第71話、魔力の質
「では話は纏まった、という事で・・・ミク殿さえ良ければ、今回の戦闘の詳しい話を聞かせて貰えないだろうか。貴殿と同じ事が出来るかどうか解らないが、もし出来ればうちの連中の安全も上がるだろうしな。勿論話したくないと言うのであれば、聞きはしないが」
「詳しい話と言っても、そこまで大した話にはならないぞ」
「それでも、話してくれるなら是非聞きたい」
自分が抱える騎士の為、魔術師の為、兵士の為、ひいては住民を守る為に。
俺と同じ事が出来るなら、部下達の命が少しでも生き永らえる様に。
本当に真面目で熱心な領主殿な事だな。
「話す事は構わんが、精霊付きでなければ不可能だった、という前提があるぞ」
「精霊付きでなければ倒せなかったという事か?」
「いや、倒せるかどうかで言えば、魔獣の存在と対処法を知っている騎士達なら、犠牲は出したとしても勝つ事は出来るんじゃないか。ただ俺が無傷で勝てたのは精霊の存在が大きい」
思わず精霊へと視線を落とし、だが向けられた本人は幸せそうに菓子を食べている。
もっちゃもっちゃと柔らかい菓子を咀嚼し、飲み込む度にはぁ~と幸せそうに息を吐く。
菓子に集中していて、俺達の話など一切聞いていない。
むしろ領主の存在にも気が付いていない気がするぞコイツ。
「コイツが雪が深くなった辺りで楽しくなり始め、数を増やして雪合戦を始めてな。その途中で魔獣に遭遇して、俺も精霊達も――――――」
「ちょっと待った」
「・・・どうした?」
説明を始めてまだ頭も頭の所で、領主が頭を抱える様子を見せて俺を止めた。
もしや体調でも崩したのかと、少し首を傾げながら問いかける。
すると領主は眉間に皺を寄せながら、恐る恐るという様子で口を開いた。
「今、精霊が増える、と言わなかったか?」
「ん、ああ、そうだな。増えるぞコイツ等」
そこが気になったのか。そういえばその話はしていなかったような気がするな。
勝手に増えるなと約束したはずだが、平気で破ってちょこちょこ増える。
「つまり貴殿は、複数の精霊と共に居る、という事か?」
「いや、そうじゃない。付いて来てるのはこいつだけだ。ただコイツの数が増える。思考が共有されているのか、個別になっているのかは解らんが、増えても全員同じ様な性格だ。だから同じ精霊が分裂していると考えるのが妥当だろう」
「・・・分裂する精霊・・・それは、また・・・」
「珍しいのか?」
出来れば珍しい方が嬉しい。こんな騒がしい存在に何度も出会いたくない。
「珍しいかと言われたら、精霊その物が珍しいからなぁ。能力も珍しいのかは解りかねる。精霊を目で捉えられる人間は稀だからな。たとえ精霊が気に入った相手でも、姿は見せないという事も多いらしい。なので前例が有るのかもしれないが、少なくとも私は知らないな」
「見えていなければ、増えた観測も出来ないか」
ここの魔術師は魔力で精霊を感知したが、増えても探れるのは魔力だけだ。
となれば精霊が増えたとは思わず、精霊が何かを仕込んだと思う方が自然だろう。
見えていないと言う事は、それだけ理解が遅れる大きな要因になる。
そもそも精霊が珍しいという話なので尚の事か。
「その、増えた精霊は、増える前と力は変わらないのか?」
「力か・・・解らないな、その辺りは。こいつらの全力も解っていないし」
「そうか・・・どちらにせよ、精霊とは凄まじいな」
「見えている俺にすれば、気の抜ける存在だがな」
自分が話題にされていても、変わらず菓子を頬張る事に夢中な精霊。
楽しい事が最優先で、俺の話なぞ聞きもしない。俺よりも自由な奴だ。
一番の悪党はコイツじゃないのか。全く腹立たしい。
「それで、ええと・・・増えた精霊が魔獣を攻撃した事で倒した、という事か?」
「いや、精霊は一切攻撃をしていない・・・ああいや、一応はしていたが、攻撃と言えるような行動ですらなかったというのが正しいか」
「・・・どういう事だ?」
「雪玉をぶつけられたのが腹立たしかったらしく、雪を丸めて投げ返していた」
「・・・まさか魔術ではなく、ただの雪をか?」
「ああ。当然魔獣に当たる訳も無かったがな」
魔力の吹雪で目くらましをされ、そんな吹雪の中で投げた雪玉だ。
相手に届く届かないの前に、吹雪によって粉砕されている。
そんな事すら思考に無いのがこの精霊達だ。
「この話だけで、どれだけ気が抜ける存在か多少伝わるだろう」
「それは・・・まあ、そう、だな・・・」
領主は若干の困惑を見せながら、俺の言葉に同意をした。
恐らくその時の光景を想像して、理解が出来ないと思ったんだろう。
俺も理解出来なかったし、余りに気が散ったので良く解る。
「だが魔獣は、そんな精霊の存在に焦った。自分の魔術に自信を持っていたのか、何度攻撃しても倒れない精霊に慌て、吹雪の制御が甘くなった事で、魔術の構成を観測する事が出来た。後は魔獣と同じ魔術を放って相殺し、そのまま押し込んだだけだな」
「魔獣の魔術をそのまま真似したのか!?」
領主は今日一番の驚きを見せ、立ち上がる勢いで叫んだ。
思わず俺も驚き、カップを手に抱えたまま一瞬固まる。
精霊は変わらず菓子を食っている。本当に自由だ。
「・・・そうだが、普通は出来ないのか?」
領主は俺の問いかけでハッとした顔を見せ、少し恥ずかしそうに座り直す。
「私自身は魔術師ではないので詳しくは解らんが、魔獣と同じ魔術は人間には難しい、というのが常識である事は知っている。魔術師曰く、魔術を構築する為の魔力の質が、人間と魔獣では大きく違うからだそうだ。勿論絶対に無理という訳では無いのは確からしいが」
「魔力の質・・・」
つまりは、あの吹雪を真似できたのは、俺の体に宿る魔獣の力が要因か。
むしろ俺が見ただけで魔術を覚えられるのも、それが理由なのかもしれないな。
感覚的に魔力を操り、簡易な魔術っぽい何かは最初から出来たのだし。
ただ制御の難しいと言うか、綿密な制御の要る魔術は何も使えなかった。
なのに見てしまえば使えると言うのは、魔術師にしてみれば腹立たしそうな存在だな。
「しかし、確かに貴殿にしか出来なさそうな手段だな。精霊の強さに焦った魔獣の隙を突いた、というのが一番の要因だろうし。騎士達に流用するのは無理そうだ」
「だろうな」
今回は魔獣の焦りが勝利の要因だ。となれば精霊の存在は不可欠。
俺がやった事は力押しにすぎず、参考にするような内容でもない。
ただ次に遭遇した時は、別の方法で倒す可能性も無くはない。
今回のネックは防寒具だ。これを壊したくないから無理が出来なかった。
だが多少無理が聞く装備を整えれば、また別の手段もとる事が出来るだろうな。




