第196話、関係性
「それで、今日は顔を見せに来ただけか? 訓練は?」
「今日はしない。というか、次の出発まで休みたい」
『疲れたもんねー?』
この場で訓練する必要のある技術は、現時点では特にない。
ならばどうせ気を張らなければいけない以上、山の中でやった方が効率が良い。
特に攻撃系の魔術に関しては、街中での訓練は絶対に出来ないしな。
「はえぇ、流石の嬢ちゃんでも弱音を吐く程きつかった訳だ」
「そうだな、油断すれば死んでいただろう」
『兄は妹に酷い仕打ちを何度か受けました!』
酷いって、お前が俺の魔術の射程範囲内に居る事が多いからだろ。
というかどうせ『痛い』だけで、大したダメージになってないくせに。
「まじかぁ・・・よくそんな魔境の傍に街なんか建てられたな」
「・・・そうだな」
建てられた要因は存在するが、あの牛の件は喋らない方が良いだろう。
牛自身も自分の事が広まるのを望んでいない。
となればこの事実は、領主だけが知っていればそれで良い。
「そんな訳で、悪いがお前の訓練には付き合ってやれん」
「構いやしねえさ。依頼はもう終わったんだしな。むしろ嬢ちゃんは、俺が頼んだ以上の事をしてくれたと思ってるよ。だってのにまだ頼むなんて、そんな我が儘言えるかよ」
「ふっ、そうか」
俺の事を相変わらずと言ったが、この男も相変わらずの様子だ。
義理固いというか、律義というか、変に真面目というか。
きっと拗らせさえしなければ、未だに取り巻き共の頭をしていたんだろうな。
「では、俺は帰る」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。メラネアも数日休みにしようぜ」
「え、あ、う、うん・・・ありがとう、ブッズさん」
ブッズは一人にすると、またどんな目に合うか解らない所がある。
なのでメラネアが一緒に居る訳だが、そうなるとメラネアが休めない。
彼女が休みを取る為には、ブッズが下手な所に行かない必要がある。
となれば俺が山に向かうまでの間は、訓練所で毎日訓練でもするのだろう。
ここならば人目も有るし、万が一は中々起こり難いだろうしな。
ただそうなるとブッズの仕事が減り、当然懐も寂しくなる訳だが。
その辺りは当然承知の上だろう。ブッズの事だしな。
「気にすんな。俺に出来る事なんてこの程度の事だしな。むしろ普段が世話になってんだ、感謝は俺が言うべき事だろうよ。何時もありがとな、メラネア」
「うん・・・えへへ」
ブッズは優しい目を向け、メラネアの頭を撫でる。
撫でられている彼女もその手を受け入れ、嬉しそうにはにかんでいた。
ふむ、先程は冗談で言ったつもりだったが、中々悪くない二人なのでは。
見た目に問題はあるとはいえ、メラネアの中身はそこそこの歳だ。
となればお互いを思いやれるこの二人は、客観的には恋仲にも見えるのでは。
いや、やっぱり無理だな。良い所妹の事を思いやる兄だな、うん。
メラネアも、ただ優しい兄貴分に甘えてる感じに見えるし。
いかんな、脳みそお花畑と接触したせいか、俺の脳に感染している。
こういう事はもし本当の事だとしても、他人が言うのは余計なお世話だ。
「さて、んじゃ俺は訓練の続きをするよ。またな、二人共」
「ああ、またな」
「うん。また、ね」
『じゃあな兄ちゃん』
『まーたねー』
ブッズが大剣を構えて別れを告げ、それは何となく戒めている様に見えた。
本当なら訓練を頼みたいが、そんな訳にはいかないと。
だからあえて自己鍛錬を再開する事で、自分に言い聞かせた様な感じに。
「まったく、アイツはどこまで真面目なんだか」
「ふふっ、そうだね」
メラネアと苦笑をしながら訓練所を去り、ポテポテと歩いて受付の方まで戻る。
もう本当にやる事は無いし、後は組合を後にして宿に戻って寝よう。
「おかえりなさい、ミクさん。さあ、魔核は、どんな魔核があったの。見せて。貴女の事だからすごい魔獣倒したんでしょ。って言うか素材は? 素材は無いの!?」
「し、支部長、落ちついて・・・!」
まーた煩いのが現れた。俺はとっとと帰って寝たかったんだが。
というかお前、本当に良い度胸してるよな。またデコピンするぞ。




