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第69話、褒賞

「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 領主館という名称の砦の一部に到着し、使用人に以前と同じ部屋へと案内された。

 そして部屋には以前と同じ様に、どころか以前よりも多くの菓子が用意されている。

 到着すると同時に茶もだされ、歓迎していますと態度で見せつけられている様だ。


『わーい! 僕これ食べるー!』


 二人分用意されたカップを見つめ、だが精霊が菓子を抱えた事で視線がそちらへ向く。

 一般人の目からすれば、それは菓子が勝手に動き回っている様に見える事だろう。

 そんな菓子を掲げてはしゃぐ精霊に対し、使用人の視線は暖かい。


「お気に召して貰えたようで何よりです」

『お気に召しました!』


 精霊の動き、というよりも菓子の動きから機嫌を察し、にこやかに告げる使用人。

 そんな使用人に対し、精霊はテーブルの端まで移動して菓子を掲げる。


「まあ・・・ふふっ」


 それが礼を言っている様に思えたのか、使用人の笑みはこれ以上ないぐらいに幸せそうだ。

 俺としては『こんなもの』のどこが良いのか、さっぱり解らないんだがな。

 とはいえ、態々口に出す必要もないかと、黙って茶を飲んで喉を潤わせる。


「ふぅ・・・」


 カップを置いて一息吐き、肩の力が抜けたのを自覚した。

 どうやら思っていたよりも気を張っていたらしい。

 初の強敵と言える存在の遭遇に、多少の恐怖もあったという事だろう。


 それに防寒具があるとはいえ、寒い中を帰って来た。

 顔周りはどうしても冷えて来るし、冷気を感じないわけではない。

 だが暖かいお茶と、そして暖かい部屋に、やっと気が抜けたという事だろう。


 いや、それにしても部屋が暖かすぎるな。まるで俺が来る前から温めていた様な。

 ぱちぱちと薪を燃やす音が耳に届く暖炉に目を向け、少し首を傾げた。


「もしかして俺が来るまで、この部屋は誰かが使っていたんじゃないのか?」

「いいえ、誰も使っておりません」

「それにしては随分と部屋が暖かい気がするが」

「領主様のご指示で、事前に暖炉へ火を入れておりましたので」


 本当に事前に部屋を暖めていたのか。俺が来なかったら薪の無駄になっただろうに。

 随分と念の入った歓迎ぶりだなと思いながら、またカップを口に運ぶ。

 そうして使用人の微笑ましそうな視線の中、領主がやって来るのを待つ。


「すまん、待たせたな」

「そこまで待っていない」


 そして領主がやって来たのは、茶の一杯も飲み終わらない頃だった。

 特に待ったという程待っても居らず、精霊など待ったつもりもないだろう。

 幸せそうに菓子をモグモグと食べていて、領主の出現にも気が付いていない。


 使用人は領主と俺のお代わりの茶を用意すると、名残惜しそうに去って行った。

 最後まで視線が精霊に向いていた辺り、あの使用人は筋金入りだな。


「魔獣は見せて貰った。どうやら苦戦した、という認識で良いのか?」

「魔獣相手に焦ったのは今回が初めてだ」

「精霊付きの貴殿がそこまで言うか・・・それはさぞ強敵だったろうな」

「そうだな。強敵だった」


 一対一で戦っていたら、どうなっていたか解らない程度には。

 腹立たしい事に、その精霊付きだったから助かったのも大きい。


「ならば褒賞金を出さなければならんな」

「褒賞?」

「そうだ。街を救ってくれた人間に、何も渡さん訳にはいかんだろう」

「俺は街の事を気にして退治に行った訳じゃ無い。俺は俺の目的で魔獣を狩っただけだ」

「だが事実として貴殿の行為は街の住民を、兵士達の命を救った。違うか?」

「事実だけならな」


 確かにあの魔獣の退治は、危険だからこそ俺に情報が送られた。

 それは住民の身に危機があるからであり、騎士達の動きも迅速だったと言える。

 なら俺がやった事は、ただ騎士達より早く好き勝手に動いただけに過ぎない。


「まあ、褒賞金をくれると言うのであれば、貰える物は貰おう。だが俺が街を救った、等という話を広めるのは止めて貰いたいものだな」

「何故だ。皆に感謝されるぞ?」

「必要ない。むしろそれで見知らぬ人間が近づいて来る方が面倒だ。俺は相変わらず、気に食わない人間は殴り飛ばす関わり難い奴で良いし、その方が楽だ」


 中には俺を過敏に割けている奴も居るが、それはそれでどうでも良い。

 俺は俺に面倒をかけさえしなければ、関わりない人間に興味はない。

 だがもし俺が人の良い人間だ、等と勘違いされた時を思うと余りに面倒過ぎる。


 悪党は善人に群がり、善人から様々な物を奪って行く。

 当然俺は奪われる気など無いが、いちいち相手をするのが面倒くさい。

 最終的に邪魔者は殴り倒すとしても、出来る限り邪魔が無い方が楽に決まっている。


「そうか、ならその辺りは気を付けておくが・・・人の口に戸を立てるのは難しいぞ」

「領主様の命令でもか」


 普通に考えれば、領主が命じれば下手に話を広げないと思うが。

 勿論質の低い使用人なら別だが、精霊好きの女を見る限りそうは思えない。

 ああいや、あの馬鹿のよううな騎士も居たし、その辺りから洩れる可能性もあるのか。


「命じれば騎士も兵士も魔術師も使用人も口を閉じるだろうが・・・貴殿は人を一人助けているだろう。それに数人の門番とも良く話すと聞いている。先に口止めはしたのか?」

「・・・していないな」

「なら既に、そこから話が広がっている可能性はある。特にうちの兵士達は街の住民との仲はそれなりに良いからな。事情を知ってる門番が、噂好きのご夫人にでも話せばもう無理だぞ。本来隠す話でも無いしな。流石の俺とて、住民達に貴殿の話をするな、等という命令は下せん」


 それは・・・そうか。領主が下す命令としては意味が解らないな。

 その程度の事で罰していたら、領主の信用はガタ落ちになるだろう。

 となれば命じる事が出来るのは、領主の言った通りの範囲だけか。


「・・・もう間に合わんな」


 門番のお喋り加減を思い出すと、話が広まるのは避けられないと諦めるしかない。

 その代わり今度門番に在った際には、恨み言の一つでも吐くとしよう。

 いや、デコピンの一発でも入れるか。支部長の時よりは弱めのを一つ。


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