第168話、次の獲物
「ふぅ・・・落ち着いたな」
『まんぷくー』
狸を二匹食べた所で腹も落ち着き、火を消して水を飲む。
「そういえば、川などは無いだろうな、確実に」
『凍ってると思うよー?』
確かにこの寒さでは凍ってそうだし、そもそも雪で埋もれているだろう。
文化の進んだ人里近くの雪なら不味いが、この辺りの雪なら多分飲めるか。
一応火をかけて、水を色を確認してからにはするつもりだが。
とはいえ無色透明でも毒物は存在するので、煮沸しても安全とは言えない。
が、そんな事を言っていたら、この時代を生きる事も不可能だろう。
どう考えても目に見えない細菌や、観測不能の毒物がある程度の文明だろうし。
俺自身はただの凡人で、文明を開化させられるような能力も無い。
俺に有るのは天才が作り上げた文明を、上手く利用する程度の力だけだ。
もしくは天才を見つけて、そいつに発想だけ投げつけて作らせるかだな。
まあ発想というのも烏滸がましい、ただ経験による知識でしかないが。
「鉄工所での仕事は戦時中にした事があるが・・・あれも工場ありきだからな。道具が無ければ俺には何も作れんし、そもそも計算も端末頼りだったか」
『てっこー?』
便利な道具が全く無く、完全に技量のみを要求される時代。
そんな時代で何かを成した事も、作り上げた事も無い。
思い返せば思い返す程、俺は凡人としか言い様が無い生き方をしている。
何かを成そうと考えた事が無い訳じゃない。俺も人間だからな。
過去の知識を、進化した文明の知識を、上手く使えないかと思ったさ。
だが凡人で凡才な何処にでも居る人間程度の俺では、結局何も成せなかった。
悪党に準じた行動をしなかったから余計にだろう。最後は何時も通り殺された。
「好き勝手に振舞い生きる事が出来る。それがこんなに爽快な事だと、昔の俺なら考えなかっただろうな。むしろ規則を守らない人間達に対して、不快感を感じていたのだし、な」
自分が何故あんな人間になったのか、正直な所思い出す事は出来ない。
だが規則は守らねばならないと、強く意識に刻まれる何かが在ったのだろう。
そして守っていればいつかは報われると、そんな希望を無意味に持っていた。
何度も、何度も、何度も何度も何度も・・・悪党に殺されたというのに馬鹿な話だ。
そういえば何時だったか、ホームレスを襲ってる集団に注意して殺された事もあったな。
世の中などそんな物だ。全てに正しくあろうとする人間は、悪意によって駆逐される。
勧善懲悪など存在しない。有るのはただ、そう見える様な事実と、創作物の中だけの事。
「そうだ、だから、俺が好き勝手に生きるには、それらを全て跳ね除けるだけの力が要る」
ゆらりと立ち上がり、こちらに使づいて来る何かに目を向ける。
血の匂いを辿ったか、それともただの偶然の遭遇か。
どちらにせよ、威圧感を感じる程度の魔獣が近づいてきている。
「その為の餌になって貰うぞ、貴様等には」
これは完全な我が儘だ。自らの欲望の為に命を奪っている。
しかも目的の魔核さえ手に入れてしまえば、後の素材を有効活用する気も無い。
せいぜい肉を食うだけだ。腹を満たす為に食らい、だが食うだけなら確実に余らせる数。
人では無いとは言え、ただ一方的に命を奪い、屍を積み重ねていく。
そこに罪悪感が無いかと言えば、恐らくは多少はあるのだろう。
でなければこんな事を考えはしない。何も考えずに命を奪い続けるのみだ。
「・・・暑い?」
そこでふと、異変に気が付いた。暑い。暖かいでは無く、暑い。
むしろ熱気を感じる。その証拠と言わんばかりに周囲の雪が解け始めている。
更には水蒸気まで立ち上っている所があり、俺の足場の雪も解け始めた。
「突然暖かくなった・・・という訳では無いか・・・!」
軽く周囲を見回すと、雪が溶けだしているのはこの近辺だけだ。
となればこれは気候の変化では無く、魔獣による魔術の影響だろう。
この寒さに適応するのではなく、熱を放つ事で快適な状況を作り出す類か。
「ネズミ・・・モルモットの類に近い顔だな。こんな大きいげっ歯類が居たら、世界なぞ簡単に滅ぶだろうに・・・いや、図体がでかい事を考えると、鼠算式は無いという事か?」
『つるつるだー!』
現れたのは小山の様に大きなネズミ系の生き物。ただしその体には毛の類が無い。
この熱気を放てるのであれば、毛など必要無いのだろう。
ネズミ独特の動きで鼻をひくひくさせ、俺の傍にある狸の肉を見つめている。
「欲しいか。やっても良いぞ。俺を殺せたらな」




