第47話、悪党とは
「はぁ、美味しかったぁ・・・」
「俺は宿の食事も美味いと思うがな」
『兄もそう思う!』
「ミクは貴族の食事を食べた事があるから、そんな事を言える。私なんか、今回逃したら一生食べられなかった」
「それは、まあ、そうかもしれんな」
『兄も美味しかった!』
帰りの車を出して貰い、移動する中でそんな事を言い合う俺達。
セムラにしてみれば初めての貴族の食事で、気持ちで味を感じていたのだろう。
人間というのは不思議な物で、余程不味くない限りは雰囲気も味に影響する。
つまりはあの食卓の空気に呑まれ、通常よりも美味しいと感じていた可能性が高い。
勿論出された料理が美味かったのは確かだが、俺からすると少し微妙だった。
いや、間違いなく美味かったし、味は満足したが、何と言うかな。
限られた食材と調味料で安く客に提供、という事の方が凄く思えてしまって。
勿論料理人としては、様々な物を使いこなせる技量を有しているという事ではある。
だが良い材料と潤沢な調味料が有れば当然ではと、内心思わずにはいられない。
流石にそれを口にはしなかったし、セムラに言うつもりもないが。
その後はセムラが俺の髪を揺れる車内で器用に弄りだした。
車が泊まる頃には綺麗に編み上げられ、御者が少し驚いていた。
一瞬別の人間に見えたらしい。髪型が変わると印象も変わるからな。
「では、失礼致します」
『じゃーねー!』
御者は俺達に深く頭を下げてから、御者席に戻って車を走らせて行った。
とはいえ街中だからなのか、さっきもそうだが速度は余り無い。
この辺りも領主の方針だろうと思うと、あの男の筋の通し方には好感を覚える。
やはり、出来る限り敵対はしたくない男だ。出来る限りではあるが。
「無事帰って来たか」
「セムラ、何か問題無かった?」
宿に入ると受付の傍に椅子を置き、そこで構えていたらしいゲオルド達に迎えられた。
どうやら二人は俺達の心配をしていた様で、ずっとここで待っていたらしい。
『僕は大丈夫だよ!』
「ん、問題無い」
精霊の事は誰も心配してないからどうでも良い。
ただセムラの答えを聞いた二人は、あからさまにホッと息を吐く。
「いやもう、本当にびっくりしたんだぞ。ちょっとのんびり寝てたら、セムラが貴族に連れていかれたって言うじゃねえか。それ聞いた時のヒャールの慌て様は凄かったぞ」
「ゲオルドの方が慌ててたと思うよ、僕は、部屋に戻って装備整えてた時点で、何やらかすつもりかと思ったもん。僕が女将さんに詳しい事情を聞いてなかったらどうなってたか」
それは確かに、ゲオルドの方が大分慌てているな。
領主館に殴り込みでも行くつもりかという様子に思える。
つまりそれだけセムラの事を想っている、という事なのだろうな。
暴露されたゲオルドはと言えば、若干恥ずかしそうに視線を逸らしている。
「ありがとう。ごめんね、ゲオルド。心配かけて」
「いやぁ、まあ、無事なら良いんだよ。別に」
そんなゲオルドを揶揄う事なく、セムラは素直に礼を述べた。
嬉しそうに笑う彼女の様子は、ともすれば恋する乙女と言えなくもない。
まあ、ゲオルドとヒャールが寄りかかって寝てる時も、同じ顔をしてはいたが。
「面倒をかけたな、ゲオルド」
「いやぁ、それこそミクは何も悪くないだろ。女将さんから聞いた話で察するに、こいつが勝手について行ったんだろ? ならむしろ、セムラが迷惑かけてすまねえ、って言うべきだろ」
・・・そう言えばそうだったな。こいつ勝手について来たんだった。
何だか色々あり過ぎて、その事を完全に忘れていた。
ただセムラが付いて来てくれたおかげで、俺は良い事を知れたとも言える。
となれば責める理由も無ければ、礼を言うべきな気もしてくるが。
いや、ゲオルドの言う通りか。これはただの結果論だな。
「所で、その、セムラは領主様を怒らせたりとか、しなかったか? コイツ基本的には空気読めるんだけど、時々凄い事やらかすから。正直ずっと心配で心配で」
その心配は物凄く解る。セムラを見ていると当たり前の思考だろう。
俺はそこまでではないが、仲間としては気が気でないに違いない。
だがそんなゲオルドの発言に対し、セムラはむっとした顔を見せた。
「む、ゲオルド、私を何だと思ってるの」
「時々誰相手にでも無神経な発言をする神経図太い女」
「えいっ」
「ぎゃあ!? おまっ、目は、目は止めろよ!?」
『おー、凄い動き! 物凄くのけぞったよ! あ、こけた』
ほぼノーモーションの目突きに対し、かろうじてだが躱すゲオルド。
勿論躱せると思っての事だろうが、流石に目は危険じゃないか。
その後二人は騒ぎながら取っ組み合い、夜に煩いと女将に怒鳴られ静かになった。
「ゲオルドのせいで怒られた」
「俺じゃなくてお前のせいだろうが、どう考えても」
「まだ喧嘩するなら私のゲンコツで寝かせてあげようか?」
「「すみませんでした」」
メキィと音が鳴るゲンコツに対し、二人は完全降伏した。
ともあれお互いに苦笑を向け合っているので、本格的な喧嘩では無いのだろう。
「はぁ、安心したら腹減って来た・・・何か食ってこよ」
ゲオルドはそう言って食堂へと向かい、ヒャールは呆れた様な笑みを見せる。
「ゲオルドってば、食事もせずに待ってたんだよ。本当に、どっちの方が心配で周りが見えなくなっていたのやら。軽口で誤魔化せないぐらいの姿を見せたかったよ」
「大丈夫、簡単に想像できる。ヒャールの時も同じだった」
「ああ、うん、心配かけた時があったね、僕も」
「ゲオルドは、そういう人。だから一緒に居る」
「・・・うん、そうだね。その通りだ」
ゲオルドが消えたからか、彼に対する思いを告げ合う二人。
きっと今の言葉以上の信頼が、彼とこの二人の間に有るのだろう。
それは昔の俺には手に入れられなかった物で・・・少し眩しく見える。
規律を守り続ける俺の存在は、誰かの信頼を手に入れる事は出来なかった。
世界という物は規律を守れば守る程、敵を増やしていく様になっている。
規律や規則は破る事で敵を抑える事が出来、破らなければ信頼は手に入らない。
事実ゲオルドもセムラの為に、大きな規則を破るつもりだったからな。
領主館に向かった仲間の為に武装するという事は、きっとそういう事だ。
ゲオルドらしい悪党の通し方だ。仲間の為に悪を貫く行動だ。
「・・・俺は、もう部屋に戻って寝る。じゃあな」
「あ、うん、ごめんね引き留めて。お休みミク」
「私は、ちょっとゲオルドの機嫌、とってくる。お休み」
二人と別れ、胸に何とも言えない気持ちが渦巻き、感情が良く解らない。
あの光景を見ているのが辛い様な、けれど見て居たくもあった様な。
羨ましい、という気持ちが何処かにある自分は、やはり悪党としてまだ甘い。
規律を破る悪党として生きる事で、俺も同じ様に生きられているはずなのに。
「・・・本当に、まだ精進が足りないな」
悪党になる。悪党として生きる。その生き方を、もっと貫かねば。




