第43話、治癒術
「ほう・・・?」
あの後騎士の男は数人の魔術師を連れて来て、倒れた騎士達の治癒を始めた。
その光景をまじまじと見つめながら、治癒の魔術とやらを学ばせて貰う。
「こういう時は、本当にこの体で助かるな・・・」
精霊を見れる眼のおかげなのか、魔力の流れがはっきりと解る。
その眼で見る限り、魔力を使って治癒術を発動している、のとはまた違う様に見えた。
これは怪我を治しているのではなく、魔力を流し込んで強化しているのでは。
解り易く言えば『治癒術による治療』というよりも『身体能力の強化』ではと。
とはいえ魔力を纏う時とは違い、流し込んた魔力を全身に循環させる様な感じだ。
鼻が折れた者などは、本来の位置に固定してから魔力を流し込まれている。
治癒を使う所は始めて見るが、この世界の治癒術とはコレをさすのだろうか。
「すまない、手間をかける」
「お気になさらず。これも仕事ですからね」
メボルは騎士と共にやって来た中年の女に謝っていた。
恐らく魔術師隊の者で、それなりに上の立場の物なのだろう。
少なくとも、今治癒している人間に指示を出していた立場ではある。
「それに大怪我をした者も居ない様子ですし、大仰な治癒術を使う必要も有りません。あれなら自己治癒を高めるだけで治るでしょうさ。なら数もこなせて訓練に丁度良いですよ」
「そう言ってくれると助かる」
成程、アレは魔力節約を考えた治癒術であり、また別の術があるという事だな。
となればあの技術は魔力の消費を抑えるが、制御もそれなりに必要な技術という事か。
俺は普通に出来ると思うが、多分これは普通ではないと思った方が良いな。
試しに見様見真似でやってみたが、やっぱり当たり前の様に出来た。
魔力を纏う事との違いは、魔力を身体に循環する様に回すだけだしな。
この状態なら身体能力を上げつつ、その上で怪我もすぐに治るだろう。
・・・いやこれ、魔術師の方が強くないか、肉弾戦。
この状態であれば下手な騎士よりも強く、しかも多少の怪我を無視できる。
流石に切断の類は厳しい物があるが、骨折ぐらいまでは余裕で何とかなるはずだ。
痛みを我慢さえできれば、魔術師の方が接近職として向いているのでは。
「おや、これは凄い。お嬢さんはお若いのに、中々に素晴らしい制御能力をお持ちだ。魔術師隊の若い者にも見習わせたいね。どうだい、入隊しないか。君なら第一線で働けるよ。勿論領主様お抱えの魔術師隊だから、給金だって一杯さ。良い所だよぉ~?」
そんな俺の事を横目で見た中年女は、ズイっと顔を近づけ勧誘して来た。
治癒を行っていた者達も少し驚いて居る辺り、俺のやった事を理解しているんだろう。
だがその目に悔しげな表情は浮かんでも、敵対的な様子は感じないな。
俺から視線を切ると、これも訓練だと言わんばかりに制御に集中しはじめた。
確かにあの様子を見る限りは、騎士よりも付き合いやすそうではあるな。
「俺はどこかに所属する気は無い。利害が一致すれば協力はするが、規律のある組織に縛られるのは御免だ。自分の好きな様に生きたいんでな」
「あらあら残念。でも気が向いたら声をかけておくれ。優秀な子は歓迎するから」
誘いを断った俺に対して、女は特に嫌な顔を見せなかった。
むしろ断られる前提、という雰囲気も見えたな。
そしてこれ以上の誘いは悪手と思ったのか、すっと離れて・・・視線が使用人に向いた。
いや、違う、正確にはその上。使用人の頭の上に向いている。そこに居る精霊へと。
「もしや、見えるのか?」
「おや、君も解るのかい? 見えてはいないけど、あの子に何か凄い存在が付いている、という事は解るかな。これでも貴族に仕える魔術師だからね。魔力関連はそれなりに、ね?」
姿を見ているのではなく、精霊が発する魔力を感知している訳か。
確かにあの精霊からは力を感じるが、それが魔力かと言われると首を傾げる。
支部長を攻撃した時は強い魔力を放っていたが、今はそこまででもないはずだが。
実際ヒャールは俺が教えるまで気が付かなかったし、何も解らなかった。
何せ魔力は空気中にも漂っていて、普段精霊の放つ魔力はそこまで目立たない。
俺は目で見えていなければ、あの程度の魔力など気にも留めない気がする。
つまりこの女はそれだけ優秀な魔術師、という事になるのだろうか。
そんな風に思っている間に、魔術師はツカツカと使用人の傍へ近寄っていった。
「君は自分の頭の上に何かが居る自覚はあるのかい?」
「はい、ございます。お客様に付いておられる精霊様がここに居ると、教えて頂きました」
『どうも、妹に付いてる兄です』
「お客様・・・」
お客様と聞かされ、一瞬思案する様子の後で、魔術師は俺に視線を戻した。
だがその顔は疑問というよりも、確信を得たという感じだ。
精霊の自己紹介は聞こえていない。
「成程、成程・・・精霊付きは君の方だったか。いや、お客人だったね。これは大変失礼を致しました。お客人とは露知らず、無礼を働いた事をお許し下さい」
「気にするな。別に無礼と思う様な事は何も無かった」
「おや、そうかい? なら普段通りに振舞わさせて貰おうかな」
随分と切り替えの早い。メボルもこの女を見習ってほしいものだ。
人間これぐらいの気楽さで丁度良いと俺は思う。
でなければ何時か潰れるぞ。経験者が言うのだから間違いない。
「私はミリヴァ・エレールというんだけど、君は?」
「ミクだ」
「そうか、宜しくね、ミクちゃん」
「ああ」
宜しくされる程の関りが、今後あるかどうかは解らんがな。
だがそっけない俺の態度など一切気にせず、彼女は愉快気に続ける。
「いやー、しかし凄いね。その実力を持ちながら、更に精霊付きとは。いや、その実力を持つからこそ精霊に気に入られているのかな」
「知らん。アレは何故か俺について来る。何度捨てて来てもな」
『妹は良く僕を置いてきぼりにするよねー。でも大丈夫、どこに居ても見つけるから!』
見つけなくて良い。むしろ見失って二度と会わなくても何も困らない。
そもそもお前見つけるというよりも・・・いやこれは考えない方が良い。嫌になる。
「・・・捨てたのかい?」
「何度も投げ捨てた」
『良く投げられてるよ! アレ楽しいよ! すっごい高い所まで飛べる!』
俺の言葉に女どころか、騎士や他の魔術師にメボル・・・使用人すら驚きの顔を見せる。
精霊は・・・何となく解っていたが、やっぱり楽しんでいたか。腹立たしい。
「それは・・・尚の事凄いね。君はそれだけ精霊に愛されているという事か」
「止めてくれ気持ち悪い」
『妹よ、兄はお前の事を愛しているぞー!』
ほら、変な事を言うから空に手を掲げながら殊更煩くなったじゃないか。
面倒だという顔を精霊に向けると、女は面白いと言わんばかりの笑みを見せる。
「なるほど、愛されているというよりも、仲が良いと言う方が正しいのかもしれないね」
『そうだよ! 妹と兄は仲が良いのだ!』
「勘違い甚だしい解釈だ。見えていたら絶対そんな事を言わんぞ」
何せ俺とあれの会話は基本成立しないからな。
俺が何を言おうが、精霊は好き勝手に喋って行動する。
誰がどう見ても意思疎通が出来ている様には見えない。
だが女はどう受け取ったのか、愉快そうにふふっと笑う。
「まあ何にせよ、精霊付きの君にこの程度の怪我で済んだのは、彼らにとっては僥倖というしかないだろうね。もし本気で戦っていれば、下手をすれば肉塊になっている」
「・・・だろうな」
別に俺の力で出来る自信はあるが、精霊の力もそれだけの事が可能だ。
先日その力の一端を見たしな。アレはこの騎士達では耐えられんだろうな。




