんびりと武具店に向かい、用事もそこそこに帰って来た。
なのでまだ時間は昼前頃で、先日と同じ様に人の数は明らかに少ない。
受付に相談しようと思っていたんだが・・・まあ、少しぐらい待つか
幸いにして、全て埋まっているものの、全部一人しか対応していない。
並んでいる人間が居ない状況なので、空いた所に行けば良いだろう。
様子を見るに、どこの受付も揉めている雰囲気は無いしな。
「ん、嬢ちゃんじゃねえか。なんでこんな所でぼーっとしてんだ」
「うん?」
嬢ちゃん、という最早呼ばれ慣れた呼称に、自分かどうか疑う事無く顔を向ける。
勿論周囲に俺以外の子供が居ないから、という事を確認した上ではあるが。
そして視線を声の主に向けると、そこに居たのは見覚えのある男だった。
俺が助けた男だ。いや、精霊の願いで連れて帰った男と言うべきか。
助けるつもりは毛頭なかったので、あの一件は特別と言うしかない。
「・・・貴様か。随分元気そうだな」
「ああ、おかげさまでな。命を取り留めたよ」
俺の問いかけに男は苦笑し、軽く腕を開いて無事な姿を見せる。
負傷なども無かったし、ただ冷えていただけだからな。
低体温がどこまで影響が出るかと思ったが、思ったよりも問題無さそうだ。
やはり魔術のある世界は凄いな。文明の低さの割に治療技術が高い。
ただこの場合、治癒術の類を使える人間が居なくなると一気に危険にはなるが。
知識を詰め込めばなれる医術師と違い、魔術師には魔力の保持という才能が要る。
万が一その才能の持ち主が一人も居なくなれば、どうやって治療するのか。
勿論医術にも才能の良し悪しは在るが、それでも知識で補える技術という物は大きい。
才能によらない努力による補完が出来る知恵と技術は、先の未来で役に立つ。
まあ、そんな事を俺が語った所で、きっと鼻で笑われるだけだろうがな。
「ありがとな、助けてくれて。心から感謝してる」
「別に、ついでに持って帰ったに過ぎん。積極的に助けるつもりは無かった」
「それでもだよ・・・正直、死んだと思った。吹雪でどんどん体温奪われて、体が動かし難くなってきて、雪がどんどん自分の上に積もって行くのが解って、それでも動けなくて・・・」
男は防寒具を着ていたが、あの吹雪に耐えられるものでは無かったらしい。
つまり魔獣が攻撃をしなかったのは、攻撃をする必要が無かったという事だろう。
寒さでそのまま死ぬのであれば、後で雪の中から掘り出すだけで良いしな。
「だから目が覚めた時はすげえ驚いた。生きてるのが信じられなかった。死ぬ前に見てる夢なんじゃねえかって思ったぐらいだ。けど生きてる。嬢ちゃんのおかげで生きていられる」
「そうか。ならばその幸運を無駄にするな」
「解ってる。嬢ちゃんには本当に迷惑かけたな。いや、嬢ちゃん以外にもだが」
男は随分と憑き物が落ちた様な表情で、小さく笑いながら受付に目を向ける。
以前の血走った様子は無い。むしろ穏やか過ぎてちょっと気持ち悪いな。




