第181話、辺境領主一族の記録
「成程、知ってはいるんだな」
「・・・ああ、知っている。一応領主館にその類の記録があってな。本当か嘘かは解らないが、それでも伝えて行けと、そう言われている物だ・・・真実は確認のしようもないのでな」
確かにそうだろうな。牛の所に辿り着くには、道中の魔獣を倒す必要が有る。
俺のような身体能力があるか、もしくは膨大な魔力を有しているか。
少なくともあの道のりを問題無く踏破できる者しか、確認は出来ないだろう。
そしてそんな危険地帯へ、確認の為だけに兵も物資も消耗する訳にはいかない。
ならば過去の出来事が伝えられていようとも、確認する術はないか。
「ミク殿、先程の答えを貰っていない。生きているのか、今も」
「ああ、生きている。今もあの山奥で、この街を・・・砦を守る為にな」
性格にはここに身を埋めた『あの子』の為に、墓を守っている訳だが。
とはいえ事実として、その行為の結果が砦を守っている。
「・・・そうか、そう、なのか」
俺の答えを聞いた領主は、深く息を吐いて背もたれに体を預けた。
そして天井を仰ぐ様子を見せ、とても深い溜め息を吐く。
「記録にある内容には、砦の創立者の死後、砦周辺に危険な魔獣が多く現れる事態が起きたそうだ。天候も凄まじく悪化し、かなりの苦境に立たされていた。悪化当時は耐える方向で動いていたらしいが・・・そこで彼が言ったそうだ。このままだと砦がもたないと」
「らしいな。そう言っていた」
「ははっ、やはりそれも真実なのか。ならばその後の記録も、きっと真実なのだろうな。彼は当時の領主に告げたそうだ。吹雪も魔獣も僕が何とかしてくるから、君は僕の大事な物を守ってくれないかなと。そして宣言通り悪天候は収まり、魔獣も大分大人しくなったらしい」
何も言わずに出て行った訳では無く、一応は伝えてから行ったのか。
だからこそ人々が忘れても、領主一族の記録には残っているんだろう。
それだけの事を成した魔獣に対して、祀り上げも何もしていないのは気になるが。
「すべて真実だ。そこの・・・俺に付いている精霊も言っていた。あの牛が居るから、この街は存在して居られると。もしアイツがいなければ、この砦も山奥と同じ状況になっている」
「ぞっとする話だな」
「だが事実だ」
「ああ、そうなのだろうな。貴殿の口から出る言葉だ。嘘ではないだろう」
領主は天井に向けていた顔を下ろし、視線を俺へと戻す。
その顔は余り優れず、気まずそうな表情を見せている。
「ならば記録にあった、自分が帰って来なくても祀り上げたりしないで欲しいと、そう願った事も真実なのだろうか」
「・・・成程、ああ、そうか。そうだな。アイツなら、確かに言いそうだ」
本当にあの牛は、どこまで。だがきっと言う。あの牛ならばそう言っておかしくない。
これは僕がやりたい事だから、君はそんなに気にしなくて良いよと。
ただそんな牛にも願いがあった。どうしても譲れない願いが、間違いなくあった。
「そこは流石に聞いていないから、何とも言えん。だがあの牛ならば言いかねんだろう。アイツにとってはそんな事よりも、もっと大事な事があったんだからな」
「大事な事・・・何だろうか。ぜひ聞かせて欲しい」
「貴殿も知っている。今口にしただろう。大事な物を守ってくれと」
「それ、は」
領主はきゅっと口を結び、目を泳がせる。だが俺にはその反応の意図が解らなかった。
領主が約束を守っていないのであれば、その反応も解る。
だが彼は守っているはずだ。立派に領主として、この砦を守っている。
「すまない、記録に、無いんだ。彼の大事な物が、それが何なのか、解らないんだ・・・彼が今も生きて我々を助けてくれているのに、大事な事が伝わっていないんだ・・・」
そういう事か。そうか『大事な物』が、砦の事だと解っていないのか。
当時の領主は解っていたのかもしれないが、明確な示唆が無かったのだろう。
「そこに関しては問題ない。この砦の事だ。奴が守りたいのは、この砦だ」
「砦、を?」
「そうだ。奴が『あの子』と呼ぶ人間が骨を埋めたこの砦こそを、あの牛は守りたいんだ。この砦を守る為だけに、長い時をあの山奥で過ごしている。ただそれだけの為に生きている」
「は、はは・・・そうか、そうだったのか・・・良かった。本当に、良かった」
領主は心から安堵した様子で呟き、そして少し目が潤んでいた。




