第65話、初戦闘
「くそっ、嬢ちゃん! 無事か!? 今の食らってねえよな!?」
男の声が響くが、吹雪のせいか方角が解らない。
後ろに居たはずだが、声は全く違う方向から聞こえる。
原理は全く分からないが、この吹雪のせいと考えるべきだろう。
「俺より自分の心配をしておけ!」
とりあえずそう返しておき、周囲の警戒に集中する。
忠告はした。これ以上の事をやってやる義理は無い。
『妹どこだー!』『妹の位置が解らない!』『傍に行けないぞー!』『妹やーい!』
どうやら精霊も俺を見失った様だ。俺も精霊がどこに居るのか解らない。
恐らく周囲に充満している魔力が邪魔をしているんだろう。
魔力の強さそのものは精霊の方が強いが、目くらましの機能が強い訳か。
しかし四方八方から聞こえて来るから、物凄く邪魔過ぎる。頼むから黙れ。
「ちっ!」
そうしている間に、またさっきと同じ雪玉が飛んで来る。
今度は来る事が解っていたので、余裕をもって躱す事が出来た。
とはいえ吹雪の中から突然飛んでくるので、反射神経が無ければ終わっているな。
「防寒具が無ければ死にかねないな、これは」
敵がどこに潜んでいるのか解らず、吹雪の中一方的に攻撃される。
もしこいつに昨日出会っていたらと思うとぞっとする。
騎士団が素早い動きを求めるのも頷ける相手だ。
下手をすれば抵抗する暇どころか、このまま寒さで凍えて死んでいるな。
「・・・攻撃が飛んで来る、という事は視認距離に居ると考えるべきか」
相変らず飛んでくる雪玉を躱しながら呟き、だがそれもどうかという考えはある。
俺も精霊もそうだが、視認せずとも敵を察知する能力が多少ある。
ならこの魔獣にその能力が無い、と考えるのは少々軽率だろう。
その上周囲は魔獣の放った吹雪で満ちている。ならここは敵の領域だ。
視認できない位置から隠れて攻撃、という真似が出来ておかしくない。
『わぶっ!?』『おー、何だこのやろー!』『僕と雪玉のぶつけあいで勝負する気かー!?』
『上等だこらー!』『受けてやるぞー!』『くらえー!』『ぶへっ!?』『何処だー!』
・・・周囲でベチベチ煩い。どうやら魔獣は精霊も狙っている様だ。
つまりこの魔獣は、精霊を感知できる程度に強い、という事なのだろう。
とはいえ精霊を倒せる威力ではない様で、全く堪えた様子は感じられないが。
「む?」
急に魔力に乱れを感じた。先程までの綿密な魔力の操作がぶれている。
突然の変化に一瞬戸惑うが、理由の前に好機だと思考を切り替えた。
全神経を集中して、この吹雪を起こす主の気配を探る。
『あだっ!?』『また食らった!』『悔しい!』『絶対やり返してやるぞー!』
・・・本当に頼むから黙ってくれないか。物凄く気が散る。
いや、まて、何かおかしい。どんどん周囲の魔力に乱れが強くなっている。
ベチベチと精霊に当たる音がする度に、まるで戸惑う様に魔力が揺れる。
「・・・雪玉を当てて怯まない存在に、初めて会ったか?」
俺に雪玉が飛んでこなくなり、完全に精霊を打ち倒す為に力を込めている。
精霊に当たると凄まじい衝撃音が響くが、精霊は『べふっ』と呻くだけだ。
声から察するにすぐに起き上がり、雪玉を作って投げつけている。
当然相手がどこに居るのか解らないので、適当に投げている訳だが。
それでも直撃しているのに倒せないという事実のせいか、制御のブレが更に強くなる。
雪玉の威力が上がっている様なので、意識がそちらに向きすぎているという所か。
「ちっ、まさか役に立つとはな」
何も役に立たない邪魔な存在。それが俺にとっての精霊の評価だ。
支部長の時はどうかと言われたら、俺にとっては結局邪魔だった。
だからその評価を覆したくはなかったが・・・今回ばかりはそう言えない。
こいつが居たおかげで活路を見いだせた。
「雑な制御を見せすぎだ・・・!」
魔力を開放して周囲にばらまき、俺の魔術で吹雪を作り出す。
魔獣の作り出す吹雪を弾き返していくと、魔力の層の厚い場所を感知した。
つまりそこから放っているという訳だ。ならその魔力の向こうに魔獣が居る!
『うわー!』『痛い痛い!』『妹これ痛い!』『やーめてー!』『兄が何をしたー!』
そして巻き添えになった精霊達は、どうやら俺の吹雪が痛いらしい。
雪がベチベチと当たるのを嫌がり、小さく丸まっているのを感じ取った。
魔獣の雪は何ともなかったが、魔力量の差か、それとも魔力の質なのか。
どちらにせよどうでも良い。痛い程度で済むなら問題無いだろう。
それに俺の吹雪はすぐに周囲から消え、目の前を渦巻く吹雪とぶつかる。
自然現象では絶対に起こりえない、別ベクトルの吹雪のぶつかり合いだ。
だがこうなってしまえば俺の勝ちだ。力押しなら俺の方が上だ。
「力押しをしなければ、俺が死んでいた可能性もあったな」
簡単に真似をしたように見えるが、正直な所簡単ではなかった。
最初の吹雪の中では、この魔術を真似する事が出来なかっただろう。
それぐらいにあの吹雪は認識し難い技で、だからこそ俺も精霊も足を止めた。
精霊すら迷う、俺も方角を見失う程の力を持った吹雪。
もし持久戦を選んでいれば、寒さに凍えて負けた可能性もあった。
だが精霊という不可思議な存在に焦り、制御を乱したのが敗因だ。
アレが無ければ、この技術を真似する事は出来なかった。
感覚で魔術を使用している俺には、目眩ましも含んだ魔術は真似できなかった。
雑な制御を長時間見たからこそ、こうやって真似を出来ているに過ぎない。
「っ、逃がすか!」
吹雪の中、逃げる気配を感じた。だが焦りのせいかまるで隠れられていない。
その気配めがけて吹雪を固め、幾つのも雪玉で蹂躙する。
ズドドドドドと激しい音をさせる連撃は、殆どが魔獣に直撃したのを感じた。
それとほぼ同時に魔獣の吹雪が消え去り、俺の放つ吹雪だけが残る。
「・・・倒したか。これは確かに、街に近づかれたら大惨事だったな」
なぎ倒された周囲の木々を見ながら、思わずそんな呟きを漏らした。




