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第57話、武具要望

「ええと、話に割り込んで申し訳ないけど、お嬢さんは今防寒具を持ってない、のよね?」

「ん、ああ、そうだな」

『もってないです!』


 とりあえず支払いが決まった所で、店主の娘がそんな事を訊ねて来た。

 何を当たり前の事をと一瞬思ったが、そうでもないなと思い直す。

 俺が頼んだのは防具にもなる防寒具であり、普通の防寒具の事は話していない。


 とはいえ今の恰好を見ている以上、念の為の確認かもしれないが。


「ちょっと待ってて。私の昔の服残してるから、多分あれなら着れると思う」

「え、おい」


 娘は俺の返事を聞く前に走り出し、店の奥へと消えて行った。

 突然の行動に少々あっけにとられていると、店主が苦笑しながら口を開く。


「悪いな嬢ちゃん、迷惑じゃなかったら受け取ってやってくれねえか」

『仕方ないなぁ。ちゃんと可愛い服じゃないと駄目だよ?』


 何故お前が返事をする。しかも可愛かったら張り合う癖に。

 いや、そもそも何で張り合うのかが理解出来ないが。


「俺としては助かるが、良いのか? 下手をすれば防寒具はもう良い、って話になるだろう」

「嬢ちゃんの使用目的考えたらそうはならねえだろ。娘の古着だぜ?」


 それもそうか。あの娘が街の外に出れるはずも無く、戦闘用の服では無いだろう。

 となれば普通の防寒具であり、だがこの辺境で寒さを耐えられる防寒具か。

 とりあえずの一時凌ぎとしては大分助かるが・・・二階が騒がしいな。


「随分ひっくり返してやがんな。どこに仕舞い込んだか忘れてやがんな?」

「それだけ捨てたくなかった物ではないのか。良いのか、そんな物を受け取って」

『大事な物なの?』

「あん? 良いんだよ、服なんて着られてこそだろ。勿論アイツが大事にとっておきたいなら話は別だが、誰かに着て欲しいって言うならそれこそ好きにしたら良い。違うか?」

「・・・いや、そうだな、その通りだ」


 確かに大事であろうが無かろうが、渡そうとしている人間の感情が優先か。

 ならば有難く受け取るとしよう。実際物凄く有難いしな。


「んでだ、あの調子だともう少し待たされそうだし、今の内に要望を聞いておきたいんだが」

「要望?」

「ああ。何かないのか。デザインとか、材質とか」

『ギャーンてしててバーンてしててズガーンって感じのでお願いします!』


 何も解らん。コイツの言葉が誰にも聞こえてなくて良かった。

 絶対ただ周囲を混乱させるだけだぞコイツ。


「特にないな・・・ああいや、二つあるか」

「お、何だ?」


 店主は俺の返答を聞き、紙とペンを手に取って聞き取る態勢に入る。

 恐らく他の注文でも同じ様にやっているのだろう。


「一つは手袋だ。俺の戦闘の仕方は基本的に近づいて殴るだけだ。だから手袋の類は頑丈な物が欲しい。もしくは頑丈な手甲かだな。殴っていて破れた、という事態が無いと嬉しいんだが」

『確かに壊れそう!』


 いい加減殴る以外の戦い方をするべきかもしれないが、これが一番楽なので仕方ない。

 特に先日の強化方法を会得した事で、尚の事武器を持つ利点を感じられなくなった。

 いや、一応武器も強化できる様なので意味が無い訳ではないが。


「成程・・・もう一つは?」

「靴だな。こっちも理由は近い物で、俺は踏み込みに力を入れる時がある。それに出来れば蹴りも打てるようにしておきたい。むしろ手袋よりも靴の方に力を入れて欲しいな。足が冷えると本当に辛いものがある。多少高くついても良いので頑丈な物が欲しい」

『靴何回か壊してるもんね、妹』


 手袋は壊れても最悪何とかなると思っている。

 だが靴は駄目だ。靴は壊れたら辛すぎる。

 雪の中冷気と水気が浸み込む靴など履きたくない。


 精霊の言う通り何度か靴を壊しているので、かなり真剣に頼んでいる。


「ふうむ、要望は解った。見た目は気にしないんだな?」

「気にしない。使える物であれば構わない。ああ、動き易さは出来ればほしいが」

『えぇー!? ぎゃーんって感じにして貰わないの!?』


 せめて意味が解る様に喋れ。何をどうしたらぎゃーんとなるんだ。


「そっちは元からそのつもりだ。とはいえ防寒具である以上、限界はあるぞ」

「解っている」


 寒さを防ぐ機構にするには、どうしたって内部構造が大きく必要になる。

 肌着に薄くて暖かい物は有ったが、アレは上着が存在してこその温かさだ。

 熱を中に閉じ込める物が無ければ意味を成さない。下手をすると更に冷える。


 機能性は確かに欲しいが、そのせいで寒さを防げなければ意味が無さ過ぎる。


「後は今の壊れない様にって要望なんだが・・・嬢ちゃんの拳の威力がどれぐらいなのか、具体的に知りたいな。とりあえず武器を試す場所が隣にあっから、付いて来てくれ」

「解った」

『ついてくー!』


 防寒具の為に必要だというのであれば、異など有るはずも無い。

 言われた通り素直に移動し、試し切り用らしき木に目が行く。

 幾つか土台の様なものがあり、そこに差し込んで使う様だ。


「んじゃまぁ、これぶん殴ってくれるか?」

「・・・全力か?」

「そうだな、ああいや、靴脱いだ方が良いか。寒いかもしれないが」

「・・・そうだな」


 寒くて本当は脱ぎたくないが、踏み込んで壊れても困る。

 嫌な気持ちを顔に出しながら靴を脱ぐと、震える支部長の姿が目に入った。

 今度は何がツボに入ったんだコイツ。笑い所が良く解らん。


「顔・・・今の顔・・・くっ・・・!」


 人の顔見て笑ってやがる。本当に何なんだこいつは。

 最早腹立たしさも覚えなくなりながら、土台に木の棒を差し込んだ。

 そして無造作に踏み込んで、そのまま殴り抜いて粉砕する。


 ただ足元は土になっているので、特に被害らしき物は無い。

 土の衝撃吸収力は高いからな。意図的にやらないとそう被害は出ない。

 被害があるとすれば、土が冷えて俺が寒い事ぐらいだ。


「こんな感じだ。もう、靴を履いて良いか」

「あ、ああ、わ、解った・・・いや、すげえな・・・」


 若干呆けた様子の店主から許可を貰い、そそくさと靴を履き直す。

 とはいえ既に冷えてしまった足は、靴を履いても冷たいままだが。


「今の、全力じゃなかっただろ、嬢ちゃん」

「解るのか?」


 どうせ全力でなくとも粉砕すると思い、そこまで力は籠めなかった。

 とはいえ魔獣を殴り飛ばす時程度には力を込めている。

 後単純に寒くてとっとと終わらせたかった。


「余りに力みが無かった。あれで本当に全力なら余程の達人だろ」


 あの一撃でそこまで解る物なのか。流石は武具店の店主という所か。

 ならば尚の事、全力を出す必要は無かった様で幸いだ。


「・・・これはちっと難しい注文になるなぁ」

「高くなる、という事か?」

「それはそうだな。嬢ちゃんの動きに耐えられる物となると、高くなるのは避けられねえな」

「どれぐらい高くなる?」

「すまん、正直解らん」

「解らない?」

「色々と試して貰って、それでもだめなら別のモノを、となると思う」

「試した道具も料金を取るという事か」


 それは随分と、際限なく高くなりそうな話だ。

 流石にそうなると、手持ちでの支払いが確実に出来なくなる。


「いや、今のは言い方が悪かったな。嬢ちゃんが扱って壊れそうにないか、作る前に色々試して貰いたいと思う。その際に壊れた素材の料金は要らねえ。いい経験になりそうだしな」

「・・・俺としては有難い話だが、本当に良いのか?」

「嬢ちゃんが魔獣を倒してくれりゃあ、その分安全になる。良い物作って渡しておけば、強力な魔獣が出て来た時に対処もし易いだろう。打算も考えての事だよ」

「打算、ね」


 何処が打算なのかと、疑問しか湧かない話だがな。

 たとえ危険な魔獣が出て来たとしても、この街には領主軍が居る。

 そうでなくとも組合員達の中にも手練れが居て、犠牲は出ても対処は出来るはずだ。


 武具店の店主が態々そんな事をしなくとも、別に誰かがこの街を守る。

 特に立派な店を構えている以上、領主に少なくない税金も払っているはずだ。

 守って貰える理由はあっても、その為に他の努力をする必要は欠片も無い。


 つまり利益になる様な事は何も無く、むしろ損害を被る事になる。

 ならこの男の言っている事は、ただのお人好しが理由をこじつけただけだ。


「・・・まあ、お前がそれで良いなら、俺は構わない」


 本当に、何故悪党として生きる様になってからの方が、こういう人間に会うのか。

 いや、悪党だからこそお人好しを利用出来る様になった、という事かもしれんな。


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