第195話、顔見せ
「ったく、何だったんだあの女は・・・」
「あ、あはは・・・流石に、あれはちょっと、無いよね」
『まー、無いわなぁ』
『ないわー』
俺が文句を言いながら訓練所に向かっていると、メラネアが同意を返して来た。
更に狐も同意し・・・小人は何となく乗っかっただけだろう。
楽し気に前を歩いているコイツが、今の言葉に意味を乗せたとは思えない。
「ミクちゃんに、嫉妬しても、仕方ないのにね」
「全くだ」
嫉妬。そう、まさしく嫉妬だろう。あの女の目は俺を女として見ていた。
こんな子供相手にそんな感情を抱くなど、流石に脳みそがお花畑過ぎる。
あの鎧男のどこが良いのか知らないが、迷惑極まりない話だ。
「鎧男はああ言っていたが、アレが聞き分け良くなると思うか?」
「う、うーん、難しそう、だと思う、かなぁ?」
『無理だろ』
『むりー』
やはり彼女も俺と同じ感想を抱き、となれば現実になる可能性が高い。
その時ただ男を遠ざけるなら良いが、もし俺に絡んで来たら。
顎の骨だけでは無く、勢いで他の所も砕く自信があるな。
「まあ良い。もうあれの事は忘れよう。覚えていても意味がない」
「あ、あはは、そう、だね」
『理屈の通じなさそうな人間だったしな』
『兄は忘れる事は得意だよ!』
お前は忘れると言うよりも、覚えてないだけだろうと物凄く言いたい。
だが言ったらそれはそれで負けな気がしたので、無視して歩を進める。
そうして訓練所に到着して、ぐるりと周囲を見回した。
「お、いた」
ブッズは訓練所のかなり端の方で、無心に剣を振り続けている。
周囲に目を向ける事は無く、ただひたすらに大剣を振り下ろすだけ。
ただし雑に振り下ろすのではなく、一撃一撃丁寧に振っている様に見えた。
勿論それが辺境の魔獣に通用するかと言われれば、ほぼ間違いなく通用しない。
それでもアレを続けて行けば、いつか少しマシな斬撃を放てる様にはなるだろう。
ブッズの姿にそんな感想を抱きつつ、壁端をぐるりと回って彼の元へ。
「ブッズ」
『やっほー!』
「ブッズさん、こんにちは」
『よー』
「おお、嬢ちゃん。メラネアも一緒か。無事だってのは朝にメラネアから聞いてたんだが、何時もの時間に起きねえとも聞いたから少し心配したぜ。元気そうでよかった」
「・・・メラネア?」
何だその話は聞いていないぞ、という思いを込めて彼女の名を呼ぶ。
伝えているなら別に来る必要はなかっただろうと。
というか何故説明が無かったのかと。すると彼女はワタワタと慌てる様子を見せた。
「いや、だって、今日も本当はブッズさんと一緒のはずだったけど、ミクちゃん目を離すとすぐ出て行っちゃいそうだったし、折角帰って来たなら少しぐらい一緒が良いなって。それに無事だって事は伝えてたとしても、やっぱり姿見た方が安心すると思うし」
「・・・お前そんなに早口で喋れたんだな」
「うっ・・・」
早口で言い訳を述べるメラネアが珍しく、咎める気も失せてそんな言葉が漏れる。
ただその指摘は恥ずかしかったらしく、彼女は顔を赤くして目を逸らした。
『すっごい早口ー』
『何でこういう時はどもらねえんだろうな?』
「うう・・・!」
精霊達からの指摘は止めになったらしく、顔を抑えて蹲ってしまう。
気のせいか周囲の視線が痛い。俺は別に虐めてないぞ。
「まあまあ、嬢ちゃん。メラネアも気を使ってくれたんだと思うからさ」
「そうだろうな」
コイツは周囲に気を遣う人間だという事は、短い間だが解っている。
恐らくブッズの為というのは嘘では無いのだろう。
だからこそ俺の事を伝えたと、そう言わなかったんだろうしな。
もし伝えていたら、ここに来なかった可能性も普通にある。
なのでバレたら俺に咎められるとしても、姿を見せてやりたかったと。
悪意のない純粋な善意。とはいえ罪悪感は多少あったらしいが。
「メラネアとの生活は順調の様だな、ブッズ」
「待って嬢ちゃん、その言い方は物凄い語弊があるから止めてくれ」
「メラネアとの関係を誤解する奴の方が問題だと、俺は思うがな」
「だとしても余計な誤解を態々生みたくないっての」
さっきの女じゃあるまいし、お前がメラネアに手を出すと普通思わんだろう。
いや、ならばあの手の女が騒ぎ立てて、無駄に大きな騒ぎにする可能性はあるか。
未だに俺に絡む連中が居る様に、あの女の様な人間が他に居ておかしくない。
「ったく、なんつーか相変わらずだな、嬢ちゃん」
当たり前だ。この街を出て何年もたった訳じゃないんだぞ。変わりようがない。
別れを告げてからの日数で人が変わるなぞ、余程の経験をしないと無理だろうよ。




