第59話、夜の組合
防寒具を貰い、店主に注文を終え、そうしている内に真っ暗になっていた。
そもそも街に帰って来た頃合いが夕方だったので、この暗さも当然だろう。
むしろこんな時間まで付き合ってくれた店主に感謝するべきか。
そして魔核を売る為に組合に戻る事になったが、この時点で割と面倒な気持ちが強かった。
とはいえ支払いの為には少しでも金が要るし、この魔核は売ってしまった方が良い。
食べても余り底上げになっていない以上、現時点では売る方が自分の為だ。
こうなると狩った魔獣を捨てて来たのが痛いな。
売ればそこそこの額になったろうに。
「お帰りなさい支部長。あれ以上ミクさんの機嫌を損ねずに済みましたか?」
組合に戻った際の受付の第一声は、支部長に対する問いかけだった。
隣に俺が居る訳だが、受付嬢は俺の存在に気が付いていない様に見える。
そして声をかけられた支部長はと言えば、何とも言えない表情を俺に向けた。
実際の所はどうなのか、という確認なのだろう。
「一応損ねてはいないな。一応」
『今日の妹は割と機嫌いいよね!』
お前絶対雪道の中を帰って来た時の事を排除してるだろ。
あの間の俺は不機嫌どころじゃなかったぞ。
いや、辛くて機嫌がどうこう、何て話ですらなかったか。
こいつは雪合戦でテンション上がって最高に楽しかっただろうがな。
「え? あ、ミクさん!? す、すみません、恰好が変わっていたので気が付きませんでした」
「いや、別に謝る必要は無いが・・・」
全身防寒具装備なので、頭から靴までもこもこになっている。
なので正面以外からは俺が誰なのか解らないだろう。
とはいえ今は真正面からだったので、何故解らないのかとは少し思ったが。
「すみません、余りに可愛らしい恰好なのでミクさんとは思わず・・・あ、すみません、これも失礼ですよね。その、今度はその恰好で過ごされるんですか?」
そもそも俺がこんな恰好をする印象が無く、俺だと思えなかったと。
確かにそういった思い込みは俺も経験が有るな。
最後の確認は、俺の姿を周囲に周知させる為の確認だろう。
「暫くはこの格好で過ごすつもりだ。新しい防寒具が出来たらどうなるかは解らないがな」
「そうですか、承知しました」
受付嬢はにっこりと笑い、さらっと俺の服装の特徴を書き始めた。
やっぱり周知させる気だな、と思いながら思わず掲示板に目を向ける。
あの絵って翌日には出来てたよな。また明日には新しい絵が出来るんだろうか。
というか簡易とはいえ、この文明レベルだと絵はそこそこ高いのでは。
それとも職員が描いているのか。だとすれば手当てを出すべき上手さなんだが。
「今日はその事をお伝えに来て下さったんですか?」
「いや、魔核を売りたいと思ってな」
「これは・・・良い物ですね、これ」
「見ただけで解るのか?」
「毎日見ていると、何となくですけど違いは判りますよ。勿論魔道具でしっかりと鑑定させて貰いますけど、これなら査定は期待してくれて良いと思います」
毎日の経験値か。それは確かに、数日しかない俺とは大違いだな。
組合の受付で預かるとなれば、それこそ品質はピンキリだろうし。
「ただ魔獣の素材を買い取った時もお伝えしましたが、組合の査定ですと、商店で売る時よりも安くなる事が多いですが、宜しいですか?」
「騙して来る商店と交渉するのが面倒だから構わない」
市場の平均価格も知らなければ、魔核の質の判別も出来ない。
そんな俺が下手な商店に持って行けば、足元を見られる可能性がある。
もしそうなったら確実に暴れるが、態々解っている面倒を起こすのが面倒くさい。
「承知しました。ではお預かりいたします」
「ああ、頼んだ」
組合は商人達や依頼者から、不当な扱いを受けない為の組織でもある。
盗賊や強盗などを出さない為に仕事を振っている側面もある。
だがその両方の側面があるからこそ、支払いで不正をすると大変な事になるだろう。
最悪商人も組合員も両方が敵に回り、そうなれば被害はどうなる事やら。
特にこの街の組合は商人と一度揉めている以上、足元はきっちり掬い上げて来るだろう。
ここぞとばかりに組合員を味方につけ、叩き潰しにかかるのが目に見える。
ま、そうなったらそうなったで、また別に問題が発生するだろうがな。
「・・・しかし、こんな夜にまで空いてるんだな、組合は」
「組合員の方は昼夜問わず訪れますから。勿論忙しい時間帯程人は訪れませんので、職員の数は昼間ほど居りませんが。それにこの時間帯の給金は少し高いので、割と人気なんですよ?」
「そうなのか。てっきり皆帰りたいものかと」
「家族がいる方はそうですけど、独り身の人間には割のいい仕事ですから」
成程と思いながら周囲を見回すと、その数人の職員は皆暇そうにしていた。
勿論何もせずにぼーっとしてはいないが、昼間の様に忙しい気配は無い。
書類整理一つとっても、どこかのんびりした空気を感じる。
たしかにこれは、忙しい時間と比べると割のいい仕事かもしれないな。
「なら俺は、今度からこの時間に来た方が楽だな。人が多いと面倒だ」
「え、いや、えっと・・・それは・・・」
「なんだ、何か問題があるのか?」
「ええとですね・・・」
職員は少し困った様子を見せ、チラッと支部長に目を向ける。
すると支部長は小さくため息を吐いてから俺に目を向けた。
「うちの支部の話では無いけど、過去に色々と不正があったのよ。夜中で人が少ないって事を利用した不正がね。だから夜中に素材の預かりや事前の査定は出来るけど、査定が終わったとしても支払いは出来ないのよ。という訳で、結局昼間に来てもらう事になるわ」
そういう事は早く言え。お前隣に居たんだから説明できただろう。
いや、これは八つ当たりか。戻ると決めたのは俺な訳だし。
「というか、日が落ちてからは職員が通常通り居ない限り出来ない、っていうのは組合証を作った時に教えられるはずなんだけど・・・どこの組合なの、貴女が組合証作った所」
「街の名前は・・・忘れた」
「・・・そう、何となく、貴女に組合証渡した人物の考えが解ったわ」
物凄く残念な人間を見る目を向けられている。
仕方ないかもしれないが、お前だけには向けられたくない。
これも結局、あの門番が言っていた事が当てはまる形か。
悪党として生きる事に悔いはないが、こんな弊害が発生するとは。
これからも似た様な事態が起きる、と思っていた方が良いな。
「・・・なら、俺はもう帰る。腹が減った」
「隣に酒場があるから・・・と思ったけど、貴女が行くと面倒な事になりそうね」
「同感だ。それに宿の食事は美味い」
「うちも自信はあるけど・・・いえ、止めておきましょう。せめて昼間にしましょうか」
お互い酒場の方へと目を向け、騒ぐ男共に呆れた視線を向ける。
俺があの場に向かえば、間違いなく面倒が起きるだろう。
ならとっとと帰って宿で食事を――――――。
『おー、これ美味しぃー!』
「おい、俺の肉がねえぞ。誰だ食った奴は」
「ああ? 知るかよ、飲み過ぎて覚えてねえだけだろうが」
「んだとこらぁ! まだ酔ってねえよ! てめえか食ったのは!」
「ざけんなてめえ! 俺が人の物とる様な稼ぎに見えんのかゴラァ!!」
・・・うん、帰ろう。俺は何も見ていない。何も知らない。
支部長が大きな溜息を吐いて酒場に向かうのを見てから、俺はそっと組合を出た。




