第185話、初点検
「あら、いらっしゃいミクちゃん、メラネアちゃん。ミクちゃんはお帰り、かしらね?」
「どっちでも構わん」
「お、おじゃま、します」
武具店に顔を出すと、何時も通り娘が店番をしていた。
相変らず店主は居ないらしい。まあ、奥に居る様子ではあるが。
「それでどうしたのかしら。何が不具合でもあった?」
「いや、無い。完璧な仕事だった。この装備で問題があるすれば、扱う俺の方だろうよ」
「それ聞いたら、お父さん喜ぶよ」
防寒具も手甲も脚甲も、何一つ不具合と思うものは無かった。
むしろ防寒具に関しては、想定以上の性能を発揮したと言って良いだろう。
何せ魔力を循環させてしまえば、肉体と同じ様に使えるのだから。
「ただ念の為、問題が無いか確認はして貰おうと思ってな。頼めるか」
「ん、了解。それじゃあお父さん呼んで来るね」
「お前じゃ駄目なのか」
「一応それなりに自信はあるけど、それ作ったのはお父さんだしね。ならやっぱりお父さんに見て貰うのが筋だし、その方が間違いはないと思うから。お客さん第一だからねー」
「そうか。なら頼んだ」
「はーい」
娘は自分の腕に過信せず、何よりも尊敬する父の顔と、客への信用を取ったか。
若いと言うのに随分と出来た娘だと思う。夢があるのに焦りが無い。
いや、焦りを見せないだけか。客に焦る様子など見せられんだろうしな。
「そういえば、メラネアの装備は問題無いのか」
「え、あ、うん。特に問題は、無いかな。魔獣退治とかも、してないし」
「そうなのか。じゃあ毎日訓練か」
「ううん、お仕事、してるよ。組合で、斡旋して貰って」
「・・・なのに魔獣退治はしてないのか?」
「雪の間は、組合側から頼む事は、少ない、って言ってたよ?」
「・・・そういえば、そんな事も言っていた様な気がするな」
雪の中での戦闘というのは、意外と所か、普通に考えて危ないだろう。
下手に依頼を出して討伐に向かい、事故で死なれでもしたら困るか。
雪道で十全に戦うなど、普通の人間には難しいだろうしな。
「じゃあ何をしているんだ」
「ブッズさんと、雑用、かな。なるべく、一緒に、居るから、ね?」
だから安心してね、という言葉が追加で聞こえて気がした。
勿論そんな事は言っていないのだが、表情からそうとれる。
「そのブッズは、今日はどうしたんだ」
「今日は、訓練してる、って言ってたよ」
「そうか」
ならまあ、何か事が起こる事も無いだろうし、起こってもすぐ誰かが気が付くか。
何より組合には支部長がいる。もし問題が起これば、あの女も黙っていないはずだ。
そんな話をしていると、店主が店の奥から顔を出した。当然娘も一緒だ。
「おう、嬢ちゃん、おかえり。どうだった、あの山は」
「大分過酷だったな。かなり疲れた」
「へぇ、嬢ちゃんですら弱音を吐く程かよ。シャレになってねえな」
「行けば俺の気持ちが良く解るぞ」
「勘弁してくれ。俺に自殺趣味は無いっての」
店主と軽口を叩き合っていると、横から少し訴える様な視線を感じた。
見るとメラネアが半眼になっており、少し不満そうに頬を膨らませている。
「私には、ついて来るなって、言ったのに・・・」
「当たり前だ。店主は絶対に行かないからこその軽口だからな」
「むむぅ・・・」
俺の答えを聞いても、唇を突き出して不満顔のメラネア。
その態度はとても大人に近い年齢には見えない。
気にせいかも知れないが、前より更に子供っぽくなってないか。
「相変わらず仲良いな、嬢ちゃん達は」
「まあ、悪くはない」
「な、仲良しで、良いと思う、そこは」
仲良しというと、もっとこう、何か違う気がする。
だが嫌いという訳でもないので、仲が悪い訳ではない。
というぐらいが正解の距離感だと俺は思うのだが。まあ良いか。
「で、防寒具を見て欲しいと聞いたが、何か不具合があったのか?」
「いや、特にない。俺にとってはな。だが職人の目から見てどうかと思った。どうせ数日休むつもりなので、手入れを頼もうかと思ってな」
「おう、任せとけ。んじゃどうすっか。一日預かればいいか? それとも点検の間待つか?」
「点検はすぐに終わるのか?」
「問題が無けりゃ直ぐだ。問題があるなら・・・修繕に一日は欲しいな」
修繕が必要でも一日で終わるのか。それは凄い話だな。
今更ながら、組合の支部長が紹介した職人なだけはある。
ここで大事なのはあの女では無く、あくまで組合支部長という肩書だが。
「ならば点検の間は待とう。もし問題が有れば預ける」
「あいよ。んじゃ着替えてくれるか。俺はこっちで待ってっから」
「解った」
言われた通り服を脱ぎに向かい、代わりの服を娘に用意して貰った。
さて、俺は特に問題が無いと感じたが、どんな感じだろうか。




