第178話、精霊の性質
「ただお嬢さんの目的を考えると、邪魔をしているのは申し訳ないね」
「ん? どういう事だ?」
「だって君は、強い魔獣を食べに来たんだろう?」
優しいのはどちらだ。そんな理由があって、俺に申し訳ないなどと思うな。
お前は自分の幸せの為に、そして友人の為に守り続けているんだろう。
なら誰に悪いと言う必要が有る。悪い事等何一つないだろうが。
ああ、こいつは善良だ。どこまでも自分を貫き通す善良な存在だ。
俺とはまるで違う。少なくとも、規則を無視できる今の俺には。
従わなくて良いと判断してしまえば、俺は自分が進む道に罪悪感など無い。
「別に何の問題も無い。そもそもここに来るまでの道中程度で、明らかに倍以上の力を手に入れてしまっている。ならば余程の効率を求めない限りは、まだ現状でも十分すぎる」
「あはは、そう言ってくれると助かるよ」
優しく笑う牛に対し、俺が出来る事は恐らく無い。
聞いて参考になる様な事も、恐らくは無いだろう。
この魔獣と俺では、余りに生き方が違うのだから。
「今日はもう日が暮れる。良ければ僕の毛皮の中にでも入るかい。毛の質はちょっと固いけど、その代わり雪の中で寝る事にはならないと思うよ」
「そう、させて貰うか」
『よろしくねー!』
今から獲物を狩りに走り回る、という気分でも無い。
そもそも獲物を狩るなら、先ず牛の威圧が届かない場所に行く必要が有る。
「・・・そういえば、その威圧感はわざとか?」
「ああ、うん、気になるならゴメンね。でもこうしておかないと、魔獣が寄って来ちゃうから。食べる気も無い魔獣を殺すのは、あんまり好きじゃないんだ」
何処までも優しい事だ。道中肉を放置してきた俺とは大違いだ。
まあ放置してきた肉も、野生の動物が食らうとは思うが。
「お前は普段何を食べてるんだ?」
「僕かい? そうだねぇ、ここ暫くは食べて無いなぁ・・・何時から食べてなかったかな。何時からか余り食べなくて良くなって、良く寝てるから思い出せないや。ああでも好物は有るんだ。昔暖かい所で食べた赤い甘い果実が好きでね。あの子が良く買ってくれたんだ」
「・・・そうか」
あの子。時々出て来るその単語を口にする度、牛は幸せそうに笑う。
実際とても幸せな記憶なのだろう。楽しかった思い出なのだろう。
だからこそこの牛はもう、前に進む気が欠片も無いんだ。
過去の思い出に浸って、そしてその幸せの為に墓を守り続ける。
「もし、見つけたら、持って来てやる」
「それは嬉しいね。ありがとう、お嬢さん」
だから、これぐらいの約束は、別に良いだろう。
この約束を、果たさせなきゃいけない奴が居るのだから。
あいつは、アイツだけは、この魔獣に報いる義務が有るはずだ。
「ふふっ、あの子の事を思い出して微睡む時間も好きだけど、久しぶりに話せる相手に会えて、あの子の事を話せたのも嬉しいな。訊ねて来てくれて本当にありがとう、お嬢さん」
「別に、ただの興味本位だ。礼を言われる事じゃない」
『僕も居るよー!』
「ああ、そうだねゴメンね。むしろ君が来たから、妹さんも来たんだろうしね」
『むふー!』
どうにも会話が緩い。精霊同士の会話なせいだろうか。
狐も問いかけには応えるが、小人との会話では大分緩い。
というかアイツは、メラネアの事以外は基本興味がないしな。
ブッズの事を多少気にかけるのも、それがメラネアの為だからだ。
そう考えると牛の『あの子』に対する執着も、精霊化による変質なのだろうか。
「今日は何時もより、もっと気持ち良く寝られそうだ」
幸せそうに笑って呟く牛の様子に、少し未来の自分への不安を感じた。
俺もいつか、こうなるのだろうかと。まさか既になりかけているのかと。
「・・・いや、考えすぎか」
少なくとも今の俺は、自分の我欲に素直に従って生きている。
悪党を通す限り、自分の我を通す限り、まだ俺は俺だろう。
俺である、はずだ。




