第179話、帰還
「では、一晩世話になった」
「うん。気を付けて帰ってねー」
『ばいばーい!』
牛に別れを告げ、来た道を戻る。辺境の街に戻る為に。
「・・・ぐっすり寝たな」
『気持ち良かったねー!』
一晩牛の毛皮の中で休み、久しぶりに何も気にせず睡眠を取れた。
だからだろうか、少々体と気分が軽い気がする。
長期間の山籠もりも可能なつもりで居たが、どうやら疲弊はしていたらしい。
なので一度街に戻った方が良いかと思った。丁度用事も出来た事だしな。
「さて、来る時は谷を蛇行して来たが・・・帰るなら一直線が早いか」
山の奥地に向かいつつも、道中は魔獣を見つける為に谷沿いに歩いて来た。
その為気配を感じたら予定の道からずれた事も有るし、道を戻った事もある。
ずっと歩き続けた訳でも無いので、純粋な移動時間と距離は正直解らない。
それでも何日も何日も、この小さい歩幅とはいえ歩き続けてここに来た。
ならば相当な距離になってはいるだろう。だが、俺の移動は完全な徒歩だった。
「頭の上に乗ってるならそれでも良いが、気遣う気は無いからな」
『んえ?』
精霊に一応警告だけして、魔力循環を使って身体を強化する。
この魔術も大分使い慣れたものだ。
戦闘の度に使っていたのだから、慣れない方がおかしいだろうがな。
そして今の俺は行きよりも魔力が上がっていて、強化状態の身体能力も上がっている。
「―――――っ」
『うおおおおぉぉおおおおおー!』
踏み込みにより雪が背後で弾けたのを感じながら、凄まじい速度で前に飛ぶ。
吹雪で相変わらず遠くは見えないが、見えた瞬間に壁を蹴るぐらいは出来る。
「ふっ!」
『たーのしー!』
眼の前に現れた壁を蹴り登り、飛び越えて前に、前にと進み続ける。
ただひたすらに一直線に、何が有ろうと真っ直ぐに、全力で走り続けた。
精霊がやけに楽しそうだが、途中で声が聞こえなくなった。
どうやら途中で落ちたらしい。まあどうせすぐ戻って来るだろう!
『あははははあ!』 いけー、妹よー! もっと速くー!』
思ったより早かった。余程この高速移動が楽しいらしいな。
別に精霊の為にしている訳じゃ無いが、確かにまだ速度は上げられる。
現状は消耗しない循環な訳で、ならばと循環に注ぐ魔力を強くした。
「っ!」
『あははははは! 周りが流れてるー!』
精霊の言葉通り、周囲が流れていると感じる程の速度が出ている。
相変わらず遠くは見えないので、体が頑丈じゃ無ければ怖くて出来んな。
「あ」
『あ』
「ぶぎゅ!?」
眼の前に魔獣が現れたが、そのまま体当たりで撥ねてしまった。
しかも衝撃が凄まじかったのか、肉が飛び散ってしまった様だ。
俺は無傷だ。服も強化しているので一切問題無い。
「・・・砦が見えて来たら速度を落とさんとな」
『砦もばーんってなるね!』
「そんな事になったら、あの牛に殺されかねんな」
『怒るだろうなー』
砦の周辺は、余程天候が悪い日じゃ無ければ吹雪いていないはずだ。
なので雪が弱まったら止まろうと決め、けれど愚直に進み続ける。
そうして走り続けて日が暮れ始めた頃に、見覚えのある砦が視界に入った。
「何とかなるものだな」
『帰って来たぞー!』
やはり砦周辺は吹雪いておらず、しっかりと目視する事が出来た。
その辺りで速度を落とし、けれど陽が落ち切る前に中に入りたい。
ある程度の速度は維持して走り、日が完全に沈むギリギリに門に着いた。
「開けてくれるか」
声は届いていないだろうが、砦の上に居る兵士に声をかける。
目は良いらしいので、まだ暗闇じゃない今なら唇の動きで解るだろう。
その判断は間違っておらず、彼が頷いて周囲を見回した後に扉が開かれた。
何時も通りさっさと入ると、すぐさま扉は閉じられる。
「おう、お帰り。無事だったか。中々帰って来ねーから心配したぞ」
『ただいま門番!』
そうして何時も通りに迎える門番は、俺の頭を笑顔で撫でる。
やけに嬉しそうなその顔は、どうせまた娘と重ねているんだろう。
「・・・やっぱりお前、ずっとここに居るんじゃないのか」
「いやだから、俺がここに居る時に嬢ちゃんが来てるだけだって」
「どうだか・・・」
門番の言葉を半分聞き流しながら、少し疲れた自分を自覚する。
牛の所でしっかり寝て、元気になったと思ったんだがな。
やはり精神は人間という事か。安全な場所に戻ったら気が抜けたんだろう。
脱力を感じて休みたいと思うが・・・その前にやらなきゃいけない事がある。




