第61話、契約執行
「雪は降っているが・・・積もる降り方ではないか」
『チラチラ~、ぱらぱら~』
「だがこの降り方の方が危険な気もするがな」
精霊の言葉通り、雪の降り方はパラパラという程度のだ。
なので積もり易い場所には多少積もっているが、たいていは溶けてしまっている。
となると問題は、溶けた雪が凍って滑る可能性がある事だろう。
気をつけないと滑って後頭部を打って死亡、何て事が普通に起こりえそうだな。
まあ、俺が後頭部を打った所で、地面の方が砕ける予感がするが。
「・・・この靴なら大丈夫か」
どういう作りなのかは知らないが、凍った道でも滑る気配が無い。
周囲を見ると、俺と同じ様に凍った地面を平気で歩いている。
つまりこの土地では、この手の靴が平均装備という事なのだろう。
とはいえ滑りそうになっている人間が居る辺り、俺と同じ立場の者も居る様だが。
連中は今日か明日にでも、慌てて中古の防寒具を買いに行くのだろうな。
そんな光景を眺めつつポテポテと歩き、組合へとたどり着いた。
「ああ、やっぱり人が減っているな。やはりこの時間帯が丁度良さそうだ」
『兄は朝の騒がしい方が好き!』
お前の好き嫌いなど知らん。俺は人が少なくて話がすぐ済む方が良い。
「・・・やはりあるな」
『おー! 妹の絵が増えてる!』
何となく掲示板に目を向けると、最早似顔絵所では無い絵が貼ってあった。
色こそついていないものの、下手をすれば肖像画と言って良い絵が。
つーか何だこの豪華な椅子は。俺はこんな物に座った覚えは無いぞ。
というかこの絵だと、良い所のお嬢さんが安く書いて貰った絵、という感じだ。
そのせいで傍に張られている警告文が、余りにも場違い感を覚える。
むしろ間違えて張ったとしか思えない勢いだ。これ初見で信じる奴居るのか。
「あ、ミクさん、こっちへどうぞー」
『妹呼ばれてるよー?』
思わず掲示板の絵を凝視していると、受付から明るい声が響いた。
その声には聞き覚えがあり、昨日の夜も話した受付嬢だ。
ついでに言えば、初日に泣きじゃくる支部長を慰めていた人間でもある。
さっきまで誰かを対応してた気がするが、手が空いたのだろうか。
ともあれ彼女であれば用件は解っているし、素直に向かう方が楽だろうな。
「ご用件は魔核の件ですよね。他にも何かありますか?」
「いや、魔核だけだ。ああそうだ、武具店の請求書の話は通っているのだろうか」
「はい、支部長から聞いておりますので、こちらで処理しておきます。問題が起きた場合は連絡を取らせて頂きますので、その時はご足労頂けると幸いです」
「解った」
宿の場所を聞かれなかったのは、支部長が知っているからだろう。
武具店の店主が俺を呼びたい時の為にと、宿の名前と場所を聞いていたしな。
「魔核の査定は先日お伝えした通り、高品質の物と判別されました。ご確認ください」
そう言って差し出された紙には、俺が渡した魔核の額が書かれていた。
素材を売り払った時も同じ様に貰ったので、特に気になる事は無い。
と一瞬思ったが、想定していたより魔核が高い事に驚く。こんなに高く売れるのか。
「魔核の方が、殆どの素材より高いんだな」
「魔核は何時でもどこの国も欲していますからね。素材の類は予約があれば別ですけど、余ってしまう事もありますから。確実に売れる魔核に比べると、どうしても買取は安くなってしまいますね。勿論素材によっては引く手数多、って感じの物もありますけど」
「数が売れるからこそ安く、とはならないのか?」
「質の良い魔核がどこでもそんなに数多く取れるなら、きっと安くなるでしょうね」
成程。限られた地域でしか取れず、倒せる人間も限られている魔獣の魔核。
辺境にある魔核は大概がそういう物で、安くなる事は先ずありえないという事か。
たとえ辺境で安く売ったとしても、どこかで商人が高く吊り上げるだろうな。
「質の良い魔道具を動かす為には、質の良い魔核が必要ですから、余計に高くなるでしょう」
「魔道具か・・・真面に見ていないから、少し興味は有るな」
組合にあるカードを入れる物も、あれも間違いなく魔道具の類だろう。
そもそもこの組合証自体も魔道具らしいし、興味自体はある。
鎧男の鎧も多分魔道具なのだろうな。どういう効果があるのだろうか。
「ミクさんが魔核を売らなかったのは、魔道具を御作りになるつもりか、既に魔道具をお持ちだからだと思っていたのですが・・・もしかして違うのですか?」
「ん、あー、ああ、別にそういう訳じゃ無いな」
一瞬何と答えようかと迷ったが、別に全て正直に話す必要もない。
今の俺は悪党なのだし、嘘や誤魔化しをしても問題無いしな。
そんな俺の態度を察したのか、受付はその話を続けはしなかった。
「防寒具を作る為に魔核を売られるという事でしたが、現状ミクさんが所持している魔核でしたら恐らくどれも良い値で買い取れると思います。支払いに十分に届く額になると思いますので、お気軽にお持ちくださいね」
代わりに、必要無いなら売ってくれと、ただそれだけを伝えて来た。
「ああ、その時は頼む」
とはいえ、これ以外の魔核はもう無いのだが。受付嬢も何となく察していそうだ。
それでも俺が魔核を持っている、という体で会話をするのは流石受付嬢といった所か。
「ええ、何か困り事があれば、お気軽にお伝えください。支部長が何かやらかした時も、お伝えくだされば出来る限り対処致しますし」
「聞きようによっては、支部長より上の立場に聞こえる話だな」
「まさか。私では彼女の代わりは務まりませんよ。彼女は職員にも慕われていますから」
「それは、まあ、そうだろうな」
あの女の信念は、自分の恥も外聞も知った事では無く、職員を食わせる事にある。
職員に十分な給金を払わせる為ならば、それこそ体すら売りそうな程だ。
半端な矜持を持っていない。見方を変えれば高すぎる矜持の持ち主だと思う。
とはいえその矜持の持ち方故か、緩い部分が多数見受けられる訳だが。
「もう最近は、あの女に敵意を向ける気が起きない。むしろ呆れる事が多い」
「あはは・・・」
アイツは俺の機嫌を損ねたいのか、それとも機嫌を取りたいのか解らん。
いや、確実に機嫌を取りたいんだろうが、その気があるのかと言いたくなる。
とはいえ防寒具の事に関しては、確実に点数を取れている訳だが。
「・・・あら?」
俺の言葉に乾いた笑いを見せた受付嬢が、視線を出入口へと向ける。
するとそこに立っていたのは、見覚えのある鎧、騎士鎧を着た女だった。
女は俺の視線に気が付くと、スタスタと近づき膝をつく。
「貴女がミク様、で宜しいでしょうか」
「そうだ」
『僕はヴァイドだよ!』
女は俺が誰かを確認すると、懐から丸めた紙を取り出す。
「領主様とミク様のご契約の下、情報をお持ち致しました」
「・・・マジか」
よりにもよって、この寒い中、まだ防寒具が出来ていないというのに。
・・・この防寒具で戦闘できるだろうか。ちょっと不安だな。




