第54話、つい
「あはははは! げほっ、けほっ、うくくっ、あははははは!!」
『すっごい楽しそー』
この女むせるまで笑って、それでも止まらない。
当然そこまで笑っていたら、周囲の人間達もこちらを気にする。
何せ騒いでいる人物は支部長だ。大笑いで揺れる胸も大分目立つ。
だが女は周囲の視線にも気が付かず、むしろ余裕がないのか笑いながら腹を抑える。
「ひぃ、く、苦しい、わ、笑いすぎて、お、おなぎゃびゅ!?」
『おお、ゴンって音した! いたそー』
なので腹を押さえて頭が下がって来た所に、デコピンを当てて黙らせた。
中々の勢いでのけぞり、そのまま後ろに倒れて後頭部を床板にぶつける。
結構な音がした上に倒れたのが支部長なので、当然ながら周囲の驚きは大きい。
それでも尚潰れ切らない胸に視線を向ける男共は、ある意味清々しいな。
「うわっ、ちょ、今凄い音したぞ!? だ、大丈夫か!?」
「あっ、がっ・・・うぎぃ・・・!?」
鎧男はその光景に驚きつつも、女の事を心配する様に声をかける。
だが女は仰向けで首と後頭部を抑え、応える余裕は一切無い。
それを見て受付奥の職員が慌てており、誰かを呼びに行くように指示していた。
周囲も流石に支部長の様子が危ないと思ったのか、ざわざわと心配そうな気配になる。
「お、おい嬢ちゃん、流石にやり過ぎじゃないか?」
「・・・ムカついたから、つい」
『ついじゃ仕方ないね!』
正直に話すと、デコピンをしたのは殆ど無意識だった。
頭がちょうどいい位置に有るなと思ったら、既にやってしまっていた。
でも間違いなくムカついての行動で、無意識でなくともしていた気がする。
いや、うん。やったな。間違いなくやったと思う。だって腹が立ったし。
今の俺は悪党なのだから、これぐらいはやってもおかしくないだろう。
とはいえ流石に少し力を籠め過ぎたか、とも思わなくもない。
「ったく」
未だに痛みで呻く女の首に手をそえ、昨日覚えたばかりの治癒術を使う。
自己治癒の方なので、痛みが引くのも早くなるだろう。
いや、こっちじゃない方の治癒がどうなるかは良く知らないんだが。
「痛みはマシになって来ただろう」
「ううっ・・・まだ痛い・・・もう少しぃ・・・」
「・・・お前、本当に・・・いや、もう良い」
何と言うかこの女は、人を呆れさせて脱力させる天才だな。
どうでも良くなってきた俺は、女が回復するまで治癒をかけ続ける。
そして受付奥から魔術師らしき女が姿を現した所で術を切った。
「治癒師か?」
「え、えと、専門じゃないけど、それで呼ばれて・・・でももう要らない、かな?」
「さてな、気持ちよさそうにしてるこの女に確かめてくれ」
『多分もう大丈夫?』
途中からもう表情が良くなって、血色が更に良くなっていた。
ここぞとばかりに治癒を受けていた女は、もう何をする必要もないだろう。
その証拠に会話している間に起き上がり、胸の下で腕を組んで笑顔を見せる。
「もう大丈夫よ。ごめんなさいね、手間をかけて」
「い、いえ、ご無事ならそれで。じゃあ私は戻りますね」
「ええ、ありがとう」
何処かへと向かって行く魔術師を、支部長然とした態度で見送る女。
だが今更そんな態度を見せていても、先程の醜態が無くなる訳ではない。
男共は胸しか見ていなかった気もするので、効果は有りそうな気がしてしまうが。
いや本当にお前ら視線が胸か足か尻しか向いていないな。
「貴女、治癒術も使えるのね。しかも高度な」
「高度なのか、これは」
「無意識でやってたの・・・本当に何から何まで規格外ね、貴女・・・」
そう言われてもな。俺にはこの世界の魔術の基礎知識がない。
これも昨日覚えたばかりの技で、しかも消費を抑える為の技だと認識していた。
いや、だからこそ高度な技なのか。消費を抑えて他人の回復を何度も出来るのだし。
「おーい、何時までそっちに居るんだ! 問題無いなら戻って来いよ!」
「あ、悪い、今行く! 嬢ちゃん、またな」
そこで鎧男が仲間に呼ばれ、人の列の中へと入って行った。
どうやら仲間が並んでいた様で、一斉にカードを出して処理して貰っている。
アレは良いのだろうか。列から外れたのに、後ろの者達は不満じゃないのだろうか。
等と思ったが誰も気にした様子は無い。なら良くある事なのか。
俺が並んでいる訳ではない以上、どちらでも構わない事ではあるんだが。
「それにしても流石に酷くないかしら。幾ら笑ったからって、それぐらいであそこまで力強くやる事ないじゃない。首がもげて後頭部が砕けるかと思ったわよ?」
「笑いの我慢を諦めた上にむせるまで笑ってた奴が言うと中々な説得力だな」
「うっ、だ、だって、貴女が失敗した事が、ツボに嵌っちゃったんだもの・・・」
「どうなってるんだ貴様の笑いのツボは」
そこまで面白い事をしたつもりは無いし、そこまで笑ったのもコイツだけだ。
「だって、寒い・・・寒いって・・・あれだけ自信満々に出て寒いって・・・!」
しかもまたプルプルと震えて笑いを堪えてやがる。
今度は大笑いする事はないが、それでも会話出来る様子じゃない。
だが俺のジト目に気が付いた女は、深呼吸をして無理やり笑いを抑え始める。
「んんっ、そうね、人の失敗を笑うのは良くないわよね。誰にだってある事でしょうし」
「・・・散々笑った後でなければ良い言葉だな」
「ごめんなさい。反省してるわ」
おい、反省が顔に出てないぞ。まだ笑いそうにしながら言うな。
「それで、ええと・・・何か用が有ったの、よね?」
「まあ、そうだな。人が多いし絡まれたから帰ろうと思っていたが」
「なら丁度いじゃない、何の用なのかしら。長くなるなら奥で聞くわよ?」
「長くはならない。防寒具を買うのにいい店はどこか聞きたかっただけだ」
「ああ、成程。さむぶふっ・・・寒いもの、ね・・・!」
もう一発入れてやろうかこコイツ。




