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第50話、奥へ

「全く、手間を取らせてくれびゃばぁ!?」


 ふっと息を吐いてから周囲に視線を走らせた女は、俺を見て奇声を上げた。

 今になって俺の存在に気が付いたらしい。だとしても驚きすぎだろう。

 別に組合に来るのはあれから始めてでも無いし、一応顔も合わせているだろうに。


「支部長、どうしたんだ?」

「あ、あれって、掲示板の」

「噂の子供か・・・ただの子供にしか見えねえけどな」

「おい、馬鹿、あれ絶対不味いぞ。足元に変なのが居る」

「あん? 何も居ねえぞ?」

「いいから、絶対絡むなよ。頼むから。アレは不味い」

「俺あの子が戦う所見たから解るけど、見た目子供だけど化け物だった」

「ひっ、あいつ・・・!」

「なにビビってんだよ。支部長の後ろ盾があるってだけだろうが」

「お、俺はお前が殴り飛ばされても助けねえからな」

「ははっ、別に罰則がある訳でもねえみたいだし、何がそんなに怖いんだか」


 当然ながらそんな態度を見せれば、周囲の組合員の興味は俺へと向く。

 反応は未だにまちまちで、俺を侮る者も少なくない。

 狩った魔獣の持ち込みもしているが、それでも俺の力を信じない者は居る。


 不思議な話だ。力が無ければ辺境で生きて行けないと知っているだろうに。

 勿論直接殴り飛ばした者や、俺の戦いを見ていた者は反応が違うが。

 それに・・・精霊に気がついた奴が居るな。中々の魔術師が居るらしい。


『きゅう・・・僕は、僕はこのまま妹の足の下で死ぬのか・・・!』


 俺の事を脅威とは感じずとも、足元の精霊の存在に脅威を感じている。

 絡まれないなら何でも良いと言いたいが、これのせいで助かると思うと複雑だ。


「んんっ、来てたのね、ミクさん」


 わざとらしい咳払いをして、気持ちを入れ替える女。

 切り替えだけは早い。そこだけは認める。


「来てはまずかったか」

「そんな事言ってないでしょう。組合は何時だって貴女を歓迎してるわよ」

「どうだか。化け物を見た様な反応だっただろう」

「そ、それは、気構えてなかったから、少し驚いただけで・・・」


 目どころか顔ごと逸らし、胸元で手をむにむにと弄りながら応える女。

 当然女の大きな胸が何度も形を崩し、男共の視線が集中している。


 ・・・こいつは無意識にやっているんだろうか、コレ。


「揉みてぇ」

「足も良いと思う俺」

「あのスリット目に毒だよな」

「眼福の間違いじゃねえの?」

「尻も中々。張りがある感じだけど柔らかそうなんだよな」

「あれで強いんだからなぁ、下手に手が出せねぇ」

「俺あの子に感謝だわ。良い物見れた」


 されたくない類の感謝をされた。俺は何もやっていない。

 というかこいつは、自分に対する言動を許容しているのだろうか。

 無神経な発言の数々は、どう考えても耳に届いているだろうに。


 と思っていると、女は背筋を伸ばして男達に流し目をした。

 その表情は先程と違い、自信に満ち溢れている様に見える。

 成程。理解は出来ないが、この女にとってはアレは評価な訳か。


 いや、ただ見られて気持ち良くなる変態の線もあるな。


「ミクさん、何か酷い事を考えてないかしら?」

「そんな事は無い」


 酷くはない。素直な感想を考えていただけだ。

 そもそもあの発言で胸を張る女は余り居ないだろう。

 等と考えていたら、奴は俺の耳元に口を寄せて来た。


「この程度の恰好を見せる程度で、男共が大人しくなるなら安い物でしょ。私を見る事が利点になるなら、幾らでも見せてやるわよ。女らしい羞恥なんて、職員の給金に比べたらゴミよ」

「・・・成程」


 何だろうな、情けない姿を見せた後に、立派な理由を聞かされる何とも言えない感じは。

 支部長として、責任者として、出来る事をやっているのは間違いない。

 ただ初対面の印象が余りに悪すぎたせいで、どうにも素直に認めるのが難しい。


「それに自信満々にしていると、女の組合員からの評判だって良いのよ。男共を手玉に取ってる女傑って感じでね。支部長って言っても、働く組合員が居ないと何も意味が無いもの。組合員のご機嫌や人気取りが出来る人間の方が、困った時に組合員も協力してくれるでしょ」

「打算的な事だ」

「あら、良いじゃない打算。私は大好きよ。下手な矜持なんか要らないわ、私は」


 矜持など要らないと言いながら、この女は支部長という役職の為に体を張る。

 先代に押し付けられたと言っていた役職を、職員の為と言いながら。

 それは打算ではあるかもしれないが、既に矜持と言って良い行動だろう。


 とはいえこの女を誉めるのもしゃくなので、口に出す気は一切ないが。


「襲われたり、嫉妬もあるだろう」


 故に俺の口から出たのは、その矜持による弊害。


 確かにこの女の態度を見て、好意的な視線の方が数は多い。

 だが数が多くはあっても、やはり気に食わないという視線だってある。

 特に男と一緒の女の組合員か。こいつの胸を見て睨んでるな。


 俺としては、目を奪われている男に文句を言うべきだとは思うが。


「あら、さっきの光景を見てなかったのかしら。襲わないと女に手を出せない様な連中は叩きのめすし、嫉妬に狂う様な女も同じ事よ。その程度の人間にそうそう負ける気は無いわ」


 女に手を出したいというだけなら、金のある組合員なら娼館にでも行けば良い。

 態々女を襲って犯罪者になる意味は無いし、そもそも支部長は領主と繋がりがある。

 そんな女に手を出す無知な愚か者は、実力のない連中が殆どだろう。


 女にしても、嫉妬を募らせるのは、この女に届かない連中か。

 美貌でも、実力でも、この女に届く力があるなら、嫉妬をする必要が無いと。

 実力があっても嫉妬する奴は居るだろうが、そうした人間は大半が理性もある。


「リスクは常に考えているもの。貴女みたいな例外でも無い限り問題は無いわ」

「じゃあ次からはせいぜい、その例外に気を付けるんだな」

「勿論そのつもりよ。死にたくはないもの」


 本当に図太い女だ。俺に殺されると本気で思ったくせに、今も恐ろしいくせに。

 それでもこんな発言を俺に出来て、そして未だに俺に関わろうとする。

 気に食わない所も多い女ではあるが、評価せざるを得ない所も大きい。


 ただこの女、無意識に俺の嫌いな部分をぶち抜きそうだからな。それが問題だ。


「それで、何か用なのかしら。話があるなら奥で聞くわよ。人の多い時間に貴女を並ばせると、また面倒な事になりそうだもの」

「俺から何かをした覚えはないがな」

「・・・そうね、貴女から、というのは無いのよね、一度も」


 何やら複雑そうな様子だが、実際に俺から行動を起こした事は無い。

 少なくともこの組合では。この女に対する行動も、こいつが俺に敵対したからだ。

 因みにあの後も数は少ないながら絡まれた事はあったが、漏れなく全員殴り飛ばしている。


「まあ良いわ。とりあえず用はあるのかしら?」

「何か目新しい魔獣の情報でも無いかと思っただけだ。同じ様な魔獣ばかり狩っているからな」

「・・・私の記憶が確かなら、貴女は多種多様な魔獣を狩っていたと思うんだけど」


 確かに種類としては、色んな魔獣を狩ってはいる。

 狩った魔獣は組合に持って来ているから、この女も把握しているんだろう。

 だが俺の言う同じとは魔獣の強さ、同時に魔核の強さを示している。


「もっと強い魔獣を狩りたい。物足りん」

「それは、また・・・」


 弱い魔獣を数多く食べ、その魔核の吸収が追いつかないのか気持ち悪くなった。

 その為に一日休む事にした訳だが、体調不良迄起こしたにも関わらず力は増していない。

 いや、多少は力を得ている感覚は在るが、それは湖に水滴を入れた様な感覚だ。


 少なくとも猪の魔核を食べた時の様な、明らかに力が増した感覚は薄い。

 勿論水滴程度でも変化が出ている以上成果はある。

 だが余りに効率が悪いと感じる以上、強い魔獣を求めるのが普通だろう。


「とは、言われてもねぇ。近隣にそんな強い魔獣が現れたら、むしろこっちがお願いしたいわ。依頼でだって、流石にそんな魔獣を狩って来いなんて依頼は無いし・・・それこそ森のもっと奥に向かって行くしか、貴女が望む様な強い魔獣は居ないんじゃないかしら」

「もっと、奥に、か」

「ええ。ただそうなると、日帰りは無理でしょうけど」

「だろうな」


 何だかんだと、魔獣の多い森の奥へ、山の方へと足は踏み入れている。

 ただ日帰りが出来る距離までしか足を延ばしておらず、結果は御覧の通りだ。

 だが、そうだな、いい機会だ。セムラも居ない。もっと奥まで―――――。


「・・・くくっ」


 ああ、そうか、俺が日帰りをしていたのは、それが理由か。

 無意識にそんな事を考えていたのか。今更気が付くとは本当に馬鹿だな。

 やはりついて行かなくて正解だったと思う。気に入っているなら猶更だ。


「な、なに、どうしたの?」

「いや、何でもない。提案感謝する」

「え、ええ、役に立てたなら良かったわ」


 さて、奥地に向かうのであれば、一番必要なのは水だ。

 最悪獣の血を飲めば良いが、出来ればやりたくはないしな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] セムラの存在が大きかった…
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