第55話、防寒武具
「ここ、か?」
『ここー?』
防寒具が欲しい事を伝え、そこで教えられた店の前で疑問を呟く。
何せ店の様子を見る限りでは、どう考えても衣服店という様子は無い。
はっきりというならば、武具店と言うのが相応しいだろう。
何せそれを示す様に、看板には武器と防具が描かれているしな。
「ええ、ここよ」
そしてそんな俺の疑問に対し、頷きながら応える女。
何故か支部長自らの案内でここまでやって来た。
流石に外は寒いのか、組合に居た時と違い上着を羽織っている。
「ここは武具店ではないのか?」
「そうね、武具店よ。でも貴女の場合、こういう所の方が良いでしょ。魔獣の居る森に入って行くつもりなら、壊れ難い物の方が良いんだし。このコートもここで作った物だけど、とても長持ちだし着心地も良いわよ。体型にもしっかり合わせてくれてるし」
そうだな。ぴったりどころか、肢体を見せつけてるのかと思う感じだがな。
何せ胸や腰、尻の形までがはっきりと解る。完全なオーダーメイドだ。
おかげで道中、男共の目がしょっちゅうこの女を追っかけていた。
声をかけようとした者も居たが、隣に居た俺を見て大体は諦めている。
子持ちと思われていた感じっただな。それでも声をかけて来た奴は居たが。
この女の体は、たとえ子供が居ようとも魅力的に映る様だ。
俺も頭では理解できるんだが、どうにも男共がアホに見えて仕方ない。
「さ、とりあえず入りましょ。貴女も上着を着ているとはいえ、その恰好じゃ寒いでしょ?」
「そうだな、大分着込んだつもりだったんだが」
『兄は平気ー!』
寒くて帰って来たのだから、当然寒くない様にと着込んだつもりだった。
だが外を出歩くうちに冷えて来て、現状の恰好では段々寒く感じている。
とはいえ手持ちの服でこれ以上着込もうとすると、もこもこで動き難い。
動き難さを無視して動いたりすれば、服が駄目になる予感もある。
となればやはり、動き易い防寒具は必須だろう。
何より靴だ。靴が欲しい。ブーツの類が良い。足が一番冷える。
「はーい、いらっしゃい。あ、支部長さん、お久しぶりですね」
中に入ると可愛らしい女が出迎え、人好きしそうな笑顔を向けて来る。
案内をしたのだから当然なのかもしれないが、支部長の事を知っているらしい。
「今日も元気ね。お父さんは奥かしら?」
「はい。呼んで来た方が良いですか?」
「ええ、お願いするわ」
そして二人がそんな会話をしている間、俺は武具店を眺めていた。
看板通りに武器と防具がある程度置いてあるが、そこまで良い物には見えない。
どうも中古や数打ちの品といった物が並べられている様に見えるな。
そして並んでいる物は武具だけでなく、衣服の類も置いてある。
女が今着ている様な、頑丈そうなコートの類だ。
こちらも中古品らしいが、上着以外にも色々な衣服が置いてある
「思ったより、服の割合が多いな」
『おー、でっかい剣がある! 妹より大きい!』
少し驚きつつもそんな感想を口にし、精霊は何が楽しいのか武器の辺りを飛び回る。
「鎧代わりの服を好む人も少なくないもの。このコートの皮も、本来なら皮鎧用の皮よ。柔軟性を持たせて衣服として使えて、強度は鎧と同じ。物によっては鎧より良い場合もあるわね。勿論その代わり、普通の皮鎧より高くなる事が多いけど。手間がかかるからね」
本来なら戦闘用の防具素材で、衣服として使える防寒具を作るのか。
それは確かに、冬の山を突っ込んでいく人間には重宝しそうだ。
幾ら暖かい上着だとしても、傷ついて破れたら防寒の意味を成さなくなるしな。
「貴族なんかも、万が一に備えて防具になるベストを中に着てたりするわよ。身の危険を覚える貴族は全身防具みたいな服で固めてる事もあるわね。当然ながら下手な高級服より高くなるわ。それだけの金を持っているって時点で、色々とやらかしてる感じがするわよねぇ」
「やはり、そういった連中も居るのか、貴族には」
今の所俺が出会った貴族は、余り恨みを買わなさそうな人間が大体だった。
本当に貴族らしい貴族というか、自分の役目を理解して居る人物が。
勿論それはそれで疎ましく思う者も居るだろうがな。
むしろ貴族社会を考えるなら、そういう人間こそを排除したいと思う者も居るか。
「まあ防具で固めてるからと言っても、この街の領主様みたいな事情がある人も居るけど」
「何かあるのか?」
「辺境は危険。それだけで理由なんて十分でしょう」
「・・・言われてみればそうだな」
辺境には魔獣が多く、それは同時に危険であるという事だ。
領主の命は平民よりも重い。命は平等などという道徳は意味を成さない。
危険な場において統治者の存在は、何よりも優秀な統治者の命は誰よりも重い。
ならば金をかけて防具を纏った所で、文句を言うのは馬鹿しか居るまい。
逆に危険地域で愚者が統治者であれば、とっとと死んだ方が街の為だが。
「おう、いらっしゃい。今日はどうした?」
「彼女の防寒具をお願いしたいのよ」
その辺りで奥から男が現れ、女の言葉を聞いて視線を俺に向ける。
恐らくこの男が店主なのだろう。可愛い娘とは似ても似つかない厳つい男だ。
店主は俺をじろじろ見た後に、はぁと大きな溜息を吐いた。
「なあ支部長さんよ、うちを重宝してくれるのは有難いと思うが、ガキンチョにうちの防具は高いだろう。それとも何かい、そちらのお嬢さんは何か事情の有る令嬢様かい? そうでないなら普通の服屋で防寒具買った方が、安く済んで良いと思うがね」
店主は俺の恰好を見て、絶対に違うとは思いながらも令嬢かと訊ねた。
それなりの衣服を重ね着しているが、どれも令嬢が着る様な服ではないからな。
一応ドレスの類は鞄の中に在るが・・・アレを普段着にする気は起きない。
「彼女は冬の雪山に突っ込むつもりなのよ。それ相応の物が要るわ」
「・・・は? 支部長さんよ、流石に冗談だよな」
「冗談でも何でもないわ。彼女は私より強いし、何なら今この街で一番強い可能性まであるわ」
女はハッキリと俺の事を告げるが、それでも店主は怪訝な表情を見せる。
組合支部長の言葉だとしても、こんな小娘が強いと言われても信じられないのだろう。
「俺を揶揄ってるのか?」
「そんなつもりは無いのだけど」
店主の反応が解っていた、とばかりに女は胸の下で腕を組んで応える。
その行動により店主の視線が胸に行き、娘はそんな父に軽蔑の目を向けていた。
ただ娘の様子に気が付いた父は、コホンと咳払いをして視線を上げる。
子持ちだからか組合の男共とは違うな。アイツら胸や尻見ながら話してるからな。
支部長以外の女性受付けや、女性の組合員相手でも結構視線が顔に向いてない。
「んじゃ嬢ちゃん、これぐらいは持ち上げられるよな?」
店主は無造作に置いてある武器の一つ、そこそこ大きめの槍を手に取った。
そして俺に持ち易い様に差し出したので、手を伸ばして受け取る。
「普通両手で・・・いや良いか。手を離すぞ」
店主はそう言って手を離し、ただその手は離れ切っていない。
恐らく俺が取り落とすと思っての事だろう。
だがこの程度の槍を片手で持てなければ、魔獣を殴り殺す力など無い。
「これで良いのか」
「・・・マジかよ。その細腕のどこにそんな力が有るんだよ」
それに関しては俺も少々疑問はあるが、そういう生き物だと思うしかない。
そもそも精霊と魔獣が混ざってる時点で、筋肉の構造が人間と違うだろうからな。
「何ならそこの一番大きい大剣を振り回しても良いぞ」
「・・・店内で振り回されるのは困るが、持ち上げられるのかは見てえな」
「解った」
男に槍を返し、立てかけてあった一番大きい大剣を手を伸ばす。
『あ、それ兄が良いなって思ってたやつ! ねえ買うの!? 買うの!?』
買わない。俺に武器など要らない。少なくとも今の時点では。
大体これは特に何の効果も無さそうだし、殴るのと何も変わらないだろう。
精霊に心の中で突っ込みながら、大剣を片手で持ち上げる。
「これで良いか」
「・・・解った。俺が悪かった。そんな芸当が出来る嬢ちゃんを疑う気はねえよ。魔獣の居る雪の山道を突っ切れる防寒具だな。任せろ・・・と言いたいが、問題が有る」
「問題?」
「手元に素材が無い」
それは、確かに問題が過ぎるな。




