第52話、撤退
門を通り森の奥へと向かい、道中襲い掛かって来る魔獣を殴り倒しながら進む。
当然ながら魔核は一応回収し、死体は置いて行く事にした。
他の者達からすればふざけるなと言うだろうが、俺の目的は金稼ぎじゃないからな。
そうしてずんずんと進んで行き――――――――。
「おかえり、嬢ちゃん」
『ただいまー!』
ニッコリ笑顔で迎える門番の所まで、夕方に戻って来る破目になっていた。
俺が今日中に帰って来ると予想していたのか、門番はやけに機嫌がいい。
逆に俺の気分は最悪で、不満だという表情を門番に向ける。
「いやぁ、無事で何よりだ」
「貴様、こうなる事が解って、黙っていたな」
「人聞きの悪い。別にわざと黙っていた訳じゃねえさ。それに帰って来るかどうかは半々ぐらいだと思ってたぜ。そんな軽装で行くんだから、全部承知の上で向かったのかもしれないだろ?」
門番に半眼で不満をぶつけるも、どこ吹く風と言った様子で返された。
その発言に疑いのまなざしを向けるが、続けた言葉に何も言えなくなる。
「危ないから止めたのに、砦を乗り越えていく嬢ちゃんだ。忠告を聞くか怪しいと思うのが普通じゃないか。それに色々言われるのも嫌いみたいだし。だからとりあえず見送って、帰って来るならそれで良いかと。帰って来るなら、嬢ちゃんなら怪我しないだろうし」
「・・・そうだな。俺が悪かった」
『妹は反省出来る子。偉い!』
門番の言う事は正しい。愉快気な様子が気に食わないが、言っている事は間違いなく正しい。
今回俺は、自分の情報収集と確認の不足から、街に帰って来ざるを得なかった。
だがこの男は、半ば確信して見送った気がするのは気のせいだろうか。
「一気に寒くなり過ぎだろう。何だ、この急激な気候の変化は」
「ははっ、この辺りは突然寒くなるからな。奥の方はもう雪が降ってたんじゃないか?」
「ああ、積もっていた。これでもかという程にな」
『びゅーびゅーふぶいてたー!』
この辺りは暖かいと思い、門番の言う通り軽装で森に向かって行った。
だがやけに寒くなって来たなと感じていたら、途中から吹雪き始めやがった。
理解不能な事態に驚き、一旦戻ってみると更に気温が下がり始める始末だ。
どんどん下がる気温に、軽装では不味いと帰って来る事になってしまった。
正直な所今も結構我慢している。寒いのが辛い。
多少寒いぐらいなら我慢出来るが、我慢できる寒さを越え始めている。
「もう少ししたら、この辺りも雪が降る。ちゃんと防寒具買っときな。それとこれに懲りたら、今度からはもう少しちゃんと人の話は聞くんだぜ」
「・・・善処しよう」
『気を付けまーす!』
悔しいが、心の底から悔しいが、今回ばかりは何も反論できない。
ちゃんと忠告を貰える状況であれば、こんな二度手間は防げたのだから。
それにしても防寒具か。新しく買わないといけないな。
荷物の中に上着は一応あるが、軽めのコートの類しかない。
雪の降る寒さの中に耐えられるような服は、この街で買うしかないだろう。
というか、ブーツと手袋も欲しい。寒い。とにかく寒い。寒くて痛い。
「うげっ」
『雪降って来たー』
「おー、もう街にまで降って来たか、今年はかなり早いな。でもこれぐらいなら積もりはしないかな。積もると屋根の雪を落とさないと危ないんだよなぁ・・・出勤も滑るし」
「何が突っ立っているだけだ。どう考えても過酷じゃないか」
「ははっ、農家も大変だと思うけどな。この街にも無い訳じゃねーし」
確かにどちらも過酷だな。ただ過酷さの種類が違う気もするが。
「しかし、防寒具買えって言っておきながらなんだけど、本当にこの寒さの中奥に行くのか?」
「まだ何か忠告された方が良い事が在るのか。あるなら教えて欲しいものだな」
「そんなに拗ねるなよ」
「拗ねてない」
『拗ねてる?』
別に拗ねてない。拗ねている様に聞こえたなら、ただ寒さを我慢してるせいだ。
「いや、辺境ってこの調子だから、冬場は森に出ない人間の方が圧倒的に多いんだよ。森の獣達も大半は冬眠するから、あんまり危険も無いしな。勿論全くって訳じゃ無いが。それでも頻繁に狩る必要が無いのもあるし、雪も降るしで、冬場は皆外に出なくなるんだよ」
まさかと思ったが、あの吹雪を見た後だと反論も出て来ない。
実際寒さに負けて逃げて来た訳で、その事を思い出すと凄く情けない気分になる。
「冬場を乗り越えるまで稼げなかった奴とかは、雪でも吹雪でも関係無く出て行くけどな。あとは何かやらかして金が要る奴とか。そうでない限り、大体は冬場は休んでる奴が多いぞ」
「・・・つまり、それぐらい、冬場は外がきついという事か」
「うん。門番の俺が言うんだから、説得力あると思うぞ」
「これ以上ない程に説得力が有るな」
『寒そうだもんねー』
雪が降ろうと吹雪こうと、関係無く門の警備をしなければいけない門番達。
本当なら彼らも休みたいだろうが、そういう訳にもいかないだろう。
冬眠している獣が多いとはいえ、万が一という事は起こりえる。
それに空飛ぶ魔獣の類が襲ってきた場合、発見速度が一番重要だろうしな。
彼らが毎年どんな思いをしているか、想像するだけで寒くなる。
「・・・セムラ達がこのタイミングで出て行ったのも、これが理由臭いな」
ゲオルド、ヒャール、セムラの三人は、また護衛依頼を受けて街を出て行った。
ただセムラはもう少し休みたそうで、けれど反対はしなかった。
この状況から鑑みるに、雪の中を移動する羽目になるのを避けたのでは。
もしくは雪で身動きが取れなくなって、街から出れなくなるのを嫌がったか。
知っていたなら忠告の一つでも欲しかったが、それは流石に贅沢か。
「事情は分かった。色々と忠告感謝する。とりあえず防寒具の類を手に入れてから、奥に行けるかどうかは様子見するつもりだ。流石に寒すぎて、あの吹雪の中は辛かった」
「ははっ、そうしてくれ。その方が俺も心配しなくて済む。店は・・・いや、俺が知ってる所よりも、組合で聞いた方が良いかもな。狩りに行く人間用の装備の方が良いだろうし」
「兵士の装備は違うのか?」
「俺達の装備は支給だからな。寒かったらその中に自前で着込んでるだけだ。派遣組合の人間みたいに、雪の中の森や山を突っ切る様な装備じゃないだろ?」
「そうか、その辺りも考えないとか。忠告感謝する」
「おうよ、気を付けてな」
門番に礼を告げてその場を去り、とりあえず急いで宿へと向かう。
宿に入ると女将と目が合い、ニマッとした笑みを向けて来た。
「お帰り。やっぱり帰ってきたかい」
「・・・女将もそう思っていたのか」
「おや、誰かに同じ事を?」
「門番にも言われた」
「ははっ、そうかい。まあ無事に帰ってきて良かったよ。ほら、鍵」
愉快気に差し出された鍵を受け取り、無言で部屋へと戻って鞄を開ける。
そしてとりあえず重ね着できそうな服を着て、何とかひとごこち付いた。
とはいってもすぐ温まる訳でも無く、寒いのは寒いままなんだが。
「・・・いや、良く考えたら、魔術でどうにかなったかもしれないな。試せばよかった」
今更遅い話ではあるが、寒すぎて思考が回っていなかった。
まあ、帰ってきた以上仕方ない。あって困る物でも無いし防寒具買おう。




